番外編4 エリスと夏休みデビュー3
エリスは授業と授業の間の休み時間にクラスの女子たちに取り囲まれていろいろと聞かれていた。ちょっととまどった様子を見せながらも、ときおり笑顔を見せて楽しそうにしていた。
そして午前の授業が終わって昼休みに入った。
「姫宮さん、お昼一緒にどう?」
エリスはクラスの女子からそう声をかけられていた。
一学期の間、僕はエリスが誰かと一緒に昼食を食べているのを見た事がなく、外で一人で購買のパンを食べているのを何度も見かけていた。
こうやって、エリスがクラスに馴染んでいくのを見て、僕は素直に嬉しかった。
もちろん、せっかく彼氏彼女の関係になったんだから二人で一緒に居たいという気持ちはあるけれど、学校では目立たない方が良いし、エリスが友達を作って楽しい高校生活を送ってくれるなら、僕も応援したい。そう思っていた。
だけど、エリスは声をかけてくれた女子生徒に向かってこう言った。
「ごめんなさい。わたし、彼氏と一緒に食べるから」
それを聞いたクラスメイト達にざわめきが広がる。
エリスはそんな教室の空気もどこ吹く風というように僕の前へ小走りに駆け寄ってきてこう言った。
「ユウ、一緒にお弁当食べよう」
え!? エリス!? そんなに堂々と言っちゃうの!? 隠す気ないのか?
「ちょっと待って! か、彼氏って、悠と姫宮さんが付き合ってるって事!?」
最初に声を上げたのは美緒だった。
続いてクラス中から次々と質問が飛んできた。『悠って、ありえないだろ!』『どういう事?』とか、予想通りではあったがやっぱり僕に対する風当たりが強い。
さて、どうするか……うん。よしとりあえず逃げよう!
「エリス、行こう!」
「う、うん」
僕は、エリスの手を取って走り出した。
教室を出て、そのまま校舎の外へと向かう。一瞬、追いかけられそうになったけれど、僕らには異世界で鍛えた身体能力がある。あっという間に振り切って校舎の裏手にある、日当たりの良いベンチへと辿り着いた。
「どうしたのユウ? 急に走り出すからびっくりするじゃない」
「どうしたのって、教室であんな事を言ったらまずいよ」
すると、エリスは不思議そうに首を傾げて僕を見てこう言った。
「あんな事って? 一緒にご飯を食べようって言った事?」
「それもそうなんだけど、どっちかっていうと彼氏って言った事かな」
それを聞いたエリスは少し眉間にしわを寄せ、訝しげに僕に向かって言った。
「どうして? キミがわたしに付き合って欲しいって言って、わたしがOKしたんだから、ユウはわたしの彼氏じゃないの?」
「い、いや、彼氏だよ! それは間違い無いんだけど、こういうのはクラスのみんなには内緒にしておいた方が良いっていうか、あんなに大っぴらに言わない方が良いんだよ」
「むー。こないだはわたしに無理やりみんなの前で好きって言わせたくせに、そんな事言うんだ」
エリスがちょっとむくれている。そんなエリスの表情もかわいい。
でも前に無理矢理みんなの前で好きって言わせたのは僕じゃなくてルークさんだからね。そこは間違えないで欲しい。
しかし、考えてみれば、エリスはこちらの世界の学校のクラス内の友達関係というものに慣れていないんだよな。クラス内で男女が堂々と恋人同士ですなどと宣言してしまったら、みんなからどういう扱いをされるのかなんて、きっと知らないのだろう。
そう思って、僕はエリスにそのあたりのことを説明した。エリスはちょっと拗ねた様子で僕の話を黙って聞いていた。そして、聞き終わってからこう言った。
「だって、わたしだってユウにずっと逢えなくて、淋しかったんだもん」
なにこのかわいいいきもの? エリスがここまで真っ直ぐにデレて来たのは初めてかもしれない。正直、可愛すぎて僕の精神がもたない。
「まあ、いいわ。おなかも空いたしお弁当を食べましょう」
「あ、ああそうだね食べよう。でもエリス、今日はお弁当なんだね。夏休み前はずっと購買のパンだったのに」
「そんなところまで見ていたの? そうね、ユウってばずっとわたしの事を監視していたものね」
「いや、それは。監視していたんじゃなくて、つい目が行っちゃったっていうか、見惚れちゃってたというか……。それより、そのお弁当、自分で作ったの?」
「ううん。これはお母さんに作ってもらったの」
そうなんだ。エリスのお母さんって日本から異世界に渡って異世界生活が長かったはずだけど、ちゃんとした日本式のお弁当だ。それにすごく美味しそうだ。
「……ねえ。ユウってやっぱり料理とか、お弁当を自分で作れる女の子が良いって思う?」
「え? そりゃあ。できた方がいいとは思うけど。別に出来なくても問題無いしいいと思うよ」
「そう。うん。でも頑張ってみようかな」
頑張るって? も、もしかしていずれ僕にもかわいい彼女の手作り弁当を食べられるなんて、夢のようなイベントが訪れる事があるんだろうか?
でも、あんまりプレッシャーをかけるのも良くないし、心の中で密かに楽しみにしておこう。
それはさておき、忘れてた。エリスに聞かなきゃいけない事があったんだった。
「なあエリス。なんか急にみんなが君に注目しはじめたけど、どうなってるんだ? もう認識疎外の結界はかかってないって事?」
「ああ、そっか。ユウには言っておかなきゃいけなかったわね。うん。全部の結界を解いたわけじゃないんだけど、お父さんと話し合って、一部限定を解除してもらったの。だから、今はみんなと変わらずに普通に高校生活を送れるわ……。送れるはずだったんだけど。どうしてかしら。確かに、他人に注目されないようにする結界は解いてもらったんけど、何かの間違いで逆に注目を集める結界がかかっちゃったみたいなの。帰ったらお父さんに聞いてみないといけないわね」
「いや、エリスが注目されてるのは当然というか、結界のせいとかじゃないと思うよ」
「え? どういうこと? わたしってそんなに変なの?」
「変って事じゃなくて、こんなに可愛い子が急にクラスに現れたら普通にああなるよ。逆に一学期の間、こうならなかったのがずっと不思議だったくらいだ」
あれ? エリスがちょっと口をすぼめて不満げな表情をしてる。怒らせるような事は言ってないはずだけど。
「ユウってばすぐそういうことばっかり言うんだから。か、かわいいだなんて」
エリスが可愛いのはこの世界の真理だし、僕としては何度でも可愛いって言いたいのだけれど、言われた当人は嫌だったりするのかな。
「エリスが嫌だって言うなら、なるべく言わないように気を付けるけど」
「べ、別に嫌だとは言ってないでしょ。誰にでもそういうことを言うんじゃないかってちょっと思っちゃっただけよ」
「そんな事ないよ! エリスだけだよ。僕が可愛いって言うのは」
「じゃあ、ピロロは可愛くはないのね」
「いや、ピロロは可愛いと思うけど」
「むーー! 言ったそばから!」
「違うって! 誤解してるみたいだから何度でも言うけど、僕が好きなのはエリスだけだよ!」
エリスは顔を真っ赤にして、うー、と唸りながら「またすぐそういうこと言うんだから」と上目遣いで僕を睨んできた。
いや、でも、嘘偽りのない本心だから、そう言うしかないし、拗ねて睨んでくるエリスが可愛い。
さっきから可愛いしか言ってないような気がするけど、何だろう、本当にエリスが可愛いのだ。
完全に惚気ていると言われたら否定はできない。エリスは異世界で旅をしていた時はときどきポンコツだったけど基本的にはカッコ良くて頼りになるという印象だった。
異世界でのエリスがカッコ良さ7、可愛さ3の割合だったとすると、こちらの世界でのエリスは逆転してカッコ良さ3、可愛さ7の割合になっている気がする。
なにが言いたいかというと、僕の彼女が世界一可愛いのだ。自分でも惚気すぎとは思うけれど、異世界の冒険を乗り越えてこうして一緒に弁当を食べながら他愛のない話をしている今の状況が、ものすごく幸せだ。
正直、異世界ではエリスに守ってもらってばかりだったのを情けなく思っていた。逆にエリスはこちらの世界には慣れてないので色々と困り事も多いと思う。
これからは僕がエリスを守ってあげたい。一緒に幸せになりたい。そう思うのだった。
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