第五章 6

   六


 霊光は、目録を見て驚愕した。

「いかがいたしましょう?」

 慌てて朝廷に駈け込んだ。

公家も、後水尾天皇も、目録を見て驚愕した。

「逃す手はない。徳川では、とても出せる金額ではないわ」

「御上。聞くところでは、徳川が用意いたした金子は、所司代の板倉に五百両だそうでおじゃる」

「征夷大将軍の任にあらず。バッサリとお切りになって、大阪に乗った方が・・・」

「朕もそのように、思っておった。廃任の手紙を書け」

「そのあとどのように?」

「淀は後家であったな。幸村と一緒にさせてはどうか。朕が取り持つ形をいたしたら、不平もでまい。先に関白太政大臣か、征夷大将軍かどちらがよいかを訊いて。それに、淀が嫁ぐ形をとる」

「幸村には、正室がおられまするが」

「ふむ。構わぬ。淀を統室とせよ。正室と統室で、正統じゃ。関白ならばそれが習いじゃと申せ」

「淀が何か欲しいといいましたら」

「前太閤佐(さきのたいこうのすけ)とせよ。女性(にょうしょう)最高位であるとな。佐は助けるの意じゃ」

「秀頼は?」

「摂政じゃ。摂政から関白になるのが通例じゃ。摂政内大臣でよかろう」

「大助秀幸には?」

「総都督で良かろう。父の後を継がせよ」

「征夷大将軍は?」

「徳川にくれるのは惜しい。お気に入りの家臣に継がせよ」

「御上。秀頼が独身でございます」

「霊光良いところに気が付いたわ。幸村には娘は?・・・」

「七女までおりまする」

「秀頼につけよ。大助にも・・・」

「淀の直ぐ下の妹が、はつと申して京極高次の室で、鞠姫と申すものが・・・」

「ほっほほ・・・巧く行くときは、巧く行くものよの。一度に三組とは・・・」

「幸村の正室には?」

「宮家を送れ。竹林宮(ちくりんのみや)総都督佐(そうととくのすけ)を下賜いたせ。それと、桐六文の紋章を使っているそうな。御名御璽を、付けてつかわせ」

「はっ・・・では御上の御意であると・・・」

「む。霊光が言った方が安心いたすであろう。徳川を廃したものも、見せよ。安堵いたすであろう。で、こたびの大阪の出費は?」

「はい。十万両は、軽く超えまする。滅多には、あらしゃらぬことでおじゃる」

「あろうの」

 それで、霊光猊下が、御上のご使者として、大阪城にきたのである。特別の部屋に入って、七人の者を平伏させた。そして、告げた。

「御上のお計らいである。良くお聞き遊ばされよ。大阪城の豊臣に官位を授けたく思う。その前に御上は、徳川の征夷大将軍を、大ご英断で、廃したて奉りましたぞえ。すでに文によって発給ずみでござる」

 とその書面を見せた。


『廃征夷大将軍職  後水尾天皇 御名御璽』


「次にじゃ。大阪城の主は誰ぞ? と禁裏でも、ひとさわぎがござっての。これも戦国よりのならいじゃ、と御上の仰せがござって、真田幸村が実質的な大黒柱であろうと仰せあって・・・」

 と証書のような奉書に、

『豊臣滋野真田源(みなもとの)幸村 補関白太政大臣職 後水尾天皇 御名御璽』


 とあった。これには一同が驚いた。

淀の顔が、真っ青になっていた。

霊光が、淀に、優しく、上座から、立ったままで、

「淀様ご案じめさるな。ここが、御上がお知恵をお絞りになったところでござるよ。拙もほとほと、感じ入ったところでござる。残念ながら、女性(にょしょう)では、さすがに関白の例はごさらぬ。で一計を案じられての。幸村様と、淀様が、大阪城のみで淀様が室になられよと。御正室があられると申し上げたところ、宮廷では、そうした場合、御正室様と御統室様になるのでおじゃる」

 霊光もいつの間にか公家口調になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る