第五章 10

   十


 こうした派手な進軍も、幸村の戦略であった。

こうした、本隊とは別の隊が、海と、陸の双方から、次々と激しい攻撃を仕掛けているのであった。

本隊は出来る限りゆっくりと進軍した。

 日本海に、九州を迂回して、進撃していた、水軍は、一気に毛利の本城、萩城を攻撃した。陸軍は、一ヶ月前に大阪城をたって、萩城に到着していた。

他の別働隊は、水軍と、水陸隊が、安芸、岩国、徳山、防府、宇部、長府の各城を陥落させていた。

 陸軍は、銀山(かなやま)、郡山、三次(みよし)、石見銀山、津和野城を陥落させていた。

 別の水軍と、水陸隊は、浜田城を落としていた。

出雲の松江城も陥落させていた。

かつて尼子氏の居城であった。

月山の富田(とだ)城、米子、鳥取、津山城を、備中松山、高松、岡山、福山、三原、呉の各城も落していた。

陸、水、水陸隊の怒涛の進撃であった。

まるで、武器が違っていた。

大砲の威力も格段の差であった。

決死の斬り込みを掛けて来てもガトリング銃・砲や、鉄砲の狙撃に会うだけで、呆気なく全滅した。

 萩城は籠城策に出たが、艦船からの大砲と、迫撃砲の一斉砲撃で、城は半刻も経たないで、瓦礫化した。

海岸線は浅瀬なので、小早船で上陸したが、鉄砲隊とガトリング銃で攻撃した。

幸村軍の前では、決死隊もどうと言うことはなかった。

やがて、降伏した。

城内と郡内の掃討と掃除を陸軍にまかせると、水軍は、予定の行動にしたがって、北上していった。

水軍には物資の輸送船が、南洋から到着して、沖合いに停泊していた。

 幸村は、それより先三ヶ月前に、東北の各城主に宛てた手紙を出していた。

 黒谷の巻紙で、前後にたっぷりと余白を残して、さらに礼紙(らいし)を同じ長さで入れた。

 問候の文面であったが、問候に十石づつの米を送った。

 送られた方は驚愕した。

「問候で米十石とはどういうことぞ?」

 と最上義光は意味が判らなかった。

上杉の直江兼続も同じであった。

東北は、未曽有の大飢饉であった。

松の皮を煮て食っていた。

「返事のしようがない」

 と各大名たちは思っていた。そこへ、

「関白よりの使者でござる」

「関白?」

「豊臣滋野真田源幸村が、詔によって、関白太政大臣に就かれた」

「米十石は、それの挨拶だったのか」

 と直江は、使者の高梨、青柳にそういって、情報の遅さを嘆いた。

「無理もござらぬ。東北は大阪から、遠い。しかし、艦船では、直ぐでござるよ。もっとも、東北は未曽有の大飢饉、中央の様子どころではござらぬな。徳川は征夷大将軍の座を廃され申した。上杉殿は出羽米沢で、三十万石。充分に蓄えもござろう。そう思って参ったが、土一揆、集団離村と、農民が、来年播く種籾まで、食べてしまっているのこと。これでは国の経営が、成り立ちますまい」

 高梨が言った後で、青柳が、

「一石二両半、いや、徳川の小判は、正規の貫目になって居らぬゆえ、三両になっている。買うとなったら、三十万石で九十万両と言うことになりますかな」

 というと、直江は、深く溜息をついて、

「当家には、最早そんな金子はござらぬ」

 と首を振った。

「東北の米問屋、廻船問屋、両替商を当たらせましたところ、ご当家はもとより、他家の借用証文がゾロゾロ出て参った。すべて返済してまいった。ご当家の分だけで、締めて三百六十万両。四年分の年貢に相当いたしまする。で、今年の年貢が三十万石だが、収穫がそれだけありますかな。ここに百万両ござる。馬車に積んでござる」

「同じく馬車に三十万石の米。現物でお持ちした。借用証文も入れて、締めて五百五十万両」

「直江殿これで、ご当家を、お売り願いましょうか? 再建は我らでいたす。そのための農民用の米も、持ってきている。他の物資もでござる」

「!・・・」

 直江の顔が愕然となった。

が、結果からすると、上杉は、五百五十万両で売却となった。

売り先は関白太政大臣家豊臣滋野真田源幸村であった。

 同様に最上、秋田、伊達、小野寺、片倉、戸沢、南部、村上、津軽の東北十家を、すべて買い占めてきた。現金と、現物の米と、借用証文とであった。

金を貸してきたのは、真田忍軍の商人隊であった。

 高梨、青柳から、

「東北十家すべて買占め終了に候」

 の報告があった。

幸村はすかさず、田中長七兵衛以下の屯田兵、農兵と、そのための用具、馬、牛、苦土石灰、堆肥、種籾、鉄器、縄張り(設計)隊と、松井善三郎、内田勝之介と、工兵を、その用具、石垣用の石、栗石、煉瓦、瓦、砂利、牛、馬、橇用の犬、橇、暖房用衣服、暖房の移動小屋等々を手配して、輸送船に積み込ませた。

こうした手配は、二番本陣車でおこなった。

朝鮮とモンゴルに使者を出して、包(パオ)を、五百棟購入させた。

現地の指導者付である。

朝鮮から、オンドルの職人を募集して東北に送り込んだ。

 沿海州からは、アザラシの毛皮、白熊の毛皮、橇、大型の橇と、シベリア犬を、居るだけ、馭者とともに東北に送った。

 大阪城と大和郡山の工場に、寒冷地用の、下着、中着、上着、手袋、頭巾その他を、沿海州、モンゴル、朝鮮から、指導者を、現物と衣類とともに送り込んだ。

その手配の早やと来たら、実に素早く、手紙を持たせ、使者を、次々に派遣した。

幸村は実に細かいところまで注意を与えていた。

「薪を送れ。杉、檜は薪にはならん。はぜるので、他の木を薪にせよ。モンゴルの包(パオ)は柔らかいので、雪には耐えられぬ。包の上から、雪除けの構造物で被え。煉瓦、瓦は、寒冷地では割れたり、ひびが入る可能性がある。直ぐに送り返して、石を使え。中国地方侵攻隊は、東西南北からせめよ。特に薩摩に注意を払え。四国は、淡路島も含めて、長宗我部盛親を大将として、生駒、蜂須賀を副将として、平らかにせよ。東北の難民があればすべて引き取れ。船内で衛生消毒をして、訓練地に廻せ。決して堅いものを食わせるな。死ぬぞ。重湯から与え、五分粥、七分粥を与えよ。体中を焼酎で拭け。衣類は取り替えさせろ。衣類には蚤、虱がたかっているから、焼却せよ。船を水で洗ってながせ。蜜柑をもっていけ。栄養補給ができる。武士も、農民もない。武器はすべて取り上げよ。本陣車にまかり越したものは、暫く待たせるか、孫一か、武蔵が対応せよ。朝鮮の李王朝に、米五石献納せよ使者に持たせよ。モンゴルの汗(ハーン)に羊を、途中で購入して、二十頭献納せよ。モンゴルには、沿海州から入れ、ヌルハチの勢力にであったら、儂の名を出して米百表を送れ・・・」

 その様子を見て、淀は、幸村を、

(とんでもない人だ)

 と思った。

(こうしている間にも、何ヶ所かで、戦をしているのだわ。しかも、外国とも交流をもって、その良い点、弱点をすべて、承知している・・・)

「少し、お休み下さいませ。お好きなコーヒーをお持いたします」

「それは良い。頼む」

 淀がコーヒーを淹れさせた。

各本陣車には、炊事車が付いていた。

「儂のやっていることは、阿修羅のようであろうな?」

 幸村が、淀に訊いた。

「いえ。それだけ、徳川が怠けて、我欲だけに走っていたのです。その分を殿下がなさることになってしまったのです」

「確かにそうだな」

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