第10話 異世界の事情  

 アルムは、この地球ではない、別の世界の人間だという。

 アルムたちが『ロセリア』と呼ぶその世界の中の『イルミナ』という国がアルムの祖国だった。

 アルムの語るロセリアの地理的特徴は、不思議なことにヨーロッパとよく似ており、イルミナはこちらだとドイツ南部に当たる場所にあったらしい。規模は国というより、都市国家とその周辺地域という感じだ。

 イルミナは、イルミナティ学府という長い歴史をもつ魔術の研究・教育機関が基礎となった国で。

 研究都市的な性格を持ち、国の中心であるイルミナティ学府はその歴史の中で多くの著名な魔術師を排出した。現在においても優秀な魔術師が多く集う魔術研究の最先進地だった。


 魔術というのは、主には自然界に存在する火、水、風、地の特性を有する「元素」に働きかけ、様々な現象を起こす「学問」或いは「技術」なのだという。

 生まれつきの素養は必要だが、魔術師たちが研究し体系化してきた魔術を発動するための『術式』を学ぶことで、魔術を使えるようになるという。

 ちなみに、魔術の素養自体はさほど珍しいものではないが、ほとんどは薪に火を点けたり、カップを満たすほどの水を出したり、という程度のささやかなもので、一人前の魔術師になれる素養を持つ人間は数百人に一人くらいなのだそうだ。

 そして、魔術の素養は遺伝するもので、特に女性、母から娘へ受け継がれやすいらしい。


 生まれながらに魔術の素養が非常に高く、イルミナで魔術の象徴とされる女性に与えられるのが『魔女』という称号である。

 国家としてのイルミナの元首でもあるイルミナティ学府学長を務めるファルニス家の娘が歴代『魔女』を継いでおり、アルムもそうだ。

 学長も魔女もファルニス家の世襲と決まっているわけではないが、どうやら受け継がれる魔力が特殊なものらしく、魔女はいずれ学長となり、その娘がまた魔女となる、というサイクルが続いているという。


 魔術の素養というのは、簡単に言えばその人が体内に保有する魔力の量だという。魔術自体は元素の力を借りて発動するが、元素に働きかけ、望む結果が得られるように術式を構築する為に必要なのが術者の魔力だ。

 メルの手を治療する際に手の周りを取り囲んでいた光の環が、魔力で編まれた術式だったらしい。

 当然、強力な魔術ほど術式は大規模かつ複雑になり、術式を構築し必要な魔力量が大きくなる、それを扱えるかどうかが魔術の素養の差になるという。

 とは言え、高い素養があるというのは、強力な魔術を扱うに足る器を持っているというだけの話で、学ばなければ魔術は上達しない。

 年若いアルムは未だ修行中の身で、イルミナの中では実力ある方だが、断トツのNo.1、というわけではないそうだ。


 しかし、いつしか魔術は2つに分かれるようになる。魔術自体に違いが生じたわけではない。人間がとらえる「魔術のあり方」の問題だった。

 一方は、イルミナのように魔術を技術や学問としてとらえるもの、もう一方は、魔術を『神の恩恵』ととらえるものだ。

 後者は、積極的な布教で勢力を拡大する『正教会』の教義であり、神の恩恵は神への信仰と貢献によってもたらされると説いている。魔術は神などに関係なく、純粋に理論や実験により解き明かされると考えるイルミナの思想は、当然、正教会の教義と反する。

 そのため、教会信者の領主たちによる討伐軍が組織され、教会を束ねる法王府のお墨付きを得てイルミナを包囲した。それが半年ほど前のこと。

 正教会の神の恩恵は、教会という組織の性格上、治癒の分野に特化している。今回の討伐は、イルミナを屈服させて魔術の知識全般を教会が独占し、さらに勢力を拡大するための「侵略」だとアルムは考えていた。

 アルムは、討伐軍に包囲されたイルミナから、世界を渡るという転移魔術を使って、この世界にやってきた。

 転移魔術は非常に特殊な魔術で、扱う魔力量が通常の魔術とは桁が2つ3つ違うほど多いため、魔女の称号を与えられるほどの素養がなくては扱えず、学長の指示で彼女だけがこちらに来ることになったという。


 ただ、転移したはいいが、こちらの世界には魔術がなく、その原動力となる元素の力も感じない。・・・つまり、こちらでは魔術が使えない、ということに気がついてアルムは愕然とした。

 アルムは、魔術師としては優秀でも、体力や武術が優れているわけではない。それに、魔術で水や火が簡単に出せるのが普通だったため、旅の備えも全く足りていなかった。途方に暮れていたところをレンバルトたちと出会い、行動を共にしていた。

 しかし、夜営中にイギリス軍の奇襲を受けて・・・あとはメルたちが見た通りだ。

  

 黙って聞いていたメルは、アルムを見つめた。信じがたい話ではあるが、実際に魔術を見せられた以上、信じないわけにもいかない。

「アルムは、こちらの世界に元素の力を感じないって言ったけど、それならどうしてさっきは魔術が使えたの?」

 メルは質問しながら、自分の手をまじまじと見つめる。

「元素は身体の中にもある。さっきの炎は私の中にあった元素を使った。でも量は少ないから、小さな炎しか出せなかった。レンバルトたちを襲ってきた敵と戦った時や、さっきメルの手を癒やすのには、それでは足りないから、元素石を使った」

 アルムはポーチの中から幾つかの球を取り出した。先ほど、メルの手に握らせたものと同じ、色のついたガラス球のようなものだ。色は、赤、青、緑、黄の4色があった。

「これが、元素石?」

「そう。石の中に元素を封入して持ち歩けるようにしたもの。さっきメルに握らせたのは、青、水の元素石」

 赤は火、青は水、緑は風、黄は地の元素石なのだという。

「私の世界にも元素の力が強い場所と弱い場所、稀に元素のない場所もある。元素の力が弱い地域や元素がない場所で魔術を使用する時に、この元素石を使う」

「えっと、燃料みたいなもの・・・かな?」

 自信なさそうにメルがつぶやく。

「そうだな・・・レンバルトにこの話をしたら、銃と弾薬みたいなものか、と言っていたが」

「なるほど。魔術が銃で、それに必要な弾薬が元素石、ということね」

 メルもなんとなくイメージできる。魔術というと、なんでもありの不可思議なものという印象だったが、アルムから聞く魔術はそれなりの理屈があるらしい。


「それで、アルムの国・・・イルミナと正教会の討伐軍が、今、戦争中で・・・もしかして、象徴であるアルムを逃がさなければならないほど不利な状況ってこと?」

 アルムは軽く首を横に振る。 

「いや、イルミナの守りは固い。それに討伐軍は今のところ包囲するばかりで攻撃を仕掛けてこない。しかし、討伐軍は数が多い。イルミナの戦力で包囲を退けることは難しく、こちらも打つ手がない」

 討伐軍がイルミナを包囲してもう半年、完全な膠着状態にあるようだ。しかし、自力で包囲を退けられないのなら、討伐軍が長期戦に疲れて撤退するか、イルミナ側に外から援軍が来ない限り、イルミナの危機は終わらない。

「今回の討伐軍を率いるのは、正教会の聖女だ。神の恩恵の象徴を担ぎ出した以上、そう簡単に討伐軍は諦めないだろう」

「聖女?」

 メルは首をかしげる。聖女というイメージと、軍を率いるという行為が結びつかない。フランスのジャンヌ・ダルクのような、教会のために戦って聖女と呼ばれるようになったとか、そういう人なのだろうか?

「聖女は、正教会が与える恩恵の象徴だ。私は会ったことはないが、イルミナの魔女である私に匹敵するほどの非常に高い魔術の素養があり、かなり高度な治癒の魔術も使えるらしい。もちろん、イルミナ討伐を正当化するためのお飾りで、実権は兵力を提供している教会信徒の領主たちが握っているはずだ」

「聖女様って、普通は偉いんじゃないの?魔女のアルムもそうだけど」

「確かに地位は高いと思うが、権力があるのとは少し違う。魔女の私もイルミナの政治に特別の権力は持っていない。教会を束ねているのも法王と二人の大主教だと聞いたことがある」

「それじゃ、イルミナの魔女と正教会の聖女は、それぞれの魔術のあり方を象徴する、同じような立場、ということでいいのかな?」

 メルの質問に、アルムは少しばかり顔をしかめるが、仕方なさそうに肯定した。

「教会と一緒にするなと言いたいところだが、メルの言うことも一理ある。魔術師とも教会とも関係ない者からすれば、そう言えなくはない」

「うん、なんとなく事情はわかったわ。・・・詳しい話はまた聞くとして・・・やっぱりまずは」

 メルは、床から立ち上がり、アルムの手を引く。

「アルム、使い方教えるからシャワーで身体を洗って着替えましょう。顔も髪も泥だらけだし、何日も身体洗ってないみたいだし。わたしの船で汚くしてるのは許さないから」

 強迫的な笑顔を浮かべるメルに、反射的にアルムは頷いた。

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