第一章 4

    四


「む・・・聞こえるな・・・五つ数えて、二つ切れる、また五つ鳴って、二つ切れる・・・」

 幸村が言った。メガホンを、逆さにしたようなものを、耳に当てていた。

「相当に、明瞭にきこえているぞ。音は、自由に、鳴ったり、切れたりたり出来るのか?」

「今は、五、二で、送れと指示していますから。ぶー、ぶー、ぶー、ぶー、ぶー、つー、つー、という、信号音で送っています。これを、ぶー、ツー、・・・ブーブー、ツー、という具合に送ることも出来ます」

 と、大助が教えた。

「なるほど。それを、組み合わせれば、『敵、現れる』を、『ぶー、つー。ぶー、つー』というように、極秘に決めておけば・・・」

「なるほど。どこまでが、限界の、距離か。音は正確かどうかの、二点を、早急に、しかも、焦らずに、研究させろ。価値がある。電気信号班を結成しろ。口の堅い者を選べ」

「はい」

「いつまでも、みんなで、ここに居たら奇妙だ。本丸に戻るぞ」

 大助が、伝令を呼んで、「研究成功。なお研究の価値あり」と、九度山に送った。

 長い、廊下を歩きながら、幸村は、

「研究は地味なものだ。しかし、飽きずに、持続することだ。その間、資金は掛かるが、心配せずに、研究に専念してくれ。どんな研究でも、無価値なものはない。必ず日の目を見るときが来る。研究者の多い国は、素晴らしい国だというのを、忘れるな」

「はい!」

 と、一同が、答えた。鳳の国は、日進月歩で、進んでいった。

そこに、ヨーロッパが挑み続けて来た。

書院に戻って、ヨーロッパの船の話に、戻った。

「スクリューで悩むと思います。羽の角度、枚数、そして、一番大変なのが、羽の表面だと思います。鋳造や、冶金では出来ません。腕の良い職人の金工細工の手仕事で、細かな刻みを一定方向に、魚の鱗のように、付けていくしか、ないのです。その器用さは、日本人にしか、できません。それが判るまでに、相当の年数が掛かるでしょう」

 と、大助がいった。

「現在、我が国の艦船は、すべて、帆柱を立てているが、急ぎでないときは、帆船であると、偽装をしている。しかも、ブームの両端には、風車を何個もつけている。あたかもそれが動力のように、見せている。しかし、ヨーロッパの水車船は、偽装とは思えない。ま、帆船から、一歩、進歩してきたなという感じだな。だが、これが、切っ掛けで急激な進歩をしてこないとは、限らない。六速ギアの三十五ノットの船艦も、徐々に改装が進んで、約半数が、三十五ノットの船艦になった。次には、三分の二が、三十五ノットの艦船になるだろう。艦艇総てが、三十五ノットになったときには、ヨーロッパも追いつけなかろうよ」

「いま、ヨーロッパが海戦を仕掛けて来ても、前回のインド洋海戦と、同じことになるでしょうな」

 と、その場にいた、清水将監が、誇るように言った。

「絵には、確かに、煙突がある。外燃機関を使って居るのは確かだ」

 と言ったのは、愛洲彦九郎であった。

 そのときに、ヨーロッパに放ってある、忍びから、第二便が、届いた。

船の詳細なスケッチと、図面的なものが届いた。

図面は、平面図と、側面図であった。

驚いたことに、水車は一カ所で、ダブルになっていた。

つまり、四つの水車が付いて居たのである。

片側に、同軸で二台の水車が付いていたのである。

しかも、位置を変えて、後方にも、二廻り小さな水車が付いていた、

これも、同軸で二台の水車が、付いていたのである。

合計八個の水車が付いて居たのである。

「彼らは、オールの発想から、抜けきれないんだな」

 孫一が、スケッチと、図面を見ながら言った。

「つまり、水を掻くという、ことから、抜けられず、オランダの風車の援用で、水車になった。それと、奴隷四百人での、オールで、水を掻くという、考えが、基本になっている、ということか」

 愛洲彦九郎が、そう言って、頷いた。

「ところが、日本は、九鬼の、轆轤水車の原型があった。スクリューの原型だ。この違いは大きい」

 孫一が、いった。しばらく、絵と図面を見ていた。

「オールの漕ぎ手を増やしたつもりなのかな。田に水を入れる、水車と同じだな。余り早く回転させたら、水車が、空回りしてしまうだろう。適正な回転の、速度があると思うがな」

「孫一よ。ヨーロッパは、ヨーロッパなりに、考えているのだろう。帆が付いているな。どちらが補助装置なのか。帆走しているときには、八つ水車は、逆にブレーキになるぞ」

「多分、両方を、同時に使うのだろう。と言うことは、水車の力だけでは、弱いという、」ことではないのか」

 幸村がいった。深刻な顔ではない。

 再び、報告が入った。

『八台の水車船、帆走と水車の併用で走行。二十隻、アジアに向かうようです。儀式を終えて、出発しました』

 それを見て、幸村は、大助に渡した。

大助は、その報告書を、穴の開くほどに、読んでから、しばし、沈思黙考をした。やがて、重い口を開いた。

「ヨーロッパの考えは二つある。一つ目は、水車を使うことで、四百本のオールをやめた。つまり、奴隷は使っていないということだ。そして、商品に、麻薬は、載せていない。正しい、交易を、再開したいと、と言うことを、申し込みにくることだ。目下は、地中海廻りの、鳳国の一方的な、交易船を待っている状態である。これだけでは、ヨーロッパの食料事情は、間に合わない。そこで、買いに来る船団を出した。この、水車船では、形状からして、舷側に大砲は置けない。二つ目は余程新式の大砲を開発したので、再度、海戦を挑んでくるきか? それにしては、木造船では、敵わないことは、充分に承知をしているだろう。しかし、そのどちらにも、対応出来るように、船艦五十隻で、迎撃できる用意をして、インド洋で、迎えろ。出陣! ただし、使者が来たら、紳士的に、対応せよ。田川七左衛門、鄭瑞祥、鄭陽明、鄭猛竜、清水将監と愛洲彦九郎、青柳千弥、高梨内記、外交交渉となったら、仕事をしろ。臨検は、インド洋上で行え。奴隷と、麻薬は、絶対に許すな。十隻の戦艦で、三十五ノットのデモンストレーションを行え。戦争は無駄だと、教えてやることだ。以上。皇帝として、指令する」

「はっ!」

 一同が、緊張して、答礼した。

「儂はどうするかな?」

 孫一が訊いた。

「上帝が淋しがらなければ、鳳凰城に・・・」

 大助が答えると、

「一緒に行くという手もあるな」

 と、幸村が笑っていった。

「なんだ、かんだといって、戦がすきなんでしょ」

「ほ。バレタか。地中海廻りは考えんのか」

「武蔵将軍に連絡。対応を指示する。しかし、黒海、カスピ海以外は、すべて、鳳大帝国の領内である。航行を拒否する。強行すれば、シベリアは、長い運河である。攻撃の的以外の何物でもなくなる。それは、ヨーロッパも承知していよう。従来通りのアフリカの喜望峰廻りしかない。黒海とカスピ海を繋ぐ、運河も通す訳には、行かない。通しておいて、領内侵犯で、機動騎馬隊の実戦経験にするのも、ありですけどね。ここは、世界常識通りにやります」

「む。皇帝らしい考えになってきた。良い経験だ。言っていることは、すべて、正しかったぞ」

「ありがとうございます」


             *


 ヨーロッパからは、使節団がきた。

「戦う気持ちもなく、その用意も無い。すでに全船に、見て判るように、オールは一本もない。ということは、奴隷は、一人も使っていない。さらに、商品の中に、麻薬は一切積んでいない。我々の努力と、誠意をお見せしている。よって、以前のように、公正な交易を、したいと思っている。そのつもりで、一切の敵意を、持ち合わせていない」

「判った。お互いに交易船を、往き来させたい気持ちは、我々にもある。もう、戦争の時代ではない。いま、十隻の船艦が向かってくる。三十五ノットの速度が出ている」

 と、清水将監が、戦艦を指さした。

整然と、十隻の戦艦が、猛然と、走行してくる。

その速さと、一糸乱れぬ航行ぶりに、使節団の者たちは、驚愕を超えて、唖然としていた。

先頭の戦艦だけが、主砲六門を一気に発射した。

火を噴きながら洋上を、飛んでいった。

これにも、使節団の者たちは、肝を冷やされた。

「あの弾丸は、十里、四十キロ先まで、飛んでゆきます」

使節団の団長が、

「あのスピードは、なんの力で、駆動しているのですか」

「それは、軍の秘密です。このスピードを見て、戦争をする気になりますか? 実は、陸軍も、同じパワーで、戦車が、走ります」

「いまや、貴国に勝てる国はないでしょう」

「我々は好戦国ではありません。平和を愛する国です。もう、お互いに、いい加減に、戦争から、縁を切ろうではありませんか。交易を、ご希望なら、我々も、望むところです。特に、ヨ-ロッパには、食料がないのは、充分に理解しています。せひ、食料を、買って帰って下さい。我々の皇帝も、それを望んでいます。ヨーロッパの食料事情を、心配していたくらいです。それでは、ここからでしたら、シャムが近いので、そちらで、商談をいたしましょう」

 とアンダマンカイ海から、マラッカ海峡を通って、シャムについだ。

 あとは、商人隊の仕事と、なった。

そこでは、二十隻に、積める、小麦、陸稲、トウモロコシ、大豆、といった、穀類を、買い求めた。

馬鈴薯や、人参、牛、羊、鶏、家鴨は生きたままで売買した。

スパイス類も欲しがった。

コーヒー、紅茶も積み込んだ。

大量の食料の取引が行われた。

それだけで、ヨーロッパの食料事情が、良く判った。

「結局、皇帝が思ったとおりであったな」

鳳凰城で、幸村が、大助に、言った。

さらに、大助が、ここぞ、ばかりに言った。

「こちらからも、五十隻ほどの商船で、食料を運びましょう。黒海経由で」

「そうだな。それだけの食料を、鳳国から買って食いつなぐと、もはや、鳳国抜きでは、国がやっていけない、ということになるな、ヨーロッパも」

幸村が同調するように言ったが、そこに、久しぶりで、鳳凰城来た、北方の王の武蔵が、雪焼けのした顔で、

「食料不足と言うよりも、かつての日本の、東北地方の悲惨な、大飢饉が、ロシア、東欧諸国にも、起こっている。ウクライナ、ベラルーシ(当時は白ロシア)、ルーマニア、ポーランド、チェコスロバキア、その他の国々でな。本来は、豊かな、農業国だったはずの国々だ。これらの国々は、本来、飢えるはずのない農業国だ。それが、地主と、農奴に別れて、動物のように、農奴を、こき使った結果、農奴が、集団離村だ。かつての日本と、まったく同じ状況に、なっている。完全な、人災だ。あの国々にも、真田幸村が、出ないことには、どうにもならない。しかし、そんな、偉人が出るとは思えぬわ」

 と、諦め顔、ため息をついた。

「北方の王、武蔵のこと故、まんざら、世辞とは、受け止めぬ。つまりは、国ごと変えなくては、如何とも、し難し、ということか。地主の名を、大名に置き換える、ということだな。武士は?」

「居る。うじゃうじゃとな。たんなる、穀潰しよ。役人と言う名になっている。何を頼むにも、まず、賄賂だ。この制度を、変えぬ限は、農奴たちの生活は、絶対に、良くはならぬ。一番上に、王がいる。農奴とは、つまりは、奴隷よ」

「他人の国だ、口出しもなるまい」

「東欧には、交易での、食料は手に入らぬ。餓死者だらけだ。食料支援をしても、到底農奴たちの口には入らぬ。ところで、占領いたした領地の、結界は、内田勝之助殿の発案で両面の長城にいたした」

「旧ロシア領だな」

「背中が危ない。住民は、総て敵地の人間だ。隙は見せられぬ。背中側には、眼は、ござらぬ。で、まったく、同じように城塞、砦、トーチカ、大砲の台場を、工法も松井式で長城で結界した。長城と長城の間を、二十間幅にした。これで安心が出来た。白海まで同じようにした。戦車、装甲車、装甲戦闘車、機動騎馬隊の単車まで、総て、長城を矢倉仕立てして、武器、弾薬、燃料、石油から、ガソリン、薪、井戸、水、兵器の部品類、食料、金蔵、衣服、味噌、醤油、塩、砂糖、若布、昆布、梅干し、かつを節、椎茸、その他、保存の利くもの、をびっしりと、詰め込んだ、これまで、新鮮野菜は、無理かなと思っていたら、田中長七兵衛どのが、二十間のところに、防弾ガラスの温室を造ってくれて、農耕出来るようにしてくれて、兵士たちが、交代で、百姓をしている。これで、取れたての野菜が、食べられるようになった。厳冬でも、何もこまらぬ」

「なるほど、その二十間が、上手い具合に、温室の畑になったか」

「長城の前には、馬防柵と、鳴子を廻してある。ウラル山脈の隠し砦や、すべての、シベリアの長城には、同じようにしてあります。ロシアも手がでないてしょう。総てのロシア、シベリアの長城は、両面長城にしました。二十間幅を取ってね。それで、温室も出来たので、拙者も、一安心で、鳳凰城に来ることが出来ました」

「誠に、ご苦労さまでございます」

 大助が、深々と頭を下げた。

「武蔵将軍出なくては、出来ないことであるよ」

 幸村がしみじみと、言った。

「いや、十兵衛、松井、内田、田中が、実に良く、働いてくれた。拙者一人では、なにも出来ない。兵士の一人ひとりに、頭を下げて廻りたい思いでござる」

「皇帝。この、武蔵将軍の一言、肝に銘じよ」

「はい・・・」

 大助は、ハラハラと、両頬に涙を落とした。

武蔵は、その涙で、はっとなり、その場で平伏すると、

「なんと、勿体ないお言葉、武蔵、感動いたしております。そのお言葉で、北方の極寒に耐えて、任務を遂行している、兵士たちの、心が救われまする」

 と、述べた。その様子に、幸村が、

「武蔵よ。厳寒の極地での、任務の厳しさ。その雪焼けした顔を見ただけでも、充分に理解できるぞ。武蔵のことだ、兵士と共に、立ち働いたのであろう。本当に、ご苦労の極みである」

「さらなる、ありがたきお言葉、武蔵は、忘れませぬ」

「北方総統にして、征狄大将軍が、自ら、厳寒の地で、命を削って広大な大地と、戦い抜いたこと、本当に、ありがたく思うし、粗末には思わぬ。して、成果は、どうであったか?」

「ここに、松井善三郎、田中長七兵衛が、おりませぬのが、残念でありますが、工兵、農兵の働きは、まことに、見事と言うほかは、ござりませぬ。ぜひ、皇帝陛下、並びに、上帝陛下に、現地をご視察願えればと、巡行を、冀い奉ります」

「む。武蔵のことばじゃ。行くぞ、儂も、大助もな」

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