第三章 8

   八


「その真田と豊臣の力を合わせたら、勝てる資金力のある国などありません」

 と行信が言うと、淀が、

「殿下の名誉のために申しておくが、殿下が、これまでに、豊臣の資金を使ったことは、一度もありません。増やしてくれたことは、疑いのない事実です。こんな例はこれまでに、一度もありません」

 と凛とした言葉でいった。

一同の者が、思わず下を向いた。

自分の俸禄のことしか、考えてこなかったからであった。

「金で済むのであったら、こんな安いものはない。兵士の血が流れることが、一番悔やまれることである。だからこそ、兵器、武器の開発にやっきになってきたのである。お蔭で海軍力では、世界でも、指折りの国になることができた。豊臣、真田の米を買っていない極東の国はない。高砂、朝鮮、明、北方の国、これらの国には、米代だけで、大きな貸し金がある。だから朝鮮は済州島を買ってくれといってきている。買うことにした」

 幸村がいうと、田川が、

「兄に頼まれてきました」

 と言った。

幸村が、

「ほう、鄭成功が、何を?・・・」

「はい。欽州、北海、湛江、海南島を提供したいとのことです」

「ああ、何とありがたいことだ。四人に軍師になってもらっただけでも、ありがたいことなのに」

 幸村が、田川に礼を述べた。

「その分、高砂に米を、今まで以上に、お送り願いたいとのことです」

「勿論だ。これで、満州族の情報が・・・」

「はい。すでに、何人もの者が、密偵で潜り込んでいます」

「しかし、満州族は、漢人でも、蒙古人でも、朝鮮族でもない。満州語を使い、皇帝をゲンギェン・ハン、モンゴル語では、クンドゥレン・ハーンと微妙に違う。風習も、漢人は嫌う、弁髪にしている」

「その嫌っている弁髪にさせることで、親満州、反満州と分けていったのです」

 幸村の疑問に、鄭明陽が、明確に答えた。

「なるほど」

 幸村は深く頷いた。

 長男の鄭明陽に代わって、次男の鄭猛竜が、

「少し、大切な、お話があります」

 と幸村に丁寧に、叉手(さしゅ)をして、問訊(もんじん)をした。

中国式の目上の者に対する、あいさつの仕方であった。

武人、もしくは北部の者の叉手で、右手の拳を左手の掌で包み込む形の作法であった。

文人、もしくは、南部の者は、叉手で、拳は造らなかった。

両手とも開いて右手を、左手の下にして交叉させるだけであった。

右膝着地をするのは同じである。

問訊とは、深くお辞儀をすることである。

幸村は、そこまでを、一つの動作から読み取った。

「満州には、八旗制度というのものがあります。国民は、この八種類の旗に属さなければならないのです。人口の多い国ではありません。そのことを申し上げます」

「ぜひ、知りたい」

「はい。殿下。一番が、上三旗で、上三旗は、ハンの直轄地で、諸王の領するその他の地、つまり旗は、下五旗と申します。一番のことでした。正黄旗で、上三旗、総人口約十五万人、兵約三万。二番、ジョウ(金偏に譲の言を取った文字)黄旗、上三旗、総人口約十三万、兵約二万六千。三番、正紅旗、下五旗、総人口約十一万五千、兵約二万三千。四番、ジョウ紅旗、下五旗、総人口約十三万、兵約二万六千。五番、正白旗、上三旗、総人口約十三万、兵約二万六千。六番、ジョウ白旗、下五旗、総人口約十三万、兵約二万六千。七番、正藍旗、下五旗、総人口約十三万、兵約二万六千。八番、ジョウ藍旗、下五旗、総人口約十三万五千、兵約二万七千。以上で、総計約十八万四千の兵力です。今、部下が各隊長の名前、歳、性格、上との関係が、巧くいっているか、ギクシャクしていないか、尚なお探索しています。詳細な地図、川の幅、深さを測っています。これは命がけの仕事です。以上でごさいます。これが報告書です。シークレット、秘密に大切に扱って下さりまするように、お願いします」

 鄭猛竜は、日本語が、堪能ではあったが、田川のように日本生まれの日本育ちのようにネイテイブではなかったが、判りやすかった。

「貴重な資料であった。感謝する。疲れていないか。休んでも良いぞ」

「いえ。四人とも、この機会にこの場で、勉強させてもらいます」

 と席に座った。

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