第49話 山奥の秘湯2
僕はルークさんと二人で温泉に浸かっていた。
こうして改めて見るとルークさんって本当に美形だし、細いのに筋肉が引き締まった身体もさすが魔王軍で幹部をやっているだけあるなと思わされる。
それに温泉に入るときはいつも一人だったから、誰かと入るのはちょっと緊張する。
「ああ、いいお湯ですね。勇者さん」
「でも、こんなに山奥の秘湯なのに、ちゃんと男湯と女湯があるんですね」
「おや? 勇者さんは混浴がご希望でしたか?」
「いえ、そう言う事ではなくて……」
「冗談です。しかし、勇者さん。こうして男だけでお話しする機会もなかなかありませんから、何か私に訊きたい事があればお答えしますよ」
訊きたい事か……。
やっぱり、エリスがこの世界でどんな風に育ってきたのかが気になるな。
「そうですね。エリスの子供時代の事が知りたいです」
「なうほど。やはり、勇者さんの興味はそこですか。幼い頃のエリス様に興味津々ということですね」
「あの……。いえ、そうなんですけど、何か含みのある言い方はやめてもらえませんか?」
なんだか最近、僕が小さな女の子が好きなんじゃないかといろんな人から誤解されている気がしてならないし、はっきり否定しておきたい。
「そうですか。城に戻れば、エリス様が幼い頃の写真や動画が沢山あるので、勇者さんにお見せしようと思っていたのですが、止めておきましょう」
「見せてください! 何でもしますから!!」
無意識だった。僕は反射的に頭を下げてそう叫んでしまっていた。
「わかりました。顔を上げてください勇者さん。その件についてはまた後ほどお話ししましょう。話が逸れましたが、質問はエリス様がどのような子供だったかについてでしたね。
昨日も少しお話しましたが、分かりやすく一言で言うと、ミリア様を更に魔族の姫らしく威厳に満ち溢れさせた感じでしょうか。今のミリア様があのようになられているのは、ひとえにエリス様の真似をなさって来られたからに他なりませんので」
「そうなんですか。それにしてもミリアってエリスにべったりですよね。従姉妹って聞いてますけど、ずっと一緒に暮らしていたんですか?」
「ミリア様はミレーヌ様。隣国に嫁がれた魔王様の妹君のご息女としてお生まれになったのですが、幼い頃にお母様を病気で亡くされまして。その後、先方の国と色々とあったのですが、最終的に魔王様が半ば強引にこちらに引き取ったのです。
ミリア様は初めは心を閉ざして泣いてばかりいましたが、次第にエリス様にだけは心を開くようになり、エリス様のような立派な魔族になりたいと、日々頑張ってこられました。
エリス様の方もそれまではスライムしか友達がいなかったのですが、ミリア様の面倒を見るようになってからは、いっそう魔族の姫らしくご立派に成長なされていましたね。
そしてエリス様が引きこもられた後、ミリア様はエリス様の穴を埋めようと著しい成長を遂げられて、今に至るというわけです」
そうか……。
ミリアがエリスに対して普通の姉妹以上に強い想いを持っている理由が分かった気がする。
エリスの友達がスライムしかいなかったっていう余計な情報が混ざってたのも気にはなるけど、とりあえず聞かなかった事にしておこう。
「ところで、私の方も勇者さんにひとつお話ししておきたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「話しておきたい事?」
「ええ、魔王様が魔王になった本当の理由についてです」
「え? 昨日、聞いた話以外に、まだ何かあるんですか?」
「はい。エリス様には言うなと魔王様から言われていましたので、昨日はお話しできなかったのですが、貴方には知っておいて頂きたいなと」
ルークさんは、話を続けた。
「魔王様は、初めは自分が魔王になろうとは考えていなかったそうなのです」
「えっ? どういう事ですか?」
「初めは、ご自身は普通の王様として国を治め、日本で学んで来た文化を参考にギルドを中心とした仕組みを作る。それだけの予定だったのです」
「じゃあ、何で魔王になるなんて言ってしまったんですか?」
「あれは決してノリだけで言った訳ではなく、王妃様のためなのですよ」
「王妃様ってエリスのお母さんですよね?」
「ええ。魔王様と王妃様の結婚が、前国王や側近達に反対されていたというのは、お話ししましたね」
「はい。昨日、聞きました」
「その側近達の中には、陰で王妃様の事を、王子をたぶらかす魔女だ、と言っているものが少なくなかったのですよ。魔女が王子の妃だなんて相応しくない、とね。なにしろ、黒髪で黒い瞳の女性などこちらの世界ではまず見ませんし、あのお美しさですから。魔女だと考える者が出てくるというのも理解はできます。そして次第に噂は国の者にも広まるようになり、王子の耳にも入って来たのです。
当然、王子は怒りました。何とかして皆に王妃様の事を悪く言うのをやめさせたいと考えました。貴方ならどうしますか?」
「ええと、王妃様の事を魔女と言わないように御触れを出して、罰を与えるとか?」
「そうやって、押さえつけるだけでは人の心までは変えることは出来ません。そこで王子が考えたのが、自分が魔王になる事なのです」
「えっ?」
「国王の妃が魔女だから相応しくないと言われる。だが、魔王の妃が魔女なら何の問題も無いだろう。そういう考えなのです。実際、魔王様が魔王になってからは、王妃様の事を悪く言う者はいなくなりました。まあ、城の改築などでそれどころじゃ無くなったというのも大きいですけどね」
「なんだか、すごい話ですね」
「ええ。魔王様は自分が魔王になる事で王妃様を守ったのです。あとエリス様も。下手をすればエリス様も魔女が産んだ子供と陰口を叩かれかねなかったと思いますし。
魔王様は最初に王妃様に自分が魔王になる事について相談されたそうなのですが、大笑いされたそうですよ。そして王妃様は、いいんじゃない、と後押しされたそうです。私は、そんなお二人が大好きなのです」
「あの、ひとつ質問していいですか?」
「はい。何でしょう?」
「エリスのお母さんって今は……」
「王妃様は、エリス様をお産みになってから体調を崩されるようになりまして、今は長い眠りにつかれておられます」
「あ……。なんだかすみません」
「いえ、貴方は本当に優しい方なのですね。私は貴方に感謝しているのです。たぶん魔王様も」
「感謝って?」
「昨日も少しお話しした事ですが、魔王様にとっても誤算だったんですよ。いずれ真実がバレて、エリス様に怒られるなり罵られる、というのは覚悟していたそうなのです。むしろ思春期の娘からそういう目に合わされるのも、父親として悪くはないなと思われていたくらいだそうです。
しかし、エリス様はあれほどまでにショックを受けて引きこもってしまわれた。本当に想定外だったのです。魔王様は何もしてやれないご自身を責めておられました。
貴方と一緒に旅をして、あんなに楽しそうにしているエリス様を見るのは本当に久し振りなのです。だから魔王様だって本当は貴方には感謝しているはずなのですよ。これは私の想像ですがね」
「なら、やっぱり戦わなくても、話し合いでどうにかなるんじゃないですか?」
「理屈では分かっていても、そういうわけにはいかないのが父親というものなのでしょうね。私もエリス様の教育係として幼い頃から見てきていますから、父親というわけではないですが、魔王様のお気持ちも分かるのです。理屈よりも感情が先に立っていますから、こちらも理ではなく、気持ちでぶつかって行くしかないと私は思います。
……すみません、おしゃべりが過ぎましたね。貴方がどういう選択をされるかは、楽しみにさせていただきますよ」
僕の選択。僕はどうすればいいのか?
僕に何が出来るのか?
決戦は近い、それまでに答えを導き出さなくてはならないんだ。
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