第49話 再会の湖畔
女は剣を弾いた後、その少女の髪に魔力封じの亜麻色のカツラを被せた。
とたん、亜麻色の髪を被せられた少女は、力を奪われたように座り込んだ。
「ロゼ……」
葵が声を掛けると、スルーズは振り返った。
「よかった。やっと会えたよ」
スルーズは黙ったまま俯いていた。サングラスを付けているから表情は読めない。
やがてスルーズの肩が震えだした。
「葵様、以前にも言ったじゃないですか! ご自分の命を大切になさってくださいって…」
「ロゼ…」
「今死んでいましたよ!」
スルーズは涙声になっていた。
「わたしが剣を払わなければ、あなたは死んでいました!」
「分かっているよ。キミなら来てくれると思ったんだよ」
「……! ズルイ人ね……」
言いながらスルーズは葵の肩に頬を預けた。
「メリッサのほんの一言からわたしの存在に気付いたあなたは、隠れているわたしを
「スルーズ様、ひどいよ。わたしの力を封じるなんて! ところで、もしかしてこの人がスルーズ様のマスターだった人?」
少女……メリッサは頬を脹らませながらも、葵の顔を覗き込んだ。
「ロゼは今もぼくのサーバントだよ」
と葵が答えた。
「あんたに聞いてないよ。スルーズ様を泣かせるなんて、絶対に悪い男だよ、コイツ」
メリッサの言葉にスルーズは少し笑った。
「悪い男だったら、メリッサよりも先にわたしが手に掛けていたわ。いい人だから、涙が出るのよ。覚えておいて…」
「だってスルーズ様、さっきズルイ人って言ったよね、そいつに」
「ええ、言ったわ。この人はズルイぐらいいい人なのよ」
「なに、それ。全然分かんないよ」
メリッサは大げさに首を振って見せた。
スルーズは葵と頬を密着させた。
「忘れようと思ったのに……。葵様はやっぱりズルイ人よ。こんな所で出会ったら、もう離れられないじゃないですか…」
「ロゼ、ぼくと一緒に帰ってくれるね」
「それは……」
「ダメよ」
とメリッサがきっぱりと言った。
「スルーズ様はバルキュリア王国を再興なさるお方よ。女王様なのよ。子種ならあんたでもいいけど、終わったらさっさと帰ってよね」
スルーズは葵から体を離れた。
「話をちゃんと聞かせてくれるかい?」
頷いたスルーズは、黙ったまま葵のすぐ後ろで
「そういうことがあったのね」
スルーズは葵の頬に手をやった。
「悲しい思いをされたのですね」
「姉さんを失ったハルに比べたら、こんなのなんて……」
何か言葉を続けるつもりだったが、浮かんで来なかった。
「わたしが傍にいると、葵様の救いになりますか?」
葵は大きく頷いた。
「ロゼがいなくなったら、どうしていいのか分からなくなるくらい、ぼくは寂しくて仕方ない。今だってキミは、ぼくの心を察してくれたじゃないか。キミのような人は何処にもいないんだよ」
スルーズはクスッと笑った。
「本当…ズルイ人ね。でも、そんなあなたが憎めない」
言いながらスルーズは葵の頬にキスをした。
「あなたの唇にしたかったのだけど……わたしのものじゃないから……」
「ゴメンね、スルーズ。キミを苦しめてしまったんだね」
「いいの……心は止められないものよ」
葵はスルーズを軽く抱きしめた。
「葵…様…?」
「ぼくは、アナスタシア様が好きだ。その気持ちには偽れない」
葵の耳元でスルーズの吐息が漏れた。
「キミの気持ちを知らない訳じゃないし、勝手な言い分なのは分かっている。だけどぼくは、キミに傍にいて欲しい。ぼくがどんなに恋焦がれていてもアナスタシア様は次期皇帝継承者……。いつかきっと、ウェディングドレスのアナスタシア様を見送らなければならない時が来る……。その時の気持ちを想像すると、ぼくはとても辛くて…キミと同じように逃げ出してしまいたくなるだろう。だけどね、それでもぼくはあの方の軍師でいたいと思う。そんな時、ぼくの支えになってくれるのはキミしかいない」
〈ぼくはきっと最高にズルイことを言っていると思う。それは分かっているつもりだ〉
葵はスルーズの心に訴えかけた。
〈ぼくは気が付いたんだ。今まで何故、ぼくが人を避けて生きて来たかってことに……。自分勝手で他人のことなんて顧みない人間に、ぼくは絶望していたんだ。だから人との距離を置いた。これ以上絶望したくないからだ〉
スルーズの温もりが葵の冷えた体に伝わった。
〈でもね、心の底では、知って欲しかった。ぼくのことを分かって欲しかったんだ。だけど………そんなの無理だよね。ぼく自身人に興味がなかったんだから……。そんな時、ぼくはこの世界に召喚され、キミと出会って記憶を共有した……。キミがどんな大変な生き方をしてきたのかを知ってぼくは愕然とし、そして気付いた。他人が悪いんじゃない。人の心を感じようともしなかったぼく自身が悪いんだって。ぼくはキミの悲しみを知り、キミはぼくの心の闇を見つめてくれた。嬉しかった。ぼくの全てを知り、真正面から見てくれ人はキミが初めてだったから……〉
《わたしも嬉しかった……。誰にも話せなかった、二人の姉を失った悲しみを、あなたが共有してくれた……。誰かにわたしの苦しみを知って欲しかったの…》
〈ロゼ、分かるよ。どちらも寂しかったんだよ……。だからぼくたちは心が繋がったんだと思う。これって偶然じゃない。きっとあの時、何か天祐めいたものが働いたんだ。ロゼ、ぼくはキミとの繋がりを切りたくない。大切にしたいんだ。これからも、ずっと〉
《葵…様》
〈キミの気持ちを知りながら、随分身勝手で酷い言い分だって分かっているよ。でもね、キミが他の男と家族を作っても、家族ぐるみで付き合えるそんな間柄でいたいんだよ。上手くは言えないんだけど……つまり……ぼくたちの関係は兄妹のようでありたいんだ。それでは、ダメかい?〉
《ダメです》
〈そうだよね〉
《姉弟なら承知いたしました》
抱擁を解いてたスルーズの顔はいたずらっぽく笑っていた。
「嘘ですよ。お兄様」
「戻って来てくれるんだね。ロゼ」
「はい」
「ちょっと待った!」
メリッサが葵とスルーズの間に割り込んできた。
「スルーズ様、そんな大切なこと一人で勝手に決めないでくださいよ。わたし達はどうなるのよ」
「女王様はメリッサでもいいでしょ?」
「そんなのムリムリ! みんなも許しませんよ。それにこの髪何よ! 取れないじゃないの」
少女は無理に引っ張ろうとして、イタタタタと頭を押さえた。
「とにかくここじゃ話になりません。みんなの所に、マスターにも付いて来てもらっていいですか?」
「ええ。ただし、この方に手を出したら許さないわよ」
スルーズが睨みを利かせると、
「分かっていますよ」
メリッサは膨れっ面をした。
「兄さん。どうなっちゃうの?」
ハルが心配そうに聞いた。
「大丈夫だよ。スルーズは誰よりも信頼できで、誰よりも強いぼくのサーバントだから」
「そうなんだ」
ハルは微笑みながら振り向くスルーズの顔を頼もし気に見上げていた。
とその時、スルーズが立ち止まり森の方を振り返った。
「誰?」
メリッサも身構えた。
ガサガサと枯葉の音を立てて姿を見せた人物を見て、葵は胸が張り裂けそうになった。
それは黒髪・黒瞳のアナスタシアだった。
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