アンナの大きな大きな

 翌朝。


 俺はスッキリしない気持ちのまま朝食を食べ終え、店へと向かった。

 食事の間、アヤとは一言も言葉を交わさなかった。


 店内を軽く清掃し、入り口の鍵を開け、今日も開店。


 めずらしく、一時間たっても客は一人も来なかった。


 なので俺はカウンターの奥に座って、昨日兄ちゃんから言われたことをボーっと考えていた。


「アヤのこと。会ってるって言ったって……全然覚えてないんだよなぁ」


 ぼそりと呟く。


「へぇ、ヒサトって、昔アヤと会ってたんだ」

「ああ。どうもそうらしいんだよなぁ――――――ってアンナ?!」


 椅子から転げ落ちそうになるのをなんとかこらえる。


 なぜか俺の隣にはアンナがいる。


 しかも、なぜかちょっと不満げだ。


「いいい、いつからそこにいたんだよ。ってか声掛けろよ。暗殺者かお前はっ!」 

「そんな慌てなくてもいいじゃん。ってか普通に入って来たのに、ヒサト気づく気配ないんだもん。防犯意識薄すぎ」

「そ、そうだった、のか」


 そんなにぼーっとしてたのか。

 ってことは、お客さんのことを無視してた可能性もあるのかっ!


「ってかアンナとこうやって話すの、意外と久しぶりだよな」

「うん。二週間ぶりくらい?」

「そんなにたってたか? まあ、うん。久しぶり」

「なによその態度? ちょっとよそよそしすぎない? ここはお見合いの席かっての」


 少し不機嫌な態度を見せたアンナだったが、すぐに笑顔を浮かべ直した。


「ねぇ、今日暇? 暇でしょ? 暇だよね。お店閉めてどっか行こうよー」


 アンナが俺の腕に抱きつき、体を密着させてきた。

 つまりそれは、アンナの豊満なおっぱいに二の腕が挟まれていることを意味する。

 

 すげぇ柔らかい。


 しかも手はアンナの太ももに挟まれている。

 こちらは柔らかさは胸に劣るけども、それがかえって肉感的だ。指先を動かせば、きちんと跳ね返ってくる。


 ってかアンナさんいきなりなにを……。


「待て待て、話飛び過ぎ。大体今日は暇じゃないし」


 そう言いつつ腕を引き抜こうとするが、存外アンナの挟み込む力が強くて、全然抜けられない。


「いいじゃん。店一日休むくらい」

「でも……その…………」

「じゃあ、今日は私も一緒に店番する。それでならいいでしょ?」


 顔を下から覗き込むように見上げるアンナ。

 いつもにも増して妙に色っぽい感じがする。

 まだ腕は抜けない。


「で、でも、いいのか?」

「いいって、なにが?」

「なにがって、アヤもいるんだぞ。あいつと何かあったんじゃないのか?」


 アンナにそう尋ねるのと、俺の腕がすぽっと抜けた。

 アンナのホールド力が急に弱まったのだ。


 ふぅ、とりあえず一安心。



 それにしても柔らかかったよなぁ――じゃなくて!


「べ、べつになんも」

「うそつけ。アヤ、あの日から元気なさそうにしてるんだぞ」

「え、そう……なんだ」

「ああ、あからさまにな」

「アヤが……そっか」


 アンナの表情に色濃く影ができる。

 その反応を見て、聞かない方がよかったかとも思ったがもう後の祭りだ。


 まあ、でも、二人が喧嘩? したままなのは絶対によくないと思う。


 せっかく同世代の女の子同士、仲良くなれたのだから。


「ねぇ、ヒサト」

「ん?」

「そのことで、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」


 アンナは俯いているから、その表情を窺い知ることはできなかった。

 でも、天真爛漫なアンナのこれほどまでに沈んだ声は久しぶりだ。


「そのことって、……アヤと喧嘩したことか?」

「そうじゃなくて、アヤのこと」


 え、その二つになにか違いがあるの?


「実はね、私……見ちゃったの」

「見たって? なにを?」

「だから、その……見たの。別にそんなつもりはなくて、ただ……謝ろうと思って、角から店をのぞいてて、そしたらアヤが出てきて、声かけられなくて……つけて行ったら」


 アンナはなかなか結論を話そうとしない。

 怒られている子供のように、つらつらと言いわけを並べ続ける。


 別に俺、怒ってもないし、責めてもないんだけどなぁ。


「その、だから……その…………見たの。アヤが、話してるところ」

「話してるって、誰と?」

「それは……あまりよく見えなかったけど、確かあれは前の――」


 そこまで言って、アンナは口を閉ざした。

 目線が俺の背後へと向かう。

 それで俺も、アンナが話すのを辞めた理由を流石に察した。


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