第91話 王女バレッタの帰順






 テロリストを閉じ込めている五つのログハウスを解放すると、四人の従者達は出てきたが、バレッタだけが出て来なかった。

 葵が部屋に入ろうとするとスルーズが止めた。

「何か企んでいるかもしれませんからわたしが入ります」

「ちょっと待った」

 とリンダが言った。

「あのクソ王女、普段は大人しいんだけど、あんたの顔を見ると途端に逆上するんだよ。ここはわたしが行くよ。軍師殿はわたしの後ろから付いて来てくれ」

 先に入るリンダの後に葵は従った。

 バレッタはベッドの上で荒い息をして横たわっていた。

 額に手を置くとかなりの熱があった。

「わたしに……触らないで…ください」

 意識はあるようだ。

 声が掠れていた。

「のどが痛いのか?」

 葵が聞くと王女は小さくコクリとした。

 葵はリュックから抗生物質を取り出した。殺菌性抗菌薬のセフゾンを選んだ。

「何を……なさいます」

 身を起こそうとするとバレッタはあらがった。

「リンダにやってもらおうか」

「イヤだね! そいつには触れたくもない」

 とキッパリ断られたので葵は仕方なく、

「薬を飲まないと治らない。ぼくがルマンダで病人の看病していたのは、キミは何処からか見ていたのだろ?」

 それには答えなかったが、バレッタは大人しくなった。

 葵はバレッタを起こすと口の中に水を含ませて、セフゾンのカプセルを口に押し込み、もう一度水を飲ませた。

「今度はたっぷり飲むんだ」

 バレッタは一連の指示に意外なほど素直に従った。

 ふと、ルシファーに掛かったアナスタシアを看病した時の記憶が、葵の頭の中でオーバーラップした。

(マリー……)

「どうかしたのかい?」

 リンダが覗き込んだ。

「いいや。何でもないよ」

「それならいいんだけど……ちょっと気になることがあるんだよ」

「どうした?」

「バレッタのことなんだけど、確かにアンチ魔法ツールを装着しているよな」

「その筈だが?」

「うん……。シンクロ魔法とか生活魔法のマナは一切感じないんだけど、一つだけ衰えないマナを感じるんだよ。気にはなっていたんだが、わたしにもうまく説明は出来ないんだけど、スルーズが近づくと、そのマナが活性化するんだよ。かと言って、直接攻撃に転じるようなたぐいでもないし。問題にはしていなかったんだけど、皇女様の一件ではっきり分かったんだよ。マナ属性が皇女様の腕にはめられていたそれに近いんだ」

「つまり、契約魔法ツールを付けられていると言うのか?」

「たぶんな」

「バレッタ、少し魔石を見せてもらうよ」

 と聞いたが、バレッタは荒い寝息を立てていた。

 葵は起こさないよう気を使いながら、バレッタが腕に装着している魔石をリンダに鑑定してもらった。

「これだ。右の中指にある指輪から魔法マナが絶え間なく出ているよ」

「それはきっと、憎悪の指輪だと思いますわ」

 後ろにミシェールがいた。

「憎悪の指輪だって?」

 リンダが聞くとミシェールは頷いた。

「契約の指輪や腕輪は魔石職人が一年かけて一つ作るのがやっとで、もちろん値段も張りますが、憎悪の指輪は一人の人間にのみ作用し、目的が達成されれば効力を失います。製作期間も一月ほどで、契約の指輪よりはずっと安く購入出来るのです」

「つまり、スルーズに対する憎悪はこの指輪が原因と言うことか?」

「はい。ただ、少なからずそう言った気持ちを持っていないと作用は致しません。バレッタ様の場合、スルーズ様に父を殺された現場を目撃していたと聞きますから、スルーズ様に憎悪の指輪が反応する動機は十分あります」

「そういうことか……」

 とリンダは眠りに就くバレッタを見下ろした。

「普段はあまり感情を出さないのに、スルーズが話に出てくると、人が変わったように激昂していたからな。でもさ、何でこの指輪だけに魔法無効化ツールが効かなかったのさ」

「魔法ツールや魔石は、所有者の発するマナに反応して発動するので、所有者の魔法マナをそとから塞いでしまえば発動することは出来ません。でも、使用者を直接コントロールするこの手の魔道具や魔石は、言わば呪縛のようなもので、使役された人のを支配してしまうものなのです。きっと、アンチ魔法ツールでは、内面に潜んだものまでは無効化出来ないのでしょうね。所有者が発動した魔法マナに反応するのが、本来の魔法使いと魔道具の関係なんですが…」

「主従逆転と言う訳か。はめられた者が逆に道具に支配されるわけだな。こいつも皇女様のように、自分の意志ではどうすることも出来なかったんだな」

「そうですね。この指輪を意図を以てはめた人の意志には逆らえなかったと言うべきなのでしょうね」

「そうだったのか……」

 バレッタを見るリンダの目は珍しく優しかった。

「スルーズを倒すためには仲間さえ犠牲にする、そんな奴のために従者たちは、何で命がけで守ろうとするのかわたしには分からなかったけど、本当は人を引き付ける、いい王女だったと言うのか……」

「だったら、やることは一つだな」

 葵は充電式の電気ノコギリをリュックから取り出した。



 バレッタは翌日には嘘のように回復して見せた。

「ありがとうございます。すっかり楽になりました」

 昨日までとは打って変わって穏やかな眼差しで葵に礼を述べた。

 試しにスルーズを傍に寄せたが、一切の敵意は見られなかった。

 バレッタは指輪のなくなった右の中指を眺めた。

「葵様。重ね重ね、ありがとうございます。わたくしを自由にして頂いたこと、心より感謝いたします」

「この指輪をはめたのは誰だ?」

 葵の質問にバレッタは俯き加減で答えた。

「お兄様です……」

「チッ。国王のシュミット・ハイネンか。実の妹を利用したというのか?」

 苛立つリンダを他所に、葵はバレッタ達を解放すると告げた。

「ただし、キミ達に装着したアンチ魔法ツールははずせない。ギルバートの転移魔法でルクルト―ルで開放する。あそこにはキミ達に内通する帝国の人間がいるから、国境を超えるのは簡単だろ?」

 だが、バレッタは俯いたまま肩を震わせた。

《国王を恐れています。成果も得られないまま帰国したら、ただでは済まないと考えているようです》

 バレッタはすがるような目を葵に向けた。

「わたしもお仲間に加えて頂けないでしょうか?」

「何だって?!」

 声を上げたのはリンダだった。

「クソ王女が……! あんた自分のやったこと分かっているのか? ヘイラ―村の王立保養所跡を、わたしらバルキラーとあんたの軍隊諸共もろとも重力魔法で沈めたんだぞ!」

 バレッタは俯いたまま何も言い返さなかった。

「それに、それに……! あんたが絡んできたせいで、わたしらは一番大切な人を失ってしまったんだよ!」

「リンダ」

 とスルーズが止めたが一度言葉にしたものは戻せなかった。

 リンダの言葉を受けてバレッタは目を泳がせた。

「アナスタシア皇女様がいらっしゃらない……! もしかして……」

 気付かれたものは仕方ない。

「ああ……」

 葵は吐き出すように言った。

「ごめんなさい……」

「てめぇ、謝って済むと思って…」

「リンダ止めろ! やめてくれ……」

 葵はリンダの腕を強く握った。

「バレッタもあらがえなかったんだ……マリーと同じなんだよ」

 アナスタシアに斬られて床に転がるビルヘルムとミハイル皇子の遺体が葵の脳裏をよぎった。

 二人の殺戮がアナスタシアの自決を決断させたのだ。自分では止められない殺戮の衝動を知って、これ以上の犠牲者を出さないために……。

(ぼくの命を守るために……)

 葵が再びの闇に入りかけた時、スルーズが背中をさすった。

 葵は大きく息を吐いた。

「スルーズ、ありがとう。大丈夫だよ」

 スルーズは笑みを浮かべて頷いて見せた。

《仲間にしてあげてもよろしいかと思います》

〈キミが言うからには、信じて大丈夫なんだね〉

《はい》

「ついて来るかい? バレッタ王女」

 バレッタは驚いた顔を見せた。

 驚いたのはリンダもだった。

「軍師殿、コイツの言うことを信用するのか?」

「葵、おれもそう思うよ」

 ギルバートが前に出てきた。

「おれはこの王女にずっと命を掴まれていたんだぞ。こんなヤツと寝食を共にするなんて……考えただけでゾッとするぜ!」

「言いたいことは分かるが、マリーの死を知られてしまったんだ。敵に情報を与える訳にもいかないだろ?」

「殺そうよ」

 メリッサが言った。

「殺したらすべて解決するわ」

「待ちなさい」

 とスルーズが一喝した。

「葵様にも考えがあってのこと。わたし達は葵様に付いていくと、たった今決めたばかりでしょ?」

 スルーズの正論に皆は一応納得して見せた。


 四人の従者も一様に従順を示した。

「王女様が向かうのであれば、例えそれが地獄でも付き従います」

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