第23話 襲撃
ドアを蹴破るように部屋に押し入ってきた男は、アリアを見るなりとても嫌らしい笑みを浮かべた。
「聖女様、まさかこんなところでお会いできるとは思いませんでした」
ベッドに座ってエリスと話していたアリアは立ち上がり、震えながら部屋の奥へと後ずさる。
「しかも、イルミナの連中と一緒にいるとは、どういうことでしょうか。あぁ、イルミナの連中に捕まっていたのですね」
右手に持っていたサーベルを持ち上げ、まっすぐに構える。
「イルミナの連中が聖女様を手にかけたとなれば・・・これはやはり討伐しなければなりませんな」
わざとらしく言う男のサーベルは、その切っ先をアリアに向けていた。アリアは弱々しく首を振る。
「・・・どうして、そんなことを・・・」
外から階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。
男が焦りの表情を浮かべ、サーベルを突き出そうとした瞬間、エリスがサイドテーブルにあった水差しを投げつけた。反射的に払いのけたせいで、アリアを貫くチャンスが失われる。
「貴様、そこで何をしている!」
怒鳴り声とともにラケルスが部屋の中へと踏み込んだ。
不利を悟った男は、ベッドにかけられていたシーツをラケルスに投げつけて視界を奪うと、隙を突いて部屋の入口へと走る。
そこには、少し遅れてやってきたメルが立ち尽くしていた。
サーベルがメルに突き出される。
「メル様っ!」
しかし、サーベルはメルの身体には届かなかった。寸前、エリスがメルの前に飛び出したからだ。
腹に鈍い衝撃が走り、冷たい感触が身体の中に刺し込まれていくのを感じた。
震えながら見つめているメルに、エリスは掠れた声で言う。
「・・・逃げて・・・くだ・・・さい」
痛みはあまり感じなかった。ただ冷たくて、その冷たさがだんだん体中に広がっていくように感じた。
ずるりとエリスの身体から刃が引き抜かれた。
「・・・く、ぅ・・・」
力が抜け、エリスの口から小さく声が漏れた。
かくり、と膝が折れ、もう身体を支えられない。
エリスは、床に伏した身体の下に生温かいものがじわりと広がっていくのを感じる。
・・・目を見開いたメルが、大きな悲鳴を上げるのがわかった。
よかった、メル様は無事だ・・・でも、メル様を泣かせてしまう・・・ぼんやりとエリスは思った。
申し訳ありません、メル様。ずっとお側にいると約束したのに・・・本当に・・・ごめんなさい・・・エリスは最後までメルに謝りながら、意識を失った。
「貴様、そこで何をしている!」
部屋に飛び込んだラケルスの怒鳴り声の直後、部屋の入口に立ったメルが見たのは、自分に向かって突き出されるサーベルだった。
「メル様っ!」
しかし、メルの目の前に飛び出した人影がサーベルを受け、その背中から切っ先が突き出す。
「・・・逃げて・・・くだ・・・さい」
メルは気が付いた。エリスの声・・・まさか・・・そんな・・・
エリスが刺されたのだと理解するのを、メルの心が拒絶する。そんはずはない、何かの間違いだ・・・
ずるり、と突き出していた刃が引き抜かれ、腹部を貫かれたエリスが、ゆっくりと崩れ落ちる。
どさり、と床に伏したエリスの下から、急速に血だまりが広がっていく。
引き抜かれたサーベルにはエリスの血がべったりと付着し、部屋の明かりをぬらりと反射した。
「・・・い、・・・いやぁぁぁぁぁ!」
メルは誰よりも大きな悲鳴を上げた。目の前にはエリスを刺した男がいるにも関わらず、エリスに駆け寄ってその身体にすがりつく。
「メル、危ない!」
アルムが放った風の魔術が男を突き飛ばし、壁に叩きつけた。
「捕らえよ!」
ラケルスが側近に命じる。
そんな状況も目に入らない様子で、メルはぐったりとしたエリスにすがりついて泣き叫んでいた。
「エリス!エリス!お願い、目を開けてよ。・・・お願いだから・・・」
エリスは右脇腹の少し上あたりを背中まで貫かれている。傷からはまだ血が湧き出すように溢れ、止まらない。
「・・・アルム、お願い、早く治癒を、治癒魔術を!」
アルムは、エリスに治癒魔術を施すが、深い傷に治癒の効果がなかなか出ない。
何とか止血には成功したものの、エリスは目を覚まさない。アルムは苦し気な表情で魔術をかけ続ける。
しかし、治癒が難しいことはアルムにもわかっていた。刺された時に太い血管か内臓が傷ついたのだろう。激しい出血で、エリスの服は血を吸って赤黒く染まり、床には大きな血だまりができている。止血するまでに失った血が多すぎた。
治癒魔術は、人間の自己治癒力を底上げするものだ。傷をふさいだり、骨を繋いだりすることはできるが、完全に失われたものを元に戻すことはできない。少しづつなら自己治癒でも失った血を補えるものの、これだけの出血量では、命が尽きる方が早い。
「アルム、エリスを助けて。お願い・・・エリスを」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、メルは必死に懇願する。しかし、魔術をかけながらもアルムは手遅れになりつつあることを感じ、顔を背けた。
「アルム・・・!」
「メル・・・すまない。私の治癒魔術では、これ以上、どうしようもない・・・」
「え・・・」
メルの身体から力が抜けた。まだエリスは苦しそうに息をしている。でも、徐々にそれも弱々しくなっていた。
メルは震える手でエリスの頬に触れる。
「エリス・・・誰か、誰かエリスを助けてください。お願いします。わたしならどうなってもいいから、エリスが助かるのならなんだってします!だから、お願い、エリスを助けて・・・お願いだから・・・誰か・・・!」
悲痛なメルの叫びに、誰もが無言だった。願いには応えたい、でも、その方法がなかった。
部屋の戸口に集まったクルーたちも、メルの叫びに驚き、そして顔を覆った。
「・・・お願い・・・エリスを・・・」
絞り出すようなメルの声が、だんだん小さくなっていく。ボロボロと零れる涙がぐったりと目を閉じたエリスの頬に落ちる。
やがて、救いを求めるように彷徨うメルの瞳が、床に転がっていたエリスの血に濡れたサーベルに止まる。
「・・・エリスを一人にはしない・・・わたしも一緒に・・・・・・」
震える手で刀身を掴み、自らの胸へと切っ先を突きつけた。そのまま身体を倒せば、サーベルはメルを貫く。
「いけません、メル様!」
横から伸びた手がメルからサーベルを奪い取る。アリアだった。
ガラン、と音を立ててサーベルが床に落ちた。驚いて顔を上げるメルを見つめ、アリアは諭すように言う。
「まだエリスさんは生きています。・・・わたくしが治癒します」
アリアは、その場に跪きエリスを手をとる。
「え・・・?」
アリアの手を白く輝く光輪がとりまいた。そして、光輪はエリスの身体へと移り、頭からつま先へと数を増やしながら、まるで繭のようにエリスを包んでいく。
エリスの生命が治癒の術式である魔力の光輪を受け入れた。もし生命が失われていたら光輪は受け入れられず、弾かれる。光輪を受け入れることができたのなら、きっと治癒できる。
アリアは、手ごたえを感じ、一層の魔力をこめた。光輪の内部、エリスの身体に光の雨が降り注ぐ。
床に広がっていた血だまりからも光の粒が沸き上がり、淡い光の繭と化したエリスの身体へと吸い込まれていく。
血だまりが小さくなるにつれ、蒼白だったエリスの顔に、徐々に血の気が戻り始めた。
「これは・・・」
アルムが驚きの表情を浮かべた。普通の治癒魔術ではない。教会でも高位の者だけが使える特別な治癒。アルムも見るのは初めてだった。しかも、瀕死の状態だったエリスの容体が持ち直し始めている。
「エリス・・・戻ってきて・・・お願い・・・」
メルがつぶやいた。エリスを抱く手には、光の雨の心地よい温かさが伝わってくる。
アリアは瞑想するように目を閉じ、治癒魔術に魔力を送り続ける。やがて白い光が黄金色へと染まり、エリスを包んでいた繭がポロポロと崩れるように空気に溶けていく。
光が完全に消えると、アリアはふぅっと息をつき、目を開けた。ようやく回復しかけていた魔力を、アルムから譲られた分まで含め、自分が意識を失うギリギリまで注いだ。なんとか足りたようだ。
「・・・エリスは、助かったの・・・?」
半信半疑で、メルはアリアに尋ねる。エリスの腹部に開いていた傷は、服に開いた穴を除いて、傷跡もなく治っていた。呼吸も安定し、顔色も良くなっている。
「身体の傷は治癒しました。・・・ただ・・・意識が戻るかは、彼女次第です」
申し訳なさそうに、アリアは目を伏せた。
「エリスは、戻ってくる。だって、約束したもの・・・ずっとわたしの側にいてくれるって」
自分に言い聞かせるように言い、メルはエリスを抱え上げてベッドに横たえた。
乱れた髪を優しく払い、靴を脱がせ、肌掛けをかける。
「わたしは、エリスが目を覚ますまで、ここにいます・・・みんなは休んでください」
メルはエリスのベッドの横の床に座り、膝を抱えた。そして、もう一言もしゃべらなかった。
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