第74話 刺客たちの拘束
葵のいる南地区から北東に位置する上空に見えたのは、間違いなく重力魔法の黒い球体だった。
重力魔法使いは三人だとリンダが教えてくれた。
「なんだあれは」
「東地区の方じゃないか」
「落ちて来るぞ」
住民達が立ち止まり不安な様子で上空を見上げていた。
ゲルマン王国の王立保養所やミラジオに向かう途中の乾燥地帯で仕掛けて来たものより、かなり小さかった。
(それでもこれを落とされたら、甚大な被害を被る)
ハモンドとルーシーの頭上から落とすつもりらしい。
(だが、それは見せかけだ)
葵はそう見抜いていた。
「エリーゼ頼んだよ」
葵はエリーゼの肩に手を置いて、アナスタシアとスルーズがいる北地区にエリーゼの意識を向けさせた。
『シンクロ魔法師と重力魔法使い、それに転移魔法使いが東地区で魔法マナを発動しているよ』
そう告げたリンダの言葉で、葵は相手の戦術を看破していた。
シンクロ魔法師と重力魔法使いが、同時に魔法マナを放出している理由に疑問の余地はない。しかしそれに加えて転移魔法使いまでもが魔法マナを発動しているのは、おかしいと感じた。
〈ロゼ、準備はいいな〉
《はい。捕縛対象も心得ております》
スルーズと意思の
思った通りアナスタシアとスルーズがいる辺りだ。
「今度は北地区にも現れたぞ!」
「おい、東地区に現れた球体が消えて行ってるぞ!」
「違う。北地区の球体が東地区に転移しているんだ」
道路を行き交う人達が立ち止まり、建物から出て来る人々もいて、街路は人で溢れていた。
(厄介だな。防げなかったら大変な被害が出る)
それでも高台に建つ葵の視界の妨げになる物ではなかった。
黒い重力波の球体は、空間から全容を見せると、落下した。人々のどよめきが起こった。
「エリーゼ、頼む」
頷くとエリーゼは、両手を落ちてくる球体に向けた。
エリーゼの肩を掴む葵の両手にも力が入った。
音が聞こえたり、光ったり、風が起きたり、一切何も起こらなかった。
何のアクションもないまま、黒い球体は瞬間で消滅した。
(成功だ)
「消えた?!」
「あれ? 何処に行ったんだ?」
「どうなっているんだよ」
「何だったんだ、あれは?」
「まぼろし……ってことはないよな」
目の前で起こった不可思議に、唖然と立ち尽くす人々を
魔導師達の捕縛だった。
事は急を要する。転移魔法で逃げられては万事休すだ。
「リンダ。今やつらはどの辺りだ?」
「時間稼ぎにA地区の方に走っている。転移魔法は魔力の回復が遅いんだ。だけどシンクロ魔法を使えば間もなく回復するはずだ。急いで軍師殿」
葵はリンダの示したA地区の方にエリーゼの両手を向けさせた。
「エリーゼ、頼むよ」
「はい!」
一度成功したのが自信になったのか、エリーゼの返事は力強かった。
魔法無効化が効いたのかどうかは一見しただけでは分からない。
だがエリーゼが手をかざした方角では一斉に部屋の明かりが消えていた。
エリーゼの肩から手を離した時、スルーズから連絡が入った。
《葵様、拘束いたしました》
〈何人だ?〉
《全員です。転移魔法使いも、重力魔使いも、そしてシンクロ魔法師もです》
〈よくやった。すぐに向かう〉
葵が到着すると石畳に座らされている者が七名いた。
いずれもロープで手足を拘束されていた。
「殺しちゃおうよ」
メリッサの言葉に何人かが怯えた反応を示した。
いずれも頭ににフードを被っていた。
ハモンドとルーシーが七名のフードを外して回った。
最後にルーシーがフードを外した相手は女性だった。
アナスタシアやスルーズと同じような年加減の少女だった。
「この者がシンクロ魔法師です」
その少女を見てスルーズが言った。
そんなスルーズを見る少女の目が憎悪に満ちていた。
《狙いはわたしでした》
スルーズが施した魔法無効化ツールを解除するために、彼女が命が狙われているのは皆が周知している。スルーズはそれとは別の意図を示唆していた。
〈どういうことだい?〉
《彼女はリーデルフ・ハイネン王の第二王女です》
国王リーデルフ・ハイネンを殺害したのはスルーズだった。
〈つまり、キミへの復讐だったのか?〉
《はい。王を暗殺したあの日、彼女は隣の部屋で震えながら見ていたのです。彼女の記憶がそう語ってくれました。もちろん魔導師達の魔法無効化ツールの解除も目的の一つですが、わたしに対してはそれ以上の殺意を抱いていました》
もう一人気になる魔法使いがいた。
転移魔法使いである。
「こいつが転移魔法の使い手だよ」
魔法マナで判断したリンダが指したのは、その中で一番若い感じの少年だった。葵と同じ黒髪黒瞳の持ち主だった。
葵が近づくと少年は強張った顔をした。
「キミは日本人かい? 何年の生まれだ?」
そう尋ねると最初唖然とした顔をしたが、すぐに葵を見つめ返した。
「もしやおまえもそうか?」
「そうだ。ぼくは平成十四年生まれだよ」
「平成? 聞かないな? おれは昭和三十九年生まれで、大学生だった昭和六十年に交通事故で死んだのさ」
「つまりキミは、異世界転生者という訳なのか?」
「そう言うことだよ。ところで平成って昭和から何世代先の年号なんだ? 」
「次の年号だよ」
「明仁親王の世代か」
「ぼくがここに飛ばされた時は、次の
「へぇーそんなに時代が進んでいるのか」
少年は感心するように言った。
「キミはコチラの世界に生まれて何年になるんだ?」
「十五だよ。でも、一から人生やり直すのも、面白いかと最初は思ったけど、大変だったよ。もう、うんざりだ」
「喋り過ぎですよ。ここは敵地よ」
シンクロ魔法使いの王女が少年をたしなめた。
「敵地だって? 王女様、おれは生まれてこの方あんたの国でこき使われ、この能力をいいように利用されて来たんだよ。奴隷のような扱いだった。そんな国を祖国だなんて考えたこともなかったよ」
「黙れ! ゲルマン王国に育てられた恩を忘れたのですか?」
「恩? ふざけんなよ。おれの首を見ろよ」
少年が差し出した首には首輪がはめられていた。
「マナが感知できなくなったら、自動的にこの首輪が閉まる仕組みになっているんだよ。外そうと手を加えても同じだ」
「つまり、転移魔法で逃げられないようにされていたんだね」
「そうだとも。毎日が恐怖だった。逃げる気がなくても誤作動でも起こして首が閉まるかもしれない……。毎日毎日怖くて仕方なかったんだよ」
少年の体が震えていた。
〈正直な話か?〉
スルーズは小さく首を縦に振った。
葵はリュックから取り出した充電式電気ノコギリで、スルーズの時と同じように、銅板を挟んで慎重に切り込んだ。
石畳に落ちた首輪が乾いた音を立てると、自分の首に手をやった少年の瞳から涙が零れた。
「夢のようだ……。ずっと縛られていたこの首輪のせいで、おれは未来に絶望しかなかった……。ありがとうな、あんた。この恐怖から解放されるんならどんな懲役でも天国だよ。石切り場でも、鉄鉱採掘でも、なんでもやるよ」
アナスタシアがスルーズに目をやった。微笑むスルーズを見てアナスタシアは頷いて少年の施錠をすべて外した。
唖然とする少年の髪に、スルーズは魔法無効化ツールを張り付けた。
少年の髪が見る見る亜麻色に変わった。
少年はまだその事に気付いていないようだ。
「キミは解放する。この街で仕事を見つけて暮らすもよし、他の街に移動するもよし。ただし罪だけは犯すな。いいな」
事態がよく呑み込めないのか、少年はアナスタシアを見つめるだけだった。
「おれは自由にしていいのか?」
「ああ。人に迷惑を掛けなければ何をやっても構わない。好きなところに行け。ただし、転移魔法は封印したからもう使えないぞ。それを以て懲罰とする」
その時になって少年は自分の髪が亜麻色に変っている事に気が付いた。
一瞬驚きを見せたが、直ぐに笑みを見せた。
「むしろ有り難いくらいです。この能力があったが為ゲルマン王国に飼い殺しにされて来たんですからね。これでおれを縛る理由はなくなったわけだ」
少年はホッとした顔でアナスタシアを見た。
「あんたは?」
「ロマノフ帝国第一皇女・皇帝継承者のアナスタシア・マリーだ」
「あ、あんたは、この国のお姫さまでしたか……失礼いたしました」
少年はポロポロと涙を零した。
「おれはこの国に仕えたい。おれを家来にしてくれませんか?」
「何を
ゲルマン国王女が声を荒げると、リンダが王女の顎を手で掴んだ。
「うるせいよ、おまえ」
「な、なにをする……」
「テメエ、わたしのことを忘れたわけじゃあるまい!」
王女の目が大きく見開いた。思い出したようだ。
「きさまはわたしらバルキラーと、百人のゲルマン兵士
リンダの気迫に王女の顔が真っ青になっていた。
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