第75話 陰謀と黒幕





「よせ、リンダ」

 アナスタシアがリンダの肩に手を置いて諫めた。

「仮にも一国の王女だ。何かあったら外交問題だ」

「何に行ってるんですか? たった今ロマノフ帝国の時期皇帝を殺そうとしていたんですよ。この女は外交問題なんて何にも考えちゃいないよ」

 リンダは汚物でも見るような目で王女を見下ろした。

「名は何という?」

 王女にもプライドがあるのか震えながらも顔を背けた。

「第二王女のバレッタ・ハイネンです」

 とスルーズが答えた。

 スルーズを睨みつけるバレッタに、

「王立保養所では十三歳だったお前を見逃してやったが、バルキュリー村の惨劇を起こしたシンクロ魔導師と知っていたら、許さなかったわ」

 逆にスルーズに睨まれて、バレッタは慌てて目を逸らした。威張っているだけで、気丈な人間ではないようだ。

「ところでキミの名は何という?」

 アナスタシアは拘束を解いた十五歳の少年に尋ねた。

「黒崎裕也……。ああ、こっちでの名前ですね。ギルバート・レビンです」

「ギルバートか。とにかく今日は拘置所に泊まってもらうことにする。

キミは翌朝釈放するが、身の振り方は考えて置いてくれ」

「分かりました。でもおれは、アナスタシア皇女様に仕えたいと思います」

「とにかくだ。以後の話は明日になってからだ。全員連行するぞ」

 アナスタシアの号令で拘束されたまま全員その場所を移動した。



 シンクロ魔導師のバレッタを始め、三人の重力魔導師と転移魔法のギルバート・レビン。後は通信魔導師と治癒魔導師の、計七名だ。

 魔導師と言うからにはいずれもS級の魔法マナを持っている。

 平民街にある勾留施設で彼らの取り調べが始まった。

 取り調べにあたって、彼らには魔力を発動されないよう、魔法無効化ツール (エリーゼの亜麻色の髪) を使用していた。

 一人ずつ、アナスタシアとスルーズそれに葵の三人での尋問が執り行われた。ハモンド達には別室で、取り調べ前の拘束者の監視をさせていた。

 質問に対して素直に口を開くのはギルバート・レビンともう一人の通信魔導師だけだった。

 通信魔導師は供述には素直に応じていたが、話題が身元に及ぶと固く口を閉ざした。

 アナスタシアは席を立つとスルーズの傍で小声で話した。

「分かるか? スルーズ」

「はい。その男はアルビオンの王族です。S級通信魔導師であったが為、ゲルマン王国に遊学中に拉致されたようです。名前はビンセントです。セカンドネームは今の所まだ分かりませんが、王族なのでミドルネームはウェールズだと思います」

 読心魔法は会話に嘘がないかを知り得る固有魔法だ。

 スルーズの能力は特出していて、三日前の記憶の範囲なら読み取れたが、その間に知りたい情報を相手が思考しなければ、感知は出来なかった。

 つまり今の場合の様に名前に着目すると、本人の記憶の中で「始めましてぼくは桐葉葵です」などと誰かと会話したか、郵便のあて名を確認する時 (桐葉葵様…ああ、ぼく宛てだ) と心の中で呟いていれば、スルーズは相手の名前を知り得るのだ。

「その男がバレッタ王女にその名を呼ばれている記憶がありました。そして男の腕には契約の腕輪がはめられています」

「無理やり従わされていたと考えていいのだな」

「はい……!」

 スルーズの口調が珍しく感情的だった。

 そう言えばスルーズも以前、契約の腕輪をはめられた事があった。それは彼女にとって苦い思い出だったに違いない。

「腕輪を外してあげようか」

 葵が言うと、ビンセントは俯いていた顔を素早く上げた。

「ギルバートの首輪を断ち切る所は見ていたよね。ぼくは魔力を持たないから腕輪の反発を受けることはない。安心して任せてくれよ」

 そう言ってギルバードと同じ手順で腕輪を切断した。

 ビンセントは大きく吐息を突いた。

「ありがとう。あまり身分を明かしたくはないのだが、わたしはアルビオン王国のビンセント・ジャン・ウェールズと言います。つまり、現王・エリザベート・ビクトール・ウェールズの従兄に当たります」

 ゲルマン王国程の敵対関係ではないが、アルビオン王国が冷戦相手国であるのは間違いなかった。

 ビンセントは身分を知られる事で、国家間の駆け引きの道具とされるのを嫌ったのかもしれない。

 

 取り調べの結果、従わされていたギルバートとビンセント以外の魔導師は、バレッタ王女の配下と判明した。

 彼らは一切供述しない。

 だが、葵の誘導尋問で彼らが心に浮かべた思いを、スルーズが透かさず汲み上げる方法で、大体の所は把握できた。

 彼らが通った国境はルクルト―ルだった。

 スルーズが覗いたバレッタの記憶では、検問で王女が無言でふだを見せると、城番は何の取り調べもせずに素通りさせたと言うのだ。

 その時の王女の意識は、スルーズへの復讐心しかなかったから、その札がどういった物か、バレッタの思念からは読み取れなかったようだ。

「内通者がいるな」

 アナスタシアの言葉に葵とスルーズは頷いた。

「この国にも少なからず汚職がはびこっている。マイストールでシャルルを追い出したゴーランドなる者が領主になっていた一件もそうだ。中央政府の幕閣の中に、賄賂を受け取っている者がいるに違いない」

「ぼくもそう思うよ」

 と葵が続けた。

「常習化している政府の高官が必ずいる筈だ。もしこれが、ゲルマン王国との内通となれば、事態はかなり深刻だよ」

「狙いは何処にあると思いますか?」

 スルーズが葵を流し見た。

「私腹をため込み、他国と内通する……。過去の事例を振り返れば狙いは明白だよ」

「それは何だ?」

「他国と共謀して、皇帝を討ち、自らが帝位につく。それしかない」

「ま、まさか……。もしそうだとしたら、いったい誰が?」

「この国の政治経済、および軍の統括をし、王位継承順位が優位である者と言えば」

「宰相ペトロ・スタール・ルヒデン大公の……」

 言いかけてアナスタシアは言葉を切った。

 娘のミランダ・ルビは皇帝ニコラスの正室で、第一皇子ミハイル・イワンは内孫だ。

 黒髪・黒瞳と言う制約がなければ間違いなく継承権第一位になっていた。

「ミハイル兄さんか……」

「黒幕は宰相ペトロだろうね」

「キミは薄々勘付いていたのか?」

 葵は頷いた。

「だからバレッタ達の追跡は信頼出来るものだけで行い、そして尋問も宮廷の施設ではなく、平民用の勾留施設で行ったのさ。もっともマリーはそう言ったことにあまり拘らないから、説明してなかったんだけどね」

「スルーズとは相談済みだったのだな」

 アナスタシアが頬を脹らませた。

「キミに秘匿していたわけじゃないよ。スルーズに言わなくても、勝手に心を読まれてしまうからね」

「まあ、いい。今はそんなこと言っている場合ではない」

「とにかく水面下でそう言った動きがあることを認識しておいた方がいいと思うよ」

 アナスタシアは重苦しそうに眉間に人差指を突いた。

「少し整理しておきたい」

「はい」

「宰相ペトロはミハイル兄さんを帝位にと考えている」

「はい」

「そしてゲルマン王国とも内通している」

「はい」

「今回のバレッタの行動はペトロの知る所という訳だな」

「はい」

「父上様の暗殺は、或いは殺害は、そういった者を利用して行うと言うのだな」

「はい。もしくはテロや戦いにかこつけて、戦死と言う形を取れたら、ペトロ大公からすれば、願ったり叶ったりなんだろうな。八年前のトーマスの出陣の裏にも彼が絡んでいる―――そんな気がするんだよ」

「そんな昔からか?」

「戦術戦略とは、目先の行動ではなく、年月をかけて下ごしらえした物ほど、盤石に事を成せるものです。ペドロ大公か……かなりの曲者だな」

「つまりはマリー様も殺害の対象に入っていると言うことになるのです」

 とスルーズが付け加えた。

「わたしはいい。今日のように国民に危険が及ぶことだけは避けたい」

「よくないよ!」

 葵は自分でも驚くほど強い口調になっていた。

「キミはいつも自己犠牲の上で成り立たせようとしている。悲しむ者がいることを知るべきだ」

「葵……」

「ぼくは国民も守るけど、キミも守る。いいね」

 葵は少し怒っていた。

「もっと自分を大切に思ってくれ」

 それだけ言うとアナスタシアとスルーズを残して部屋を飛び出した。

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