第四章 9

  九


「緊迫している時期だ。挨拶は、抜きだ」

「驚きました。皇后陛下まで、皇太子お二人とともに、自ら鎧を着て出陣とは、我々は恥じ入るばかりです」

 それを、大使館大使の梶原忠勝が通辞をした。

「む。で?・・・」

「はい。我々の支援要請に応じて下さったことに感謝いたします。国王の穀物支援にも感謝しております」

「勘違いするな支援ではない、有償だ。売買契約書もある。早く支払って欲しい。もう待てない」

「まことに申し訳ありません」

「それで、朝鮮の兵は、どれほどの兵を出すのか? 自国の危機ぞ」

「はい。現在十万の兵を出しておりますが、さらに、兵を二十万に増派いたします。なんとしても、勝たねばなりません」

「二十万の増派はこれからするのか。それとも、すぐに出せるのか?」

「すでに国境に十万人が向かっており、最後の十万人は、国王の私とともに出陣するところでした。そこに、日本軍の支援が来てくれたのです」

「分かった。長宗我部。陸軍の兵力は?」

「五個師団です。いつでも出陣出来ます」

「兵装は?」

「戦車、戦闘装甲車、装甲車、騎馬隊、動物隊、移動砲、移動迫撃砲、ガトリング砲、銃、騎馬隊、歩兵です」

「通常通りだ。斥候によりますと、国境の豆満江、鴨緑江は水嵩を増していて渡河すのには、海軍の力が必要です」

「愛洲。何個艦隊か?」

「はっ! 三個艦隊です」

「殿下。探索の結果、長白山脈の白頭山の東側は、二本の川が切れて、終わっています。そこから満州に十分入れます。両方の川は相当に開いています。そのため東が、豆満江、西が、鴨緑江なのです。満州兵はそこから、侵攻してくるのです」

 平城の公使、高橋源吾が報告した。

「盛親! 何をしていた? こんなことも調べなかったのか、処分の対象にする。大きな失敗だ。李王! 何でこのことを、日本軍に教えなかったのか?」

「素直に申し上げます。日本の陸軍は、威張ってばかりいて、動かず、話も聞いて貰えませんでした。話のしようが、ありませんでした。許してください」

「詳細な地図は?」

「こちらに・・・」

 と鄭瑞祥が差し出した。

「確かに、地図上でも相当に開いています」

「伝令! 二百人で、清津に走り、鈴木孫一隊に、このことを知らせろ。初めは二千騎で、走れ! 待て! 李王よ。地図は何枚あるか? 大至急取ってきてくれ!」

 何人かの李王の部下が走った。

「総裁。陸軍の態度は?」

「横柄でしたな。李王の言うことが事実です。心配もしておりましたが・・・」」

 と鄭芝竜が、淡々と言った。

「盛親! 以下師団長五人、無役っ! お前たちのおかげで、鈴木孫一隊は、豆満江を遡ることになるんだぞ、この水量の多いときに遡るのは困難だ! ええい! 地図は・・・」

「こ、ここに渡されておりました・・・」

 盛親が、恐るおそる、震える手で差し出した。

袋の封も切っていなかった。

青柳が、小柄で封を切った。

二十枚の地図が出てきた。

白頭山の東は大きく開いていた。

「伝令! 二千人で、この地図を持って、昼も、夜も走れ、替え馬二千頭! 行け! 近衛兵一番隊、二番隊! 朝鮮軍から、案内の騎馬隊二百人を出してくれ! 十万人が清津から満州に侵攻するんだ。十万人の命が、掛かっているんだ」

 すぐに朝鮮側の案内人二百人の騎手が選ばれ、地図を持った二千二百が出陣した。

 二千二百騎が出発したのを見て、幸村が、思わず合掌した。

「間にあってくれ!・・・」

 思わず涙を流した。その後で、幸村は、額に青筋を浮かべると、

「盛親。いつから、伝令に持たせた地図を、封も切らずに、持っていたのだ?」

「着任後すぐに渡されました・・・」

 その場に土下座をして、平伏していた。

「ああ、お前みたいな愚魯な男を、陸軍の司令官にした儂が、儂自身恥ずかしい。斬るぞ。ここにいると」

 その瞬間に、才蔵が素早く、盛親に当身を食らわせると、肩に担いで、二階の部屋に運んで、両刀を鞘ごと抜いて床に寝かせた。

切腹を案じたのである。

近衛兵十人に、見張りをさせた。

 下に行くと、幸村が、各隊長の名を言おうとしているところであった。

 才蔵が、幸村に近づいて、その耳もとで、

「殿下、この陸軍は、まず使い物にならないとおもいます。全員、訓練し直してからの方が、良いと思います。一ヶ月、絞れば、戻ります。大阪の留守隊からと、各地の、師団を五個、呼ぶべきです。仁川の十個の中から、五個送った方が、正解です。盛親は、久ぶりに、五万人を預かって、浮かれたのでしょう。落ち着いてください。伝令を仁川に送ります。元大名はだめです」

「判った。伝令を頼む」

「承知」

 と部屋を出た。

 幸村は、大きく椅子に、体を預けると、

「青柳、高梨、外国は難しいな。信頼が、裏目にでる」

「はい・・・李国王、ご心配なく・・・次の手を打ちました」

 高梨が、やさしい声で言った。

 落着きを、取り戻した幸村が、梶原忠勝に、通辞を頼んだ。

「儂は、誰よりも、部下に厳しい。そうしていても、中には、彼のような愚か者の司令官が出てしまうのです。大勢の人間を統率するのは、大変です。理由は、私は神ではないからです。強く反省しています。ただ、儂には、他にも多くの忠実な部下がいます。嫌なことでも、敢えて忠告してくれます。それで、儂は、裸の王様にならないですんでいます」

 梶原が、忠実に、通辞をした。

 李国王は、深く頷いて、

「私も同じ悩みを抱えています。裸の王様にならないですんでいる、殿下は幸運な方です。私のほうは、出陣の準備は出来ています。しかし、ご支援くださるなら一緒に、出陣しましょう」

 といった。

鄭芝竜は、二人のやり取りを、この上なく興味深いこととして、観察していた。

特に、思いもよらなかった、アクシデントからのリカバリーを幸村が、どのようにするのかを、注意深く、かつ、冷静に見守っていた。

「李王よ。儂の司令官が、大変に愚かな態度をとっていたことを、儂自身恥じつつ、悔やみながら、心からお詫びをしたい。ついては、駐留していた軍は、すべて国に帰し、再教育と再訓練で、元の健全な兵士に、鍛えなおすことにしました。代わって、仁川に待機している陸軍の中から、五万人を呼んでいます」

 といったときに、才蔵が、入ってきて、

「半刻(一時間)で出動します」

 と伝えた。幸村が、頷いて、

「精鋭が、半刻で、仁川を出発します。李国王の軍も、そのように、ご準備下さい。それから朝鮮の兵と同士討ちにならないように頭に赤い鉢巻をしてください。兜の上からでも結構です」

 といったときに、鄭芝竜が、

「それでは、我々明軍も赤い鉢巻をしよう」

「え? 明軍も出動すると?」

 と、幸村が、少し驚いた顔になった。

「甥の鄭瑞祥が指揮をとります。殿下の処置に感動しました。司令官のふしだらさは、部下にも伝播しているとみて、鍛えなおすために帰国させる。その分の将兵を仁川から呼ぶ。これは、普通の国では出来ない。こんな事が出来る国は、勝つのに決まっている。明軍もともに出動することにした」

「両軍にお礼を申しあげる。我々は、満州を、ただ征伐に行くのではない。アジアの正義と、秩序のために征伐にいくのです」

「今の司令官の処罰の仕方と、軍ごと変える手法には、我々は従う他はない。アジアの新しい秩序は殿下の手で造られることになるでしょう。李王よ。朝鮮が無事に朝鮮といて生きていく道は、殿下に従うことだと思いませんか。やがて、明軍の都督の鄭成功も、兵を率いて駆けつけるでしょうが、多分、この年寄りの言うことと同じことを言うことになるでしょう」

「私も、朝鮮の王として、どなたが、アジアの盟主になるか、今の一件だけで、十分に理解できました。出来れば、あの司令官が、十分に反省をして、仮に降格されても、再度、善き司令官になって、くれることを切望します。朝鮮はもはや、日本と一心同体になるしかありません」

「我々の戦い方は少し変わった戦い方をします。指揮を儂に、任せていただきたい。理由は、力を十分に発揮するためです」

「初めから、指揮下に入ったつもりでおりました。存分に力を発揮してください」

 李王も、鄭芝竜も深く頷いて快諾した。

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