第25話 Side: めあ
――最初に抱いていた感情は、嫉妬だった。
僕が自分の根底に抱える醜さの全部を出し切った小説が金賞で、ハセシマのどこにでもあるような青春SFが大賞だという事実がどうしても受け入れられなくて、こんな結果、ただ審査員の好みが反映されただけ。世に出れば僕の小説の方が上だと思って、受賞式では壇上のハセシマをずっと睨み付けていた。
けど、その時は別に関わる気なんてなかった。デビューしてから売り上げで勝てばいいと、そう思っていた。
湧き上がる嫉妬心が我慢できなくなったのは、れいのせいだ。
「めあちゃん、同期のハセシマ先生と知り合いだったりしないですか? びっくりするくらいの速さでデビューするみたいで、私も作品読んだんですけど……もう凄くて! あれは売れます。間違いなっく売れます! なので、今のうちにサインとかもらっておきたいなぁと……」
強烈な表現の関係で僕の改稿作業が難航している中、絶対に勝つと決めた相手はさっさとデビューを果たしてしまった。しかも、自分の担当編集まで彼の本に夢中だと来た。
(……これは一度、本当はどっちが上かはっきりさせないとダメかな)
そのせいで、受賞式以降鳴りを潜めていた僕の嫉妬心に火が付いてしまった。
一応、同期作家とは受賞式で連絡先は交換してある。
そうして僕はハセシマに、『君が書いた小説を読ませて欲しい』と単刀直入に連絡した。
打診は快諾されて、お互い予定が合わせやすい編集部の近くで会うことになった。
当日ハセシマは一応僕が女の子だからか、きっちりとした服装でちょっとしたカフェに案内してくれたが、その気遣いすらもその時の僕には舐められているようにしか思えなかった。
そして、僕はこれまで抱いて来た気持ちを全部ぶつけた。
「新人賞の結果なんて当てにならない。表現が強烈だって理由だけで、僕の小説の方が君より上だとずっと思ってた。だから、今日はそれを確かめたくて呼んだんだ」
怒り心頭で吐き出すようにそう告げる僕に、ハセシマはただ腕を組んで不敵に笑った。
「ふん、いいだろう。そこまで言うなら読ませてみろ。その小説を」
「――っ、後悔、するなよ」
僕が渡したのはれいと改稿をしたものではなく、新人賞に応募したままの、『ストーカー彼女が義妹になりました』の原文。リアルさを突き詰めた、ありのままの僕の実力。『売れるかどうか』ではなく小説家としての格付けをするならその方が向いていると思ったからだ。何より、僕一人の力で目の前のいけすかない男を屈服させたかった。
そうして僕らは互いに印刷した小説を相手に渡し、読み合いを始めた。
――しかし、結果は、
「なに、これ……」
まだ半分も読んでいない所で、気付いてしまった。
(……格が、違いすぎる)
僕が書いた小説は、読み手に身近で分かりやすい恐怖を与えることで限りなくリアルさを追求したものだ。しかし、対するハセシマの小説はリアルさ、なんてちゃちなものじゃなかった。
そこにあるのはもう一つのリアル。二十キロバイトの文字の羅列でしかないはずなのに、まだ挿絵も付いていないのに、彼の創り出した世界がはっきりと見えたのだ。
(――凄い。こんな世界を描ける人間が、この世にはいたんだ)
その瞬間嫉妬で歪んでいた世界は音を立てて崩れ落ちた。そして代わりに、目の前で僕の小説を真剣に読む鋭い目の青年を見ると、とくんと心臓が跳ねるのを感じた。
――その日、僕はハセシマのことが好きになった。
それからは何かと理由を付けて彼を遊びに誘った。
最初はトラウマがどうこう言って女子と遊ぶことを避けたがったハセシマだったが、次第に心を開いてくれて、彼の家で二人で過ごす時間も増えた。
若い男女が二人、一つ屋根の下に長いこといて、しかも、片方は好意を持っている。そんな状況が続けば、二人の距離が近づくのは必然だった。
事情を良く知らなかった僕はハセシマがただ奥手なだけだと思って、お酒の力を借りて、大胆にベッドに寝て、彼の体を引き寄せた。
「――いいよ、ハセシマなら。僕の全部を、君にあげる」
そして、体を密着させたまま、僕はハセシマの理性を溶かせるように、務めて甘く、僅かに抱いていた不安が漏れないように、そう囁いた。
――しかし、あと一歩のところでハセシマは僕のことを拒んだ。
事情を聞けばハセシマは、『あの日々』のヒロインのモデルとなった女の子との間にトラウマを抱えていて、そのせいで僕と体を重ねることは出来ないのだという。
最初はあんなに頑張ったのに拒絶された、と少なからぬショックを受けて、思い切り怒ってやろうかと思った僕だったけど、トラウマの話をするハセシマは目に見えるくらい青ざめて震えていて、それに彼がどれだけ苦しんでいるのかは容易に想像できた。
だから全てを話し終えたハセシマが、
「こんなことになっては、俺たちは今まで通りではいられないだろう。これ以上俺と一緒にいてもお前をむやみに傷付けるだけだし、俺も辛い。……だから、もう会いに来ないでくれ」
と距離を置こうとしても、
「……大丈夫だから、さ。気にしないで。君が苦しんでいる方が、僕は辛いから。……だから、今まで通りの友達に、作家仲間に戻ろうよ」
僕はそれを良しとしなかった。時間をかければきっといつかは心を開いてくれると思ったから。
――その日から、僕とハセシマの歪な友人関係が始まったんだ。
けど、それも半年も経たずに崩壊してしまった。
れいという『久川あゆみ』似のライバルの接触と、美濃部さんと何やら動いているという新しい恋を探す、という行為を聞いて、ずっと抑えていた僕の負の感情が決壊してしまったのだ。
作品に表れてる通り、僕は元来嫉妬深い性質なのだろう。
一度決壊してしまえば、ハセシマに対する想いも、他の女の子に対しての嫉妬心も隠しきれなかった。そのせいで友人のれいを傷付け、ハセシマを困らせてしまった。
それでも、僕の入稿祝いをしてくれる時には服装を褒めてくれて、少しずつ、ハセシマが僕の方に近づいて来てくれているのが分かって嬉しかった。その短い一言で僕は信じられないくらい舞い上がった。
そんな中だから、理想の『彼女』と再会したことを聞かされた時、どうしても受け入れられなかった。
――許せなかったんだ。このまま時間をかけてゆっくりと前に進むことが出来たは
ずなのに、それを邪魔された気がして。
悔しくて、苦しくて、どうしようもなくて。だから僕は、あんな泣き脅しをしてしまった。
あんなことして、次にどんな顔で会えばいいのか分からないくらい恥ずかしかった。けど、それでもよかった。それでハセシマが僕を選んでくれるなら、それくらいいくらでも我慢できた。
けど、結果は残酷だった。
『俺はやっぱり会おうと思う。会わなければ何も始まらないし、何も終わらないから。……すまん』
お店の前で別れてから何時間か後に送られてきた短いメッセージ。
それを見て、僕は全てに絶望した。
イラストのチェックとか、あとがきとか、入稿はしたもののまだ作業は残っているのに、それも手に付かなくなってしまった。
(……ほんと、一体どれだけ僕はハセシマが好きだったんだろう)
自室に閉じこもり、自身の気持ちを何度も嘲笑った。必死に馬鹿馬鹿しいものだったのだと割り切ろうとした。
――そうしなければ、壊れてしまいそうだったから。
けど、悔しくてたまらなかったけど、それでも、僕の中には別の気持ちもあった。
彼がトラウマを克服出来るかもしれない最後の機会を素直に応援できなかった自分の卑屈さに嫌気が刺すのだ。
そうやって、自己嫌悪と怒りに飲まれて感情はぐちゃぐちゃになって――僕はある決心をしたんだ。
――もう、ハセシマと会うのは辞めよう、と。
とはいえ僕は、ハセシマに言われたら惚れた弱みから強く出ることが出来ない。だから唯一の連絡先であるラインをブロックし、もし聞いてきたとしても、編集部には連絡先を教えないように口止めした。
こうまでしてしまえば、どうやったって志摩の方から僕を見つける手段はないはず。
……けど、もしそれらを乗り越えてハセシマが会いに来てくれたら、その時は――
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