不協和音

アヤの正体

 アヤとアンナが出かけてから二週間がたっていた。


 俺はベッドの上に仰向けに寝ころがり、目を開けたまま考えごとをしている。

 もう真夜中だが、今夜もなかなか眠れそうにない。


「何があったんだろうなぁ……」


 あの日、アヤは出かけた時よりも浮かない顔で帰ってきた。


 よほどのことがあったのだろう。


 アンナとは本当に小さい頃からの付き合いで、その性格は熟知しているつもりだから、アンナがアヤを傷つけたとは考えられない。


 アヤはアヤで何も言うことはない。

 二度ほど何も言わずに出かけていった以外は、何度忠告をしても家政婦のように家事を率先して行うだけ。


 初対面の時よりも、ぎこちなくなってしまった気がする。


 また事故を装って風呂にでも突入してみようか――いや、それはダメだな。


「なんだこの気持ちは」


 そんなわけの分からない考えを抱くほどに、俺は現状に息苦しさを感じているのだ。


 アンナもあの日以来姿を見せないから、余計に不安は募っていく。

 やっぱりアンナとアヤの間で何かがあったのだろうか。


 そんなことを考えていると扉を二度、控えめにノックする音が聞こえてきた。


「入るぞ」


 俺が返事をする前に兄ちゃんの声がして、扉が開く。


「兄ちゃん。帰って来てたの?」

「ああ、ついさっきな」

「そっか。……で、何の用?」

「まあ、いろいろとだよ」


 兄ちゃんは後ろ手で扉を閉める。


「眠いからさ、簡潔にしてくれよ」

「なんだよつれないなぁ。兄ちゃんとしては時候の挨拶的な、『薄くなっていく洋服と共に女子の胸の谷間に男が目を奪われていく季節となりましたが』的なことから弟との会話を」

「ごめん。今、そんな余裕ないんだ」


 俺には、兄ちゃんの冗談につき合う余力が残っていない。


「そっか。まあじゃあ……単刀直入に言えばアヤのことなんだが」


 兄ちゃんは扉に背中を預ける。


「どうだ? アヤは元気でやってるか?」

「まあ、それなりに……だと思う」

「そうか、ならいいんだ」


 兄ちゃんは肩を竦めてから天井を見あげた。


「うん。家事も色々とやってくれてるしさ。結構……助かってる。話もするようにはなったし」


 ぎこちない会話しかできないけどね。


「そうか。やっぱりお前とアヤは相性ピッタリだったんだな」


 小さく笑いながら言った兄ちゃんの姿は、自分を嘲笑しているようにしか見えなかった。


 ありもしない恋愛照合理論なんか利用して、いったい何がしたいんだ。


「だから、それ嘘なんだろ? 恋愛照合理論なんて」

「信じるか信じないかはお前次第だって。でも、兄ちゃんは確信してる。……だってお前は俺の弟なんだから。それに、お前ら二人、小さい頃に二、三回くらい? 会ったこともあるんだ」

「会ったことがあるって、誰に?」

「いや、だからアヤに」

「え?」


 そんなの初耳なんですけど?


「あれはそうだなぁ……、テツの家に遊びに行った時だな。お前もついていくって言ってそれで」

「その話、もういいよ。思い出した」


 俺は、思い出したと嘘をついて、すぐにその話を辞めさせた。

 テツという言葉が聞こえたからだ。

 兄ちゃんのトラウマを聞かされるのはもう懲り懲りだ。


「そうか。なら恋愛照合理論を信じてみてもいいんじゃないか? お前ら二人、めちゃくちゃ楽しそうに遊んでたぞ」

「そうだったっけ? それは思い出せないけど」

「まぁ、ヒサトもアヤも小さかったからなぁ。でも俺はお前のこと信じてるから。二人っきりだし、何か起こっても兄ちゃんは全て受け入れるぞ」

「べ、別に何も!」


 急にからかわれてしまって、声が上ずる。


「……するつもりないから」

「そっか。ま、そこら辺はお若い二人に任せるとして、だ」

「兄ちゃん……あのさ」

「何だ? もしかしてどうやって告白したらいいか聞きたいのか? それとも既成事実の作り方か?」

「そういうことじゃなくて……兄ちゃんは、知ってたの?」


 俺は分かり切ったことを、聞いてしまった。

 これは今までの生活でため込んだストレスのせいなのか?


「ん? 何を?」

「だから! あいつが……アヤが、テツさんの、妹だってことを知ってて、この家に連れてきたの?」

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