第二章 3

    三


武蔵、松井、内田組は三本の縦の大河、オビ川、エニセイ川、レナ川に、大陸横断運河と、他の支流を、全て、護岸工事まで終えた。

それは北極の河口まで終えた。

次に川の両側に四間から、十三間幅の道路を、付けていった。

そして、これと思う場所に、城塞や、砦、塹壕とトーチカを造っていった。

北極の河口近辺の要衝には、城塞、砦、塹壕とトーチカ、それに大砲のお台場を造った。

コンクリートで、大砲を隠してあった。

各塹壕とトーチカも、松井方式で防寒対策は、完璧であった。

石炭ストーブを焚いて煙突を回した。

その上に、ストーブを焚いたときに、湯が沸くので、それをスチームにして、暖が取れるようにした。

オンドロにもしてあった。

お台場も同じであった。

各城塞、砦、トーチカ、お台場には、狼煙台があった。他に、木版を叩いて知らせる、通信装置もあった。

孫一隊がとんでもない、戦艦を造船した。鉄船の船底と、喫水線廻りに鉄でハンマーのように凍りを砕いてゆく、砕氷船を造ったのである。

船首は、特に分厚くなっている。

船首には、五本宛の火炎放射器が付いている。

両舷で、十本であり、他にスチームを噴射してゆく。

これでは大抵の氷は割れていった。これを各大河三本に、各三隻ずづ、配置したのである。

厳冬で実験すると、氷は見事に割れて、進むことが出来た。

その後を、戦艦が進むと水路ができた。

戦艦が来れば、動く要塞と同じであった。

これに陸からの攻撃が加わるのである。

ロシア軍も、退却するか、全滅する他はなかった。

さらに、城塞、砦、トーチカ、お台場を結んで、件の長城が完成した。

「これなら、どこからでも来い」

 と、武蔵が胸を張っていった。

「真冬でも、確り戦ってやるぞ」

と笑った。頼もしい笑顔であった。


               *


やはり、ロシア軍が来た。東海党が、情報を掴んできた。

カザフスタン側から、攻めるつもりであるという。

「軟弱な奴らだ」

 十兵衛が、いった。

当然だが、国境線にも、同じ城塞、砦、トーチカと、それらを結ぶ、長城は完成していた。

十兵衛の傘下には十万の兵がいる。

戦闘準備に掛かった。

と言うよりも、常に臨戦体制にあった。

何度も、図上演習をいていたので、各隊長もやるべきことは、充分に承知をしていた。

体がなまらないように、演習や、訓練をしていた。

 戦闘艇のヴォルガ川から、モスクワへの遡上ルートは、各隊員の頭にも入っていた。

ただ、宣戦布告もないのに、攻める訳にもいかない、とチャンスを、窺っていただけであった。

ともかく、向こうから、一発でも弾丸を撃ってくるのをまっていたのである。

報告を聞いた武蔵将軍は、

「こうならなきゃ、面白くもない」

 と、はっきりした声で言って、

「オビ川の上流に、部隊は張り付け。長城を死守しろ。戦闘態勢維持!」

 と命令を下したカスピ海で黄色い狼煙が上がった。それは、黒海でも見えた。

黒海にも、ロシア艦隊はいたが、木造船で、話にもならない艦隊であった。

いざとなれば、鎧袖一触であった。


                *


 幸村は、ロシアが、動きそうだと、いう報に大阪城で接すると、いてもたってもいられなくなり、小型の戦闘艇で、東北に向かった。

防寒服を着込んでいる。

それを見て、才蔵、佐助、そのたの近衛隊は、懸命に後を追った。

「一番早い戦艦は?」

 才蔵が言ったとき。

「これだよ!」

 と言う声が後方から聞こえた。

孫一が、戦艦の舳先に乗っていた。

「飛び移れ!」

 と孫一が、ロープを何本が投げて寄越した。

才蔵、佐助、真田隊が、ロープ一本で、戦闘艇から、戦艦に、飛び移った。

身が軽い。

「多分、始まったら、こうなると思って、よういしていた」

「まず、殿を拾え」

「戦闘艇では、そんなに遠くまでは、走れない。近くで拾えるだろう」

孫一の言う通り。房総半島の沖合いで、漂っている、戦闘艇を発見した。

縄梯子を降ろした。

幸村が、上ってきて、

「遅い!」

 と、照れくさそうにいった。

「十艦隊。十師団。海兵隊十師団。全力で走って、おりまするよ。どうせ、皇帝は、黒海から地中海。ジブラルタル海峡を突破して、北海から、バルト海に向かうのでござろう。凄く近廻りに、成りましたな。もし、ロシア軍が戦って降りましたら、バルト海に鳳軍の艦隊があらわれたら、ロシアは、降参でしょう。十兵衛は、ヴォルガ川から、モスクワにいくでしょう。船と陸から。こんな真冬では北極海は無理です。いくら、ロシアでもね。バルト海を塞がれたら。もう、無理です。フランスと、イギリスが、画策したんでしょう。お礼参りは、ありです。しますか? オランダも近いですよ」

「孫一。お前がしたいんだろう」

「はい。しかし、なんで、ロシアも、勝てない戦争を、するんですかね? ヨーロッパに乗せられたな。ヨーロッパは、ロシアが弱くなれば、今後がやりよい。そんな頃には、なにもありませんよ。イギリスは、ジブラルタル市を、壊されるだけです。カザフスタンは、ヴォルガ川から入る、十兵衛の軍と、挟み撃ちでしょ。十兵衛は、捕虜を盾に川と陸から進みますよ。

「孫一。戦後処理は」

「お金を払ったのに、どういう積もりですか? それに、我が国が、ロシアに何かしましたか? ということでしょうね。従って、黒海の近くの領土、カザフスタンからウクライナまではいるE四十度で、黒海の近くのウクライナに接する部分は接収する。で懲りるでしょう。例によって城塞と砦と長城で、北極海に出るまで仕切りましょう。後は、オランダと、イギリスと、フランスの始末ですね」

「ともかくバルト海だ」

「そんな。十艦隊も入れませんよ。ぎゅうぎゅうにしたら、油でも、海に撒かれて、火でも付けられたら、危ないですよ。皇帝は、外海で、待って下さい。本当は、カザフスタンにでも、いて貰った方が、いいんですけどね」

「判った。そうしよう」

「艦隊も、半分でいいですよ。脅かしに行くだけですから。淀さまは?」

「きているよ。お前が連れ来たんだろう」

「いや。知らない間に乗っていた」

「ロシアは一辺、見て置きたかったから。お邪魔だった」

「淀は、戦争慣れしてるから」

「商船を五、六隻だして下さい。確りと商売しているという余裕を見せておきたいのです」

「判った。スペインも食料がないみたいです」

「スペインに行かせよう」

「カザフスタンから、王様の次女が、側妃といってきていますよ。退屈しのぎに、どうですか?」

「みんなが、戦争しているときに」

「だからこそ、余裕が必要なんです」

「淀さまの言う通りですな」

 孫一が、けろっとしていった。

 孫一は、もう戦争に勝った気になっているのだ。

「黒海からも、兵士が、上陸しますよ。海兵隊ですが。北極海側の長城からも、将兵が撃って出ます」

「判った。カザフスタンの側妃でも構うか」

幸村は、所在なげに言った。


              *


「来たぞ」

 ロシア軍は、騎馬隊が主力であった。

鉄砲やら、槍やらを持っていた。

弓を持っている者もいた。

「まだ攻めるな。向こうが撃ってくるまでは、待て。充分引きつけてから、一斉に、撃つんだ」

 十兵衛自身、はやる気持ちを抑えていた。

「倒す相手を決めろ。無駄玉を撃つな」

 ロシア軍が、近づいてくる。

十兵衛たちは、長城の中にいる。

銃眼は無数に開いていた。

内側から出なくては開かない扉がついた。

「付け剣!」

 隊長の声が響いた。

銃声が轟いた。

「撃ってきたな・・・銃眼を開け。銃弾は充分に、届く・・・撃て!」

 銃眼から、ガトリング銃が、数十カ所から発射された。

ロシア兵たちが、一斉に斃れていった。

馬ごと転倒していった。

各銃も発砲されていった。

長城の前には、馬防柵がある。

そこに来る前に、撃たれて、斃れていった。

台場から大砲が発砲された。

一発で、大量の将兵が斃れていった。

向かってって来るだけ無駄であった。

火矢を放ってくるも者いたが、そこは単なる空き地であった。直ぐに水を掛けられて、消化された。

 ロシア軍の地元である。将兵は何十万にいるか判らなかった。

第一波の攻撃で五十万はいただろう。

だが、砲台から、一発撃たれるたびに、もの凄い将兵の数が、吹き飛ばされていった。

さらに、オビ川から戦艦が、攻め上ってきた。

主砲が、撃ち降ろした。

炎が尾を引いて、将兵の固まっている中に撃ち込まれた。

将兵が馬ごと吹き飛ばされた。迫撃砲が、発砲された。

ウラル山脈の中に造ってあった、隠し砦の中から、砲弾が撃ち込まれてきた。

戦艦の主砲級であった。激しい爆発と共に、人馬が軽々と吹き飛ばされて、その後で、人馬が燃料のように燃え上がっていった。

戦艦の間を戦闘艇が疾駆して、川から、火炎放射器の炎が噴射された。

これには、ロシア兵が、全員が、タジろいだ。

長城からも、ガトリング砲と銃が発射されていた。

「油玉を、投石機で色々な角度で投げ込め。岩石も火を点けて投げ込め! 弓隊、一斉に火薬火矢を、撃ち込め、一人々々撃っていても、埒が、開かんぞ」

 いつの間にか、幸村が陣頭で指揮を始めていた。

使う武器がまるで変わってきた。

「油玉を、もっと投げ込め。何台でも良いから、どんどん投げ込め。火の点いた岩石もガンガン投げ込むのだ! そこに大砲を撃ち込むんだ!」

 一発の大砲で、火炎が、一気に燃え広かった。

「た、退却だ!」

 隊長が叫んだが、悲鳴の大きさにかき消された。

 ロシア兵が長城の反対を向いたときには、ヴォルガ川から侵入した、十兵衛隊が、戦車、戦闘装甲車、装甲車が、ずらりとと並んで、騎馬隊と共に走って来た。

大砲車も走ってくる。

 十兵衛が騎乗で抜刀し、右手に刀、左手に銃剣を持って、

「突撃!」

 と命令した。隊が一斉に動き出した。

 馬から外された、大砲が退却してくる将兵の群れに向かって発射された。

火を噴いて疾駆する弾丸は、それだけでも、多くの将兵が吹き飛んでゆく。

人馬一体で、肉体がバラバラになっていった。

さらに破裂した。

そこに油玉を投石機で投げ込んだ。

一気に火炎が広がった。

「左右に展開しろ!」

 十兵衛が、命じた。

 騎乗から。ガトリング銃を撃ってゆく。

それが、何人もで、撃ってくるのである。

 迫撃砲が炸裂した。

これで、何人が死んだのか、不明であった。

攻城部隊の、三分の二は、絶命していた。

やがて、部隊長らしき人物が、白旗を掲げた。

十兵衛隊が、掃討を開始した。

武装を解除させてから、長城の門内に入れた。

どこが門だか、判らなかった。

不思議な、つくりであった。

門の中には、もう一つ、門があって、二番目の門の前は、広場になっていたが、四方から、攻撃を、受けるように、なっていた。

 斃れて、まだ、動いているものは、急所に銃撃をするか、鎧通しで絶命させた。

一つ一つ、丁寧に見て行った。

死んだ振りをしている、卑怯者を、探していった。

やがて、掃除隊が、武器、洋服、下着にいたるまで脱がせて、丸裸にしたが、いつもと違うやり方にした。

陰部まで、出させて、その死体を、ヴォルガ川や、他の川にそのまま投げこんだのである。

手足が無いものや、内蔵が破裂した者も、頭がザクロのように、割れているものも、すべて、全裸で、川に投げ込んだ。

 死体は、ゆっくりと、モスクワに向かって、流れていった。

これを見た、国民、市民は、恐怖と、衝撃を受ける筈であった。

これから、戦おうとしている、将兵たちも、同じように、恐怖と衝撃を、受ける筈であった。

戦意の喪失を狙ったのである。

 国民、市民は、どこへ避難すれば良いのかと、狼狽するのに、違いなかった。

十や、二十の全裸死体なら、復讐心も起こるが、川面一杯の、何万という死体である。

モスクワ市内に、死臭が、漂いでた。

気の弱い者は、その場で、卒倒した。

これを軍隊の幹部たちが、どう受け止めるかが、見物であった。

「凄いことを、考えましたね」

「孫一。もの凄い、大金を支払っているのに、宣戦布告もしないで、いきなり、攻めてきた、野蛮人だ。野蛮人には、こういうやり方しか、通用しない。何も言ってこなかったら、川から、死体を、引き上げるときに、全員、狙撃しろ。男も、女もない。いつでも、狙撃隊が、出せるように、各隊、準備しておけ、盾を忘れるな。盾の中から狙撃しろ。武蔵と十兵衛隊にも、言い聞かせろ。これで、ロシア軍は、本気で、震え上がる。作業している者は、兵士だ。男も、女もないんだよ。狙撃したのも、男女とも、全裸にして、川に放り込め。俺を怒らせたら、こうなる。捕虜の何人かを、全裸にして、モスクワ市内にたてろ。生きたままだ。助けに来たのは狙撃しろ。二個師団でいけ」

「あーあ。皇帝を本気で、怒らせちゃった。そのようにします」

 孫一が、敬礼をして、伝令を呼んだ。

 そっと二個師団が、長城をそっと出た。

狙撃隊は、雑賀党、東海党。長宗我部盛親、本多正純党を選んだ。

捕虜は、五人を、全裸にして、十字架に掛けた。

立てれば、済むだけに、支度をして、猿轡をして、有蓋車に積んだ。

 ロシア側は、夜分に入って、作業を始めた。

狙撃には、好都合であった。

作業をしているのは、千人位であった。

撃つ相手を決めて、一斉に、狙撃した。

全員、眉間を撃たれて、一発で斃れた。

これの衣服を脱がせて、全裸で、川に投げ込んだ。

さらに、別の場所では、五人の全裸体を、立てた。

猿轡を外した。

しばらくは、何も叫ばなかったが、やがて叫んだ。

しかし、近寄れなかった。

一時間以上立ってから二十人位の者立ちが、そろそろと、近づいてきた。

全員、狙撃された。

「以上だ。去れ!」の一言で、誰もいなくなった。

 ロシア側は、完全に、恐怖と衝撃の極地にあった。

「なぜ、戦争なんかしたのか!」

「しかも、宣戦布告もしていない」

 というところへ、鳳大帝国から、三個師団の軍隊と共に、使者が来た。

武蔵将軍、鈴木孫一将軍、清水将監と愛洲彦九郎の両提督、田川七左衛門、鄭瑞祥らが、公式に訪問した。

 田川七左衛門が、売買契約書を取り出して、

「同じ物を、皇帝も、お持ちの筈である。立ち会いには、カザフスタンの国王になっていただいている。60度Eより東シベリア。および、ウラル山脈の分水嶺。さらに、カザフスタン全土を、日本円にして、五千万両という大金で、即金、現金で、交渉成立と同時にお支払いした。そうですな、皇帝。まさか、そのことを要人のどなたにも、言っていなかったというのでは、ありますまいな。そうだとしたら、高貴なお方のすべきことではない。値段は、皇帝が決められ、一切、値切っていない! いま、カザフスタンの国王が、ここにきている。証言していただく」

 と、カザフスタンの国王を招きいれた。

クレムリン宮殿の中である。

「国王。ご面倒でも、証言を願いたい」

「正しく、ご使者の方々の言う通りです」

 そこへ、紅茶が運ばれてきた。

 全員に、配膳されたときである。

 武蔵の右手が、素早く動いた。大刀が、抜かれていた。

 その切っ先が、紅茶の中に入れられていた。

 しばらく置いて、ゆっくりと紅茶の中から刃を取りだした。

「見事に、刀の刃の色が変色している。飲むな。毒が入っている」

 と、その、切っ先を皇帝の、鼻先に突き出した。

「そこに、水槽がある。綺麗な魚が泳いでいる。紅茶を入れてみてくれ」

 素早く、鄭瑞祥が動いて、紅茶を、水槽の中に入れた。すると、元気に泳いでいた、魚たちが、一斉に、腹を見せて、浮かび上がった。

 と、――

「ありました。皇帝の書斎の机の抽出に、売買契約書がありました」

 と、使用人を連れて、東海党のひとりが、同じ革のケースの書類をもってきた。

「彼が証人です」

 中を開いて見せた。同じ物であった。

「こちらには、あなたのサインの領収書があります」

「同額の金貨を、この場に積みなさい。五千万両の金貨だ」

 清水将監がいった。あくまでも、紳士的である。

「済まないが、今はない。フランスと、イギリスの借金の返済にあてた」

と言った時である。

「フランスは、そんな大金を、お貸しした覚えはありません」

「イギリスもです」

いきなり、部屋の入り口で、そういう、英語と、フランス語がした。

「どうやら、間に合ったな。お二人とも、ロシアの大使です。どうします?」

「すでに、シベリアには、全土に渡って、相当の資金を、開発費として、投入している」

「それは、そっちの勝手だ」

「バルト海にくるついでに、お二人に一緒に来て頂いた」

 孫一が、にっこり笑って、

「酷い皇帝だね。五千万両、ネコババかい。その上、宣戦布告もなしに、いきなりドンパチかい。こういう人って、死ななきゃ直んないよ。きっと・・・で、最低五千万両、国民の借金でと? 首相もそれで良いの?」

「莫迦な。皇帝一人で決めて、返せないから、戦争なんて・・・」

 そのときに、大砲の音が十発、バルト海の方でなった。

「来るときに見たら、川という川にロシア兵の死体かな。全裸で凍っていて、川が、流れ無くなっていたよ。女の裸体もあったなあ。十字架が、裸体のまま、五本たっていたな。このままでいいの? 我が国の皇帝も、そうとう、頭にきて、川にぶん投げたんだろうね」

「もう良い。紅茶に毒を入れるとは・・・」

「え?」

「水槽を見ろ」

「あ。魚が死んでる」

「鈴木将軍・・・」

 武蔵が静かに、

「罰は、当たらんと思う。こんな皇帝では、国民が、可哀想だ。食料も無いらしい・・・ロシアごと取って、作り替えよう。それには、こいつが邪魔だ」

 言い終える前に、

 チーン・・・

 と、鍔なりの音がした。

 十兵衛以外は、

何が起きたのか、誰にも、判らなかった。 

 十兵衛が、ロシアの首相に、

「皇帝の頭を触ってみな」

 手をいざなった。触った、瞬間、

 ごろん・・・と、皇帝の首が床に落ちた。そして、首から、噴水のように血が、噴出した。

「うわっ!」

 とロシア側の者は、腰を抜かした。


              *


 ロシアは全面降伏をした。

川から、凍った死体を、船で攫って、ロシアの市民に、渡した。

五本の十字架も、撤去された。

ロシアの、皇帝が、どういうことをしたか、その全てを、首相の口から、国民、市民に話をした。

「それでは、鳳が、怒るのも無理はない。五千万両もの金をだまして、しかも、紅茶に毒を入れたのが発覚して、好きで、勝手に金を払っただなんて。歴代、最低の皇帝だ。名前から、皇帝を外せ。葬式もやるな」

「今後は、どうなるんだ?」

 その答えは、『東経四十度、北緯五十五度までを、ロシアとする。

それ以外は、鳳大帝国とする』、敗戦した以上は、占領されても仕方のないことであった。

白海近くまでから、モスクワの郊外で九十度に折れて、ベラルーシまでが、国境となった。辛うじて、モスクワが残った。

 鳳は、速攻で、城塞、砦を造り、国境を長城で仕切った。

「戦争は儲かる」

 幸村が、そう言って、舌を出し


               *


鳳は、ジブラルタル海峡も、堂々と通過できるようになった。

鳳の船は、戦艦も、商船も、オールがないのであった。

あるのは帆だけである。

その秘密は、絶対に教えなかった。

幸村と武蔵、孫一、才蔵、佐助、淀たちは、ひさしぶりで、大阪城に戻ってきた。

京都に政治向きの、城郭が出来上がった。見てきた幸村は、

「立派なものだ」

 と感想を述べただけで、後は何も言わなかった。

考えてみれば、日本は、余りにも、小さな国であった。

今や、日本というよりも、『鳳大帝国』の方が、世界では、通用する。

それは、地図を見れば、一目瞭然であった。

ヨーロッパにも、実に近い距離で、いけるのである。

 幸村は、九度山に帰った。

(結局は、ここが、一番落ち着く) 

 としみじみと思った。

(淀も、決して、悪い女ではないのだが、ともかく、口うるさい。しかし、懸命に、儂に、付いてこようとしている。それは、認めてやらない訳にはいかない。が、わしが最後に、死に水を取って貰いたいのは、やはり、雪だ。これは、どうしようもないことだ)

と思っていた。

九度山に帰ってくると、平凡な日常に帰れた。

(まだ早い、大助をちゃんとした、四代目に、しなければ、儂は死んでも、死にきれぬ)

 秀頼が憎いわけではない。

しかし実子と、そうではないのに悩んでいた。

儂は手も足も動く。歯も悪くはない。

何よりも生きがいがある。

今とつぜん、ぽっこりと死んでしまったら、この『鳳大帝国』は、どうなっていくのか、と思うと脳が狂いそうになる。

これまでの、権力者たちの晩年、を思い描いてみた。

(結局は、同じことよな。死ねばなにも、持ってはいいけぬ。誰もつれては、ゆけぬ)

 一期の、夢の、また夢か、という思いで一杯になった。

 雪と食事をした。

大助も帰ってきていたので、食事に加わった。

雪が嬉しそうであった。

その夜は、雪と褥に入った。

雪が密やかに、愉悦の声を、噛むようにして、漏らした。

 幸村は、雪を、愛しいと思った。

あわせた肌に隙間がないのである。

そして、馴染んでいた。

 翌日は、例によって、孫一が、ぶらりと、顔を見せた。

「ヨーロッパではなあ。鳳の船は、戦艦も商船も、大中小とも、一切オールを、使っていないのが、不思議で、ならないらしいぞ」

 と、孫一が、笑った。

「だろうな。帆船は、初めはヨーロッパの方が進んでいた。しかし、ヨーロッパの帆船は、マストが、三本か、大きくても四本だ。それが鳳は、七本もある。それは、驚くだろうよ」

「マストもそうだが、オールがないのに、驚いているんだ。オールがあるということは、漕ぎ手がいるということで、大抵が四百人の奴隷を使っている。自分たちが考えても、奴隷という制度は、ろくなものじゃない、というのは、判っている。ところが、船に限らない。農業は地主と、農奴でなりたっている。これを辞めたら、社会制度が、ひっくり返る。やめられないんだよ。大名制度と同じだ。しかし、いつかは、ひっくり返る。特に、東欧諸国はそうだ。で、だ。奴らも莫迦じゃない。やがて、考えてくる。スクリューは、九鬼のいたずらで、考えられたものたが、それに、船内に、もう、一枚、羽が付く」

「タービンですね。動力源ですね。それを外燃機関にするが、内燃機関にするかで、相当の違いがでてきます。これは、良い悪いではなくで、機関の個性の問題なんです。使用目的に、従って、使い方を、変えるべき、ものなんだと思います」

 いつの間にか、大助が来ていて、話に加わってきた。

幸村も、孫一も、驚かされた。

「外燃機関の方が構造は、簡単です。蒸気、つまり、湯気の力を強くした物です。これを密室になっている、羽、ダービンにあてて、回転力を得る。風車の、回転力は、空気、風ですが、力が拡散してしまう。それを、蒸気に変えると、信じられない、力が得られます。大型の船でしたら、場所が取れるので、外燃機関を、推奨しますが、小型の戦闘艇や、陸の戦車、装甲車、装甲戦闘車には、内燃機関が、良いでしょう」

 大助が一気に言ったので、幸村も、孫一も、呆気に取られていた。

「殿下。いつ教えた?」

「いや。門前の小僧だ」

「習わぬ、経を読むだな」

「儂らよりも、先にいっている」

「確かに・・・理論は理解したが、実際にどう造る?」

「まず、内燃機関班と、外燃機関班で、ここからは職人さんたちの腕と、工夫です」

 幸村が聞いて、

「研究班を、総動員しろ。発破をかけろ」

と孫一にいったが、

「大丈夫です。研究隊は、もう、造ってあります。職人さんたちも腕の良いのを、引き抜きました」

「どこにあるんだ?」

「一番、秘密の守れるところです」

「ん?・・・」

「九度山です」

「あ!・・・雪、お前は、知ってたのか?」

「はい。大助が度々きて、新しい建物がいるというので。何でも、鉄筋コンクリートというのがいうので、松井さんのところの、若い人たちで造ると。図面を引く台までつくって。九度山には、色々なものがあるので、もう、私には、判らなくなりましたわ」

 といいながら、雪は、全てを知っていた。

密かに語学も、習っていて、ヨーロッパの捕虜の中に英語と、独語出来るのがいて、いろいろな知識まで、学んでいた。

「化学、科学でしたら、いまや、イギリス、フランスよりも、ドイツが進んでいます。ただ、ドイツには、大きな海はありません。ですから、船舶の技術は、必要なかったのです。しかし、機関でしたら、内燃も、外燃も、ドイツでしょう」

 というので、行信に頼んで、ドイツのあらゆる、本や、図面集を集めてもらった。

それを大助に渡したのである。

大助も、ドイツ語が原語で、読めるように、なっていたのである。

 ここが、雪と、淀の大きな差であった。個性が違うのであるから、仕方のないことであった。

それが、秀頼と、大助の、成長の仕方に差がついた。

「大助よ。今後の国力の差は、科学、化学の差になってきます。研究費は、どれだけ使っても良い。結果は急いでも無理です。方向性を間違えないで、何度も挑戦することです。金子は、私が管理している方が、多いのです。大阪の五倍はあります。なんの心配もありません。政治力は、実力のあるものに、自然に付いてくるのです。今から、自分自身の力で、自分の側近を、作りなさい。仲間です。小姓を確りと育てなさい」

 と、独特の帝王学を学ばせていった。

「大助も、秀頼も、閨閥によって、皇室と繋がりました。しかし、鳳の国は皇室には関係ない。皇室よりも世界的な位は、上位です。日本の皇室など当てにしては、ダメです。実権がないのですから。時の勢いで、そちらに、靡きます」

 と、正論を、教えた。当時の皇室は、そうしないと、生き抜いて、いけなかったのである。大助の、研究所を、幸村と、孫一が、見学させて貰った。

驚いたことに、所内は徹底的に整理整頓され、清掃が、行き届いていた。

「向かって右側が、内燃機関班。左が外燃機関班です」

「どんなことを、しているのだ」

 幸村の質問に、

「目下シリンダーの原型はできました。『吸入・圧縮・爆発・排気』の四つを、ピストンの動きを阻害しないで出来るかの研究です。ピストンの動きをいかに、滑らかにするか。摩擦に、対する、緩和の研究ですが、これには、独特の油が必要で、これは、別棟の化学班で、行っています。冶金、鋳造は、さらに別棟にしてあります。完成予想模型がありますので、そちらを見た方が、判りが、早いです」

 と区画された、部屋にゆくと、その模型があった。

ピストンが、シリンダー内を上下することで楕円形の円盤が回転する。

そこにアームが付いていて、船のスクリューや、車輪を回転させるのである。

「ここまで出来ていれば、あと一息だ。その一息が厄介だ。油か・・・粘りのある油だな」

「さすが、鈴木将軍です。でも、出来る、でしょう。仲間が優秀ですから」

「これは、正しく、真田の血だぞ。これが、完成したら、陸軍は、根っこから変わるぞ。馬が要らない、戦車になるんだよ」

「失礼ですが、私は、戦車類の、基本四輪車、以外に、二輪車も考えています。騎兵隊は不要になります。二輪車に跨がって、ハンドルの中央にガトリング銃を据えます」

「うーむ・・・儂は教えてないぞ・・・」

「母にならいました。竹林宮です」

「なにー!?・・・」

 幸村が絶句をした。

「これからの化学、科学はドイツです。ただ、政治家が莫迦です。それで安心できるのです」

 注釈が、必要であるが、この頃のドイツは、プロシヤと呼んでいた。

「イギリスも、フランスも、敵いません。ただ、海が小さい。ですから、海洋国にはなれないのです。日本とは違います。どうしても、内陸国家に傾斜してしまします。小さな、ヨーロッパで、領土の分捕合戦で消耗してしまします。一昔前の日本と同じです。ヨーロッパから得るものは、何もありません。ドイツの科学、化学だけです。ドイツの思想・哲学は危険です。原書を読んで、自分で考えました。裕福な哲学、思想ではありません。平等は、側面から見ると、不平等になることが、判っていないのです。ドイツの哲学、思想から、理想郷を造ろうと、革命を、起こす国もでるでしょうが、失敗であったことに、気づくのに、何世紀も掛かるでしょう。人間と、神は違うのです、不平等だからこそ、這い上がろうと努力するのです。努力を無効とする国には、希望もありません」

「む・・・そ、その通りだ。儂も、孫一も、武蔵も、十兵衛も、どん底を味わっている。初めから、貴族だった奴は、一人もいない。以前、あることがあった。その人物は、かつて大名だった。ために失敗をした。才蔵が小声で『大名は駄目です。使い物になりません』と言ったことがある。いま、思い出した」

「しかしなあ、竹林宮が・・・」

 孫一が、ポカンとした。

「母は、ドイツの原書が読めますよ。英語もね。凄い努力家です。その母から、内燃機関、外燃機関の、考えの切っ掛けを貰いました」

「いや、恐れ入った。見事だ。外燃機関をみたい」

「模型が、あります」


               *


 模型を見た、幸村と孫一は、

「これは、直ぐに使いたい。これだけでも、使わせてくれ」

 と、同時に言った。

「塩水はだめですよ」

「わかった」

「タービンの枚数と羽の角度で、馬力と、早さが変わるな、伝達能力は、歯車で変える。後進も考えたい。技術者たちが来るが、仲良くやってくれ。整理整頓と掃除は言っておく」

 孫一が言って、二人だけが、研究所をでた。

「少し、休もう・・・コーヒーが飲みたい」

 と、母屋に戻った。

 コーヒーを持ってきながら、

「大助は、何やっているんでしょうねえ」

 と、雪が言った。

「雪に言われたことをやっているよ。今後の日本や、鳳の国をかえるようなことだ」

「まあ。そんなすごいことを・・・」

「竹林宮さまには、負けた」

「九度山にいるときぐらい。昔ながらの、雪でいいですよ」

 珠が、転がるように、笑った。そして、本気で、

「日本や、鳳が、変わりますか、やっぱり・・・読書も無駄ではありませんね」

 と、また、笑った。

「おい。このコーヒー妙な・・・」

「麦茶ですよ。あまり、コーヒーばかり飲んでいると、胃に悪いそうですから、田舎の味は麦茶です」

「なんてこった・・・女房と、倅にすっかりやられたな」

「それも、コテンパンだな」

 と、三人でわらった。幸福だった。

(儂の、心配も杞憂であったわ。上手く育った)

「しかし、真田の四代目。心配ない。それより、シベリアだが、大きい工場を、幾つも建てよう。鉱産が、ごろごろ見つかって、すでに、操業にはいっている。夏場は、とういうか、暖期は、掘るだけ掘る。厳寒は、室内で、作業だ」

「シベリアには、木材が沢山ある。木こりが大変だ」

「ロシアの捕虜、ボルネオ島にも沢山いる。ただ飯を食っている。仕事をさせろ」

 この頃には、捕虜を、労働させては、ならない、と言う国際的な条約がなかった。

条約が出来た近年でも、ロシアは、抑留者に、強制労働をさせていた。

ましてこの時代である。

孫一が、考えたことは、不法でも、なんでも無かった。

「すでに、田中長七兵衛は、部下に、小麦、トウモロコシ、馬鈴薯、人参、キャベツ、ブロッコリー、大豆、など、作付けして、成功している。さらに、とんでもないことを、考えている。防弾ガラスで、どでかい小屋を造って、その中で、作物を作るというのだ。寒いときには、ガラス小屋の中で、ストーブを焚く。土のなかにお湯のパイプを通して、土を温めると言うんだ。仮に敵が攻めてきたら、防弾ガラスの小屋だ、随所に、銃眼を空け置く。対抗できる。それでなくとも、作物には、空気の入れ替えをする。もってこいだというんだ。これで、作物の収穫期間が延びるというんだ。やってみろと答えた」

「鳳国には、いろんな人材がいる。それで、国がなり成っている。一番いけないのは、やっていない先に、駄目だということだよ。しかし、田中長七兵衛も大変だな。シベリアのあとに、豪州がある」

「そっちは、信頼できる部下と、相談して、大分まかせたようだ。シベリアは、でかいからなあ」

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