加害者のさだめ
「アンナ、来てたんだ。久しぶり」
「うん……久しぶりアヤ! 元気してた?」
アンナは一瞬にして元気を身にまとい、アヤのもとへ近づいていく。
俺は背後で行われる二人の会話を黙って聞くしかなかった。
「うん。……あ、そう言えばどうだったの? あの後。お母さんに怒られなかった?」
「それ! めっちゃ怒られた。あんた買い物にどれだけ時間かかってんのよーって。だったら頼むなってかんじじゃない?」
アヤと何事もなかったように話すアンナ。
今の二人のやり取りだけを聞けば、仲良し女の子の会話のように聞こえるが、俺はそれが上辺の会話だと知っている。
ちょうど客が来店したので俺は二人の傍から離れ、接客に移った。
「ありがとうございました」
店の外まで客を見送るという過度な接客をした後で、二人の方を振り向くと、
「じゃあ、いってらっしゃい。また今度ゆっくり話そうね」
「うん」
アンナがアヤに向けて手を振っている。
控えめに手を振り返したアヤが、入り口にいる俺に近寄ってくる。
「……ちょっと、出かける」
「ああ、あんまり遅くなるなよ」
「私は子供じゃないし」
すれ違いざまに小さな声でやり取りをした。
アヤはアンナと話している時みたいに笑顔を浮かべてくれなかった。
「なんだよ、アヤの野郎」
俺は去っていくアヤの背中をじっと見つめる。
でも出かけるって、いったいどこへだ?
「どうする? 後……つけてみる?」
気がつけば、アンナが隣にいた。
右手で左腕の肘を軽くさすっている。
「いや、それはいいや。さすがに悪いし」
俺はカウンターに戻った。
アンナが後を追いかけてきて、隣に並ぶ。
「悪いし……って、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだよ」
「え、どういうことだよ」
「だってアヤは、あなたのお兄さんを殺そうとしてるのよ」
「は?」
いきなり何を言い出すんだ?
アヤが、兄ちゃんを殺す?
そんなこと……そんなの…………そんな、ことは、あるはずが。
ない、と否定できなかった。
アヤのお兄ちゃんがテツさんで、テツさんの親友が俺の兄ちゃんで、テツさんに死ねと命令したのがこの国の英雄だ。
「そっか……それはでも、そうかもしれない」
最終的に、俺はそんなことを言っていた。
「何その反応。私バカだから……私にはよく分かんないけどさ」
アンナは自嘲気味に笑う。
俯いた拍子に溜まっていた涙が零れてしまった。
「……でもさ、自分のお兄さんを殺そうとしている人と一緒に住めちゃうのは、その意味がよく分かんないのは……やっぱり、私がバカだから?」
俺は涙を流すアンナから顔を背けた。
店の隅に追いやられた防具コーナーを見つめる。
「いいや、俺の兄ちゃんが英雄で……俺がその弟だから」
その防具にはたくさんの埃が被っているというのに、俺や俺の兄ちゃんの中では、きっとまだ戦争は続いている。
その戦争は、俺たちが生きている限りずっと続いていく。
「何それ。そんなんじゃ分からないよ。納得できないよ。お兄さんが危ないって分かってて、私はそれを知ってて、黙って見てるだけなんて無理。耐えられない……」
「ごめん……アンナ」
「ヒサトだって殺されるかもしれないんだよ? なのに……なのに……」
「本当は、それでもいいのかもしれない」
俺も、俺の兄ちゃんも加害者だ。
加害者が
受け入れるしかない。
「そんなのダメだよ!」
「でも! 俺も、俺の兄ちゃんも殺された方が」
アヤは俺たちが加害者であることを俺たちに忘れさせない為に、俺たちの前に現れたのかもしれない。
だったら、俺たちはアヤが何をしてきても受け入れるしかない。
「そんなことない!」
「……えっ」
気がつけばアンナの胸の中に俺の顔がうずまっていた。
むぎゅ、と鼻が少しゆがむ。
俺の震える身体を、アンナが抱きしめていた。
「そんなの……私が嫌だよ。ヒサトがいなくなるのが嫌なんだよ」
「分かってるさ。ただ、言ってみただけだ。冗談だよ」
「冗談でもそんなこと言わないで!」
「ああ……悪かった」
俺が謝ると、ようやくアンナは離れてくれた。
でも、まだ恨めしそうに俺を見ている。
「やくそく、してよ」
「わかったよ。……でもアヤのこと、誰にも言うなよ」
「なんで」
「これは俺たちの問題なんだ。俺たちが背負わなきゃいけない問題なんだ」
「そう……」
アンナはゆっくりと俯く。
体の横では、両の拳がプルプルと震えている。
「……ごめん、ヒサト。もう帰る」
アンナは俺の質問には答えずに、それだけ言い残して帰って行った。
一人取り残された
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