第23話 マーシャルアーツ・カンパテーション 後編





 スルーズとアナスタシアは準決勝の舞台に上がっていた。

 準決勝からグラウンドでの試合は一組のみとなっていた。

 最初の試合はスルーズだった。

 相手はランク一位。ロマノフ帝国最強の戦士ヒルーデ・アイ・レーニエ男爵だ。


「わたしはヒルーデには一度も勝ったことがないのだ」

 とアナスタシアは言っていた。

 二回戦で死力を尽くして戦った、ランク二位のハモンド・グリーデンでさえ勝った事がない程だとも言った。


「スルーズがどんな戦い方をするのか、楽しみだな」

 隣に座る皇帝ニコラスがヒルーデの勝利を確信したように言った。

 帝国のメンツもあるが、突然現れた何者とも知れない人間に勝利をさらわれるのは面白くないのだろう。



 準決勝第一組の試合が始まった。

 ダークホースのスルーズと優勝最有力候補のヒルーデの戦いが開始された。

 ヒルーデの武器は短槍だった。

 武器を構えたまま両者は動かなかった。

《一撃で行きます》

 珍しく戦闘開始後にスルーズ話しかけてきた。

〈大丈夫なのか?〉

《行けます》

 スルーズが読心魔法を使えば相手の攻撃を予測する事は出来る。

 だが、正々堂々の場でそれを使わないのがスルーズだ。

 それでも彼女には勝算があるのだろう。

〈分かった。行け〉

《はい!!》

 力強い返事か帰ってきた。


 スルーズは決して虚勢を張らないし、実力を見誤らない。

 その彼女がやれると言うのだ。

 葵はスルーズを信じた。


 試合は膠着状態が続いた。

 どちらも動かない。只睨み合っていた。

 観客がざわつき始めた。

 そしてチラホラとヤジが飛び始めた。


「どうしたんだ。早く打ち合えよ」

「お見合いしてるんじゃないぞ。行けよ、ほら」

「戦わないんなら帰んなよ」

「女相手にビビってんじゃないぞ」


 いろんなヤジが飛び交ううちにヒルーデの顔色が変わってきた。

 瞳に怒色を漲らせると、スルーズ目がけて素早く切り込んでいった。

(速い!)

 スルーズは動かなかった。

(動けないのか?!)

 と思った瞬間、スルーズの体が宙を舞った。

 ひねりを加えて回転したスルーズが、切り込んで来たヒルーデの背後に着地した瞬間、勝負はついていた。

 ヒルーデは短槍を弾かれ、膝を落としていた。

 自分でも信じられないと言った顔で、槍を弾かれた両手を、穴が開くくらい睨みつけていた。

 

 何が起こったのか分からない観客からの歓声は起こらなかった。

 魔法嫌疑が掛けられたのか、三人のジャッジメントが集まり協議した後、

「スルーズ!」

 とその勝利を認めた。

 同時に観客から地響きのような歓声が上がった。

 小手打ちが決まり手だった。

 その瞬間を見極めた人間はきっと数少ないだろう。

 だが、大会ルールーに則った「武器を落としたものが負け」は誰の目からも明らかだった。

 達人の域に達した二人だから、決め手は見落とされるかもしれない。

 だったら、誰の目から見ても明らかな、武器の落下を狙えば誤審はないとスルーズは考えたのではないか。

《流石ですね。その通りですわ、葵様》

 スルーズの声が届いた。

《ヒルーデ男爵は間違いなくロマノフ帝国第一の武人です。直接戦ったことはありませんが、彼の戦いぶりを見た事がありましたから》

〈ああ、思い出した。確かキミの記憶の中に彼がいたね。だから勝算があったんだね〉

《彼はカウンター攻撃の天才なんです。迂闊に攻撃を仕掛けると、逆にこちらがやられます》

〈彼に挑んだのは、確かキミの直ぐ上のお姉さんだったね〉

《ええ。一対一の戦いでゼル姉さんが負傷するの初めて見ましたわ。その後、一目惚れしたゼル姉さんは彼の子供を身ごもっていましたから、ある意味、わたしにとってはお義兄さんと呼んでもいい方です》

〈それじゃ、もし彼の剣技を知らずにキミの方から打ち込んでいたら、どうなっていたかな?〉

 直ぐに返事はなかった。

 が、間もなく帰ってきた。

《それでもわたしは勝っていました》

 スルーズが負けず嫌いだった事を忘れていた。



 次はアナスタシアの試合だった。

 相手はアナスタシアの参謀でもあるパウエル・ラルク・ジルベルト公爵だった。

 アナスタシアは彼の事を剣の師匠だと話していた。

「去年までS級シュバリエだったが、若手の台頭でランクを下げてしまったが、洗練された技の切れは今も健在だ」

 そう絶賛した剣の師匠と対峙するアナスタシアの顔は神妙だった。

 試合開始の合図が上がった。

 アナスタシアはおもむろに抜剣すると勢いよく切り込んだ。

 パウエルが凌ぎ、アナスタシアが攻撃する展開が続いた。

 アナスタシアの大きな動きに対して、パウエルの無駄のない最短の動きが対照的だった。

 体力に物を言わせたアナスタシアに対して、年配のパウエルにやや疲労が見え始めた。

 五体をフルに使ったアナスタシアの攻撃は、情熱的だと思った。

 八十合を超える打ち合いが続いた。

 疲れを知らないアナスタシアの縦横無尽の攻撃に、パウエルはついに剣を弾かれた。

 歓声の中、アナスタシアは近寄り、右手を差し出そうとして止めた。

 アナスタシアはパウエルに、ぎこちなく、深々とお辞儀をした。

 握手はアナスタシアなりの敬意のつもりだったのだろう。だけど、敗者に手を差し伸べる行為は不敬な事だと気づいて、行動を切り替えたようだ。

 顔を上げたアナスタシアの視線の先で、パウエルは穏やかな笑みを浮かべていた。

 「強くなられましたね」とても言っているかのようだった。 



 スルーズはともかく、打ち合う試合が多かったアナスタシアの疲労は小さくない筈だ。

「決勝戦は明日にでも」

 という意見もあったが、アナスタシアは拒否した。

「神聖なる大会のルールに権力が介入してはならない」

 予定通り二時間後に決勝が行われる事になった。

 女性が決勝に出場するのは大会始まって以来の事だったし、頂点に立つのも初めてだった。

 ランク不明のスルーズが皇帝の特別推薦枠で出場するのも含め、何かと異例尽くしの大会だった。

 とまれ、不本意な部分はあっただろうが、スルーズの特別枠は、結果的にニコラスの先見の明が評価されるに至ったので、機嫌を損ねる事はなかったようだ。



 アナスタシアとスルーズがグラウンドに姿を見せると、大歓声が起こった。

 電光石火のアナスタシアの連続攻撃か、神の如く一撃必殺のスルーズか。

 満員となったコロシアムのスタンドは異様な熱気に包まれていた。

 

〈どう戦うつもりだ?〉

《さあ、どういたしましょうか?》

 曖昧なスルーズの返事に、葵は珍しく苛立ちを覚えた。

〈どう見たってキミの方が実力は上だ。手加減がばれないで、それでいて自尊心を傷つけない戦い方は出来ないものかな〉

《アナスタシア様がそれをお望みとお思いですか?》

 スルーズの言葉に葵は言い返せなかった。

〈すまなかった〉

 葵はそれだけ言うと、握っていた黄色の魔石をリュックのポケットに仕舞った。

 どのような試合運びになるかは、スルーズの胸一つと言っていいだろう。


 決勝戦が開始された。

 ここまで強敵に対して手数で攻めていたアナスタシアが、電光石火の早業で前に飛び出した。

 一撃目を凌いだスルーズだが、アナスタシアの速攻に防戦一方になっていた。

(スルーズがアナスタシアに配慮しているんだな)

 最初はそう思っていた。

 スルーズの方が遥かに強いと確信していたのだ。

 だが、スルーズの表情が冴えなかった。アナスタシアの猛攻を軽く受け流しているのではなく、攻撃に転ずる隙を見いだせないでいるようだった。

 アナスタシアはこの大会においてスルーズの強さを知っている。

 一度も勝った事のないヒルーデすら一合もなく叩き伏せられたのだ。

 小細工が通じない相手なのは分かっている。

 実力も自分より上なのも理解している。

 その上でアナスタシアは自分の持ち味であるスピードに賭けたのだろう。

 剣を打ち振るうアナスタシアの目に迷いはなかった。

 だが、三十合を超えた時、ほんの少し生じた動きの乱れに、スルーズの剣が反応した。

 スタジアムにどよめきが起こった。

 アナスタシアの兜が弾き飛ばされ、長く伸びた黒髪がその肩口に垂れた。

 スタジアムの床を跳ねる兜を見届けたアナスタシアは、スルーズを見て微笑んだ。

「スルーズ!」

 ジャッジメントがスルーズの勝利を告げると、アナスタシアは彼女に握手を求めた。

 スルーズは一瞬躊躇ためらったようだったが、それに答えて手を握ると、スタジアム一杯に歓声が沸き起こった。

 アナスタシアの屈託のない笑みをスルーズはどう受け取ったのだろうか。

 笑みを返しながらも、スルーズは眩しそうに目を細めていた。

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