第40話 熱気球その②

 ムバル国の人間は、当然の事ながらドラゴン以外の物体で空を飛んだ事はない。


 勝は元の世界では飛行機に乗り空を飛んだことがある為、生き物の躍動感のある背中になって飛ぶという経験以外も経験したのだが、アレン達ははじめて味わう感覚に驚きを隠せないでいる。


「うわっ、超スゲー!」


「ドラゴンの背中よりも揺れない!」


「これは便利だ!」


(ヤックルさんを貶してたくせに、いざ熱気球に乗ったら子供のようになるとはな……)


 勝はアレンやマーラ達が人生で初めて乗る熱気球で、動物園か都内に出かけている子供や若者のようにはしゃいでいるの見て、ドラゴン以外のもので空を飛んだことがないとは、ある意味可哀想だなとため息をつく。


「うわー、家があんなに小さくなってるよ!」


 ヤックルは眼下に広がる家などの建物が小さくなっているのを見て、感動を隠せないでいる。


「ヤックル、そんなはしゃいで、ゴラン国の人が迷惑してるだろ!?」


 勝はそんなヤックルを諌め、ゴラン国の使者が気を悪くしていないかどうか気を遣っている。


「いえいえ、いいんですよ、当面こちらにいるので……」


 空を飛ぶ時の風の音で使者の声は勝にとっては少し聞き取りづらいのだが、当面の間はムバル国に滞在することを知り勝は、こんなに元の世界寄りの機械を使えるのだから多少は違うだろうなと軽い安堵感を覚える。


「では、そろそろ着陸します」


「えーつまんないや!」


 ヤックルは余程熱気球が気に入ったのか、まだ乗りたいと駄々をこねる。


「ヤックルさん、子供じゃないんだから……」


 勝は、自分もまだ熱気球に乗っていたいという気持ちを抑えながらヤックルを諌める。


「まぁ、僕ら半年ぐらい滞在するので、時間のある時にでも乗せてあげますよ」


 使役の男は微笑みながらヤックルにそう伝えると、熱気球の心臓部であるバーナーを操作し始めている。


「うわーありがとう!」


 ヤックルは子供のように胸をときめかせている。


 気球は高度を下げていき、そこでもまたヤックル達ははしゃぎ始めており、おいおいコイツら大丈夫かよと勝は深いため息をついた。


 🐉🐉🐉🐉


 勝達は兵士の寮に戻り食事をし終えた後でも、ヤックルの熱気球の談話は止めどなく続いた。


「でねぇ! あの機械がさ、多分熱気球の心臓部なんだよ!」


 ヤックルは分厚い眼鏡の奥底の瞳を輝かせて、熱気球の秘密はどこなんだろうなと話している。


「あぁ、多分そうかもな……寝るか、明日も訓練だし」


 アレンは流石にヤックルの話に辟易したのか、話題を変えようと別の店に行くのを勧めている。


「ヤックルさん、この話は終わりにしましょう、夜も遅いし」


「えー凄い気になるじゃんか! ねぇ勝さ、君の世界にあったゼロ何とかってやつと同じなのかな?」


「いえ、零戦はプロペラで飛ぶのですが……」


 勝は思わず零戦について熱く語ろうとしてしまい、慌てて口をつぐむ。


 これ以上話すと明け方まで止まることなく話が続いてしまうためである。


「入るぞ」


 アランの声が聞こえ、不意にドアが開き、勝達は慌てて軍隊式の敬礼をする。


 胸に力強い拳を握り当てる、昔の書物で読んだ中世の騎士のような敬礼方法を勝はもう既に慣れているのだが、自分はこの世界の軍人である前に、日本海軍の一兵士である事を忘れないように、俺は帝国海軍の軍人だと常に心の中で叫んでいる。


「はっ。……アラン司令殿、なぜこんな夜中に……?」


 アレンはなんでこんな時間に嫌な奴と会わなければならないんだろうなという心の本音を胸にしまいながら、愛想笑いを無理やりしており、それを横目で見た勝は、滑稽だなと鼻で笑い飛ばしたくなった。


「明日の己龍の刻、ゴラン国首脳部と会議をした後に機械の説明を行うから貴様とヤックル、こい。勝、貴様はゼロなんとかという緑の翼を持つ鳥で敵と戦ってきたのだろう?貴様の知識が必要だ……」


 勝はアランの一言に、俺の存在自体がこの世界では稀有なんだなと少しだけ自信がつくのだが、何故封印の洞窟に眠っていた銃や英語で書かれてあった書物はこの世界にあったのだろうか、昔誰かが扱っていたのではないかと疑問に駆られる。


「あのう……」


 ヤックルはアランの威風堂々とした態度がイマイチ慣れず、恐る恐る尋ねる。


「何だ?」


「あ、そのう……勝が呼ばれるのはわかるのですが、何故僕が呼ばれるのでしょうか?」


 ヤックルは煉獄を限界を超えて二発唱えて、伝説上の化け物のゴーレムを倒した事実を単なるまぐれでイマイチ自信が持てず、僕のようなへっぽこが何故呼ばれるんだと思っている。


「それはな、貴様昼間熱気球に乗せてもらったらしいが、操縦者はエドワード卿の三男だ。お前が熱心に技術をものにしようとしているのに感服し、是非とも技術を教えたいと。……粗相のないようにな」


「え!? てっきり、護衛の方かと……」


 ヤックルは昼間あんなにはしゃいだ事を思い切り後悔し、自分がタメ口で質問攻めにした人が国王の三男だと聞いて思い切り青ざめる。


(ヤックルさん、昼間したそれは立派な粗相だ……! 可哀想に、この子の頭の中では死刑になるんじゃないかとか、出世に影響が出るのではないか、恥ずかしいという、穴があったら入りたい心境なんだろうな……)


 勝はアレンの方を見やるが、アレンもまた、昼間ヤックルやマーラとはしゃいだ事をひどく後悔している。


「ふん、ゴードン卿から聞いたが、貴様がはしゃいだ事は知っているがな。向こうは笑って許してはくれたが、罰として三日間宿舎の便所掃除だからな、粗相をしたら次は貴様らは流刑に課すからな……! 子供か貴様らは。明日に備えてすぐに寝るんだな……」


 アランは踵を返して宿舎を後にする。


「お前がはしゃぎすぎだからだよ」


 アレンは、子供のようにはしゃいでいた自分を棚に上げてヤックルを責める。


「何だよ、お前だってはしゃいでたじゃないか、ノリノリで……!」


 ヤックルは自分だけ責められるのが癪に触ったのか、アレンを睨みつける。


「! 何だテメェその目つきはよお、やるか!?」


 アレンはヤックルの目つきが気に入らないのか、胸ぐらを掴む。


「やれんならやってみろ! 煉獄を使うからな!」


「テメェ……!」


「御免」


 勝はアレンとヤックルの首に当て身をして、双方を気絶させる。


(どっちもどっちなんだがなぁ……まだ餓鬼臭さが取れていないな、尋常小学校の子供みたいだ。明日は俺までもが機械を使う事になるのか。潜水艦や戦艦のように操作が難しいものでなければ良いな、寝るか……)


 紅色の太陽が夜を照らしており、勝はよっこらせと老人のような声を上げてアレンをベットに寝かしつけ、ヤックルを床で寝かせて予備の毛布をかける。


「寝よう」


 勝は布団の中に入り、熱気球に乗って楽しかった事を思い出していい気になり、スヤスヤと暖かな寝息を立ててすぐに寝てしまった。

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