第29話 扉

 カツコツと、靴底が鉄製の階段を踏み締める音を聞くたびに、勝は旧日本軍にいたことを思い出す。


「……」


 光の指す方には扉があるのだが、扉の隙間から光りが差し込んでおり、明るい場所なのかは明確である。


 その先には、人外の生物がいるのか、敵の大将がいるのか、勝たちは恐怖に襲われて誰もこれ以上進もうとはしない。


(何故、足が動かないんだ……?)


 生粋の軍人である筈の勝は、得体の知れない恐怖を抱き命の危険を酷く感じており、本能的に身体が動かない有様である。


(この先に何があるんだ……? 化け物がいるのか、それとも人間なのか? 元の世界では、書物に書いてある妖怪のような奇妙な想像の産物はいなかったのだが、ここでは普通に存在している……!

 俺は死ぬのだろうか? いや、死ぬわけにはいかないぞ……! 動け、俺の体よ……!)


「あんたね、何ビビっちゃってんの?」


 マーラは、俯き加減の勝を見てニヤニヤと笑う。


「あれ程、元の世界に戻るんだとか言ってたくせにねぇ」


「全くだな、チキンだな……」


 アランもマーラにつられて、まるでお化け屋敷に初めて入るかのような子供を笑い飛ばすように、嘲りの表情を浮かべて勝を見ている。


「何だと! こんなもの、日本帝国の軍人が怖がるはずがないだろうが!」


 勝はムキになり、扉を開けようとする。


「馬鹿! 罠があるかもしれないだろう!?」


 アレンは子供のような勝を慌てて止めに入る。


「しかし……」


「アレンの言う通りだ、何かあるかもしれん。……マーラ、アラン、お前ら後でスクワット20回だからな」


 トトスは、勝を小馬鹿にしているマーラとアランをジロリと睨みつける。


(罠か、どうすればいいんだろう……?)


 エレンは何か確信めいた事があるのか、扉の前に立ち、掌を扉に当てる。


「いや、おい……何をするんだ!?」


「何かあるかもしれないだろ……?」


 勝達はエレンを止めようとするのだが、エレンの掌からは円形の光が出てきており、これは魔法だなと彼等は察する。


「エレン、君は一体これから何をするんだ?」


 トトスは詠唱をして念じているエレンを見て不安に襲われる。


 彼等がエレンを見守る事数分、扉がギイという音を立てて開く。


「これは、解錠したのか……」


 アランはそう言い、額に汗を書いているエレンを心配そうに見つめている。


「ええ、ロックがかかっていて、魔法で開けたわ。この先に、ヘッジがいる! あの男を止めて!」


「よし、行くぞ!」


 勝達は意気揚々とし、扉を開ける。


 🐉🐉🐉🐉


 「……グッ!」


 ゴルザは呻き声を上げ、口から喀血し、ぐらりと崩れ落ちる。


「ゴルザさん! 大丈夫っすか!?」


「ゴルザ殿!」


 ヤックル達は慌ててゴルザの元へと歩み寄るが、表情は生気がなく、ほんの数時間なのにも関わらず手足や頬は重病を患った病人のようにガリガリに痩せこけており、これは魔法が体に相当な負担なんだなと彼らは察する。


「いや、ちょっとめまいがしただけだ……う!」


 げぼっ、と地面に大量のドス黒い血液をゴルザは流し、げほげほと肺病患者のような絶望的な咳をしている。


「やめましょう! もう! 俺ら十分にやったじゃないっすか! 降伏しましょうよ!」


「いや……ここでやめるわけにはいかぬ……!」


 ゴルザは何事もなかったかのように、詠唱を始める。


「ゴルザさん……」


 ヤックルは、ゴルザの命をカンナで削るような儀式を見て何かを感じ取ったのか、ゴルザの手を握る。


「俺の最後の魔力、ほんの凄い微々たるもんだけど……使ってください!」


 ヤックルの決意に胸を打たれたのか、まだ魔力が残っている魔道士達はゴルザに残りの魔力を注入していく。


「ありがとう……エ……やめろ、逃げろ……逃げるんだ……!」


 ゴルザのこめかみは青く血管が浮き出ており、あちこちから出血が起きており、これは命を捨てる気でいるんだなと察した魔道士達は回復呪文を唱える。


「ゴルザさん! 俺やっぱりやりますよ! 煉獄は使えないけれども、俺の力使ってください! また魔法を教えてください! だから、……死なないでくれよ師匠!」


 ゴルザは泣きじゃくるヤックルの頭をくしゃくしゃに撫でて、にこりと微笑み口を開ける。


「俺は、死なないよ……君に教えたい呪文は山ほどあるんだよ……」


「……!」


 ヤックルはゴルザの悲壮な覚悟を悟ったのか、泣くのをやめて、勝達がいる国内をきっと見やる。




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