第61話 バルキラーのリンダ
「畜生! 最初からバルキュリア諸共わたしらまで殺すつもりだったんだな!」
黒尽くめの女が悔しそうに叫んだ。
深く陥没した王立保養所の建物は、ヘイラ―瀑布から流れ込んだ水で完全に水没していた。
辺りは薄暗かった。今の所近くに人の気配はなかった。
〈ロゼ。この女を読心した時、重力魔法の存在には気づかなかったのか?〉
《はい。きっとこの女も知らされてなかったと思います。この女の記憶にも本音にも、重力魔法は出て来なかったですから》
〈では何故、この女は重力魔法を確認したんだ?〉
《この女は、探知能力に優れているようです。つまり、どこかで魔法が発動した時、その魔法がなんであるかを感知する能力を持っているのです》
〈とにかく生かせてあげよう〉
葵はリュックの中の薬箱から出したトキソイドを女に注射しようとした。
「なんだこれは?」
「破傷風を予防する薬だ。キミに危害を加えるつもりなら一緒に連れ出したりはしないよ」
「分かった。好きにやってくれ」
女は素直に注射を受け入れた。
葵を受け入れたと言うよりは、王国に裏切られた喪失感から自暴自棄になっているようだ。
項垂れた女の表情でそれが読み取れた。
《それにしても、重力魔法がこの程度の物で助かりました。もしバルキュリー村に落とされたような規模の物だと、わたし達は逃げ切れませんでした。手心でも加えられたのでしょうか?〉
〈いや、それはないとと思うよ〉
《葵様はどのようにお考えですか?》
〈キミの意見を聞きたい〉
《わたしですか? わたしはシンクロ魔法の保有者が、ここにいなかったんじゃないかと思います》
〈違うな。その逆だ〉
《と言いますと?》
〈シンクロ魔法保有者はいたが、重力魔法の保有者が少なかったと見るべきだ〉
そう考えていくうちに漠然とした考えが一つの方向に集結し始めた。
(そう言うことか……!)
やがてそれは確信へと変わった。
そして攻撃の主軸となる物が不明とされた、先のレビリア進攻作戦に
〈あの時、ゲルマン王国はレビリアに重力魔法を落とそうとしていたんだ〉
《まさか……》
〈キミが魔法無効化のツールを魔力を持った者達に張り付けたから、彼らは魔力を失い実行するには至らなかっただけなんだ。そうでも考えなければあの時の軍事侵攻に意味はない。それ以外に勝機など見い出せなかった筈だ〉
《それでは、いくつもの偶然が重なった結果、我々が勝利したというのですね》
魔法無効化ツールとは、言わずと知れたスルーズが持っている亜麻色の髪の事だ。
スルーズはそれを少しずつ切って魔法マナを持つ者に張り付けて行ったのだ。
張り付けた者でないと外す事が出来ない魔法無効化ツールは、それ以外には本人の死を以てツールの有効期限となる。
〈つまり、キミの意識しない所で使った魔法無効化ツールが、レビリアを重力魔法の被害から救った訳だ。それがため、今回キミは命を狙われる羽目になったと言うことだろうね〉
《それじゃ、亜麻色の髪の魔法無効化ツールは相手も把握していると言うことなんですね》
〈そう言うことだね〉
それは諜報活動によるものかもしれないが、葵達が認識していない何らかの魔法よって、覗き見られた可能性も否定できなかった。
ゲルマン王国にも未知の能力を持った魔導師がいると考えて置くべきだろう。
この世界の根底にある魔法と言うものを、認識から外してはいけない。
この先の戦いに、既存の兵法にのみ傾倒していては、取り返しの付かない事態を招く恐れがあると思った。
「ロゼ、キミの索敵魔法で敵の重力魔法の使い手の人数を把握できるかい?」
と葵は声に出して尋ねた。
「いえ、わたしの索敵能力は魔力マナの総数は分かりますが、魔法属性までは把握出来ません」
「わたしなら分かるよ」
と項垂れていた女が口を挟んだ。
「わたしはマナの種類を分別できるんだよ。重力魔法の使い手は五人程だ。シンクロ魔法保持者がそれを制御していると言った所だよ」
バルキュリー村を襲った重力魔法は百人を超える使い手がいたし、他の魔導師もマナを供給していたから威力は計り知れなかった。
シンクロ魔法を介してとは言え、高々五人程度の重力魔法の使い手がいるだけで、王立保養所の建物をクレーターに変えてしまう威力があるのだ。
〈こんなものが落とされたら防ぎようがないな〉
《心して掛からないといけませんね、これからは》
ふと、スルーズが森の方を振り返った。
「葵様、何者かが近づいてきます」
一瞬身構えたスルーズだったが、ガサガサと草木を掻き分けて姿を見せたのはメリッサとポーラだった。
「無事だったのか?」
「わたし達はね、でも他の連中は多分……あっ! 敵がいるじゃないの! 殺そうよ」
「待ちなさい」
短剣を抜くメリッサの腕を、スルーズが素早く捕まえた。
「この女に最早敵意はないわ」
「信じられないわ」
「だってこの女も重力魔法で一緒に殺されそうになったのよ」
「そうなの」
とポーラが言った。
「味方なのに酷いわ」
「ふん。味方なんて最初から思ってなかったんだよ、王国の連中は。ただ利用されていただけなんだよ。バカを見たのはわたしらだよ」
女は自嘲気味に笑った。
「こんな所でこうしていても仕方ない」
葵は暗くなった周囲を見渡した。
「ところで、メリッサ。キミ達は魔導師たちを見かけたのかい?」
「ああ、スルーズ様のマナの感じる方向を、索敵しながら十人とちょっと殺しちゃったかな」
「それはきっと重力魔法師以外の魔導師だよ。重力魔導師はとっくにわたしの索敵の外に出たよ。シンクロ魔法師と共にな」
「何だよ、こいつ。こちらに寝返ったの?」
メリッサがスルーズを見上げた。
「裏切られたのはこっちだよ。別にあんた達に付くつもりもないけどね」
「味方じゃないんだ」
「馴れ合いはしないよ」
「なら殺そう。ねぇ、いいでしょ?」
メリッサはおねだりするような目でスルーズを見た。
スルーズは軽く吐息を吐いた。
「手出しをしちゃ駄目よ。いい?」
メリッサは舌打ちしたものの不承不承頷いて見せた。
生存者の救出に向かうも、助けられたのは、水の中から自力で這い出て来た十数人だけだった。
敵の標的になる恐れはあったが、
「今の所わたしの索敵には何も掛かっていないから大丈夫だよ。イテテテ……」
女は応急処置しかしていない足に手をかざした。
治癒を施そうとしている様子に葵は気づいた。
「キミは治癒魔法が使えるのか?」
「ふん。治癒魔法と呼べる代物じゃないよ。掠り傷ならすぐに塞ぐことは出来るが、こんだけ深いとわたしの能力ではどうにもならないよ」
「でも、一応治癒能力は持っているんだろ?」
「辛うじて索敵に引っ掛かるくらいの、マナはあるようだけどな」
葵はスルーズと目を合わせて笑みを浮かべた。
「そのまま、治癒魔法を発動するように」
葵は言いながら女の肩に手を置いた。
「何するんだよ」
「いいから治癒を続けて」
「分かったよ」
女は「ちぇ」と舌打ちしたが葵の言うことに従った。
が、間もなく。
「イテテ……! えっ? 傷が塞がったよ。何でだよ?」
女は驚きながらすくっと立ち上がった。
「シンクロ魔法なのか? いや、違う……あんたには魔法マナを全く感じなかった。ゲルマン王国のシンクロ魔法師とは全く違う属性の物だ」
「それは他の人にも言われたよ。ぼくのは魔法とは違うって」
「確かにわたしの知っている魔法とは違うよ。マナと言う根源を感じないんだよ、あんたには。何なんだよ、その力は。しかもアイツよりも底知れない力を感じたよ」
「アイツとはゲルマンのシンクロ魔法の使い手のことかしら?」
スルーズが険しい顔で尋ねた。
「そうだよ。それ以外に誰がいる?」
「その人間のことを教えて欲しいの」
「別に隠す気はないが、わたしらバルキラーは一切アイツの素性を知らされてないんだよ。頭からフードの付いた白いローブを被り、声も聞いたことがないんだよ。男か女なのかも分からないよ」
「そうなの……」
スルーズは力なく視線を逸らした。女が嘘を吐いてないことを確認したようだ。
「とにかく、他の怪我人の治癒に当たってくれないか」
葵が言うと女は目を丸くした。
「わたしたちはついさっきまで敵だったんだよ。急接近し過ぎだろ?」
「ぼくは敵味方関係なく病気や怪我を治してきた。そんなぼくに手を貸してはくれないだろうか?」
女は呆れたような目で葵を見た後、
「分かったよ」
と苦笑いを浮かべた。
「わたしの名前はリンダ。リンダ・ベルベットだよ」
リンダは名を告げると焚火の傍で横たわっている怪我人の方に歩み寄った。
「手当てするんだろ? グズグズしていたら重傷者が死んじまうよ」
リンダは存外さっぱりした気質の持ち主のようだ。
《彼女の話すことに全く嘘はありません。ある意味アナスタシア様のように真っ直ぐな性格のようですね》
〈そうだね。悪い
「葵! この男苦しそうだよ。早く来てくれ」
そう言って手招きするリンダを見ながら、葵は新しい仲間となる予感がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます