寿命についてのメモ

ギュノス平山

寿命についてのメモ

 

 BGM Issac Delgado「Como la primera vez」


 やりたいことだけをやって一生を送ることは一見いいようだが、そのかわり短い。(日本ではまず不可能だが)好きな歌をうたうことだけで食えた人は、死ぬとき「あっという間の人生だった」と思うだろう。その人生はスピードが速い代わりに、充実していて悔いはない。


 ふつうは若い頃に「こうなりたい」と夢を持っても実現せず、そんなにやりたいわけでもないが向いている仕事をやるだけで、グダグダ長生きして一生を終える。それがふつうで、誰もがそうしているのだからいいわけだが、たまにバカが自分の子供に「そんな人生はくだらないぞ、もっと夢を持て」と吹き込むと、悲惨なことになる。その夢も、(たいてい親にその自覚はないが)てめえの夢を子供を使って実現させようとする計略にすぎず、子供は親の希望を叶えるためのダシになって滅ぶ。

 では親に反抗できれば助かるかというと、難しい。親のかけた呪いは心の奥にしっかりと残るので、気づかぬうちにその「夢」を自分の「夢」だと思い込み、たとえそれが向かないことであろうが、実現させようと無理に頑張って不幸になってしまう。


 ならば向いていれば実現できて問題ないかというと、ある程度までは上手くいくが、根本に親の希望をかなえねばならないという強迫観念があるため、そのうちに周りと軋轢が生ずることになる。

 成功して幸福でなんら問題はないはずなのに、いつも暗く不機嫌で不幸そうな顔で他人に冷たくあたって嫌われる人がたまにいるが、根本にそういう問題があるかもしれない。とりたてて成功しなくても、ちゃんと仕事が出来て家庭を持てている人にも、たまに仕事場や家族、あるいは近所から嫌われてしまう人、常にリラックスできず他人に対して壁を作ってしまう人がいるが、根っこにその手の呪いが巣食っている可能性がある。


 しかし、生活に支障をきたすレベルにまでならなければ、そのような性質を治す必要はないし、本人が治そうと思っても出来ない。ちょっとやそっと治そうとして治るなら、とうの昔に治っているはずだし、多少の問題があっても、周りと折り合いがつけばいいわけである。その人のせいで会社の社員がみんな辞めるからといって、代わりがいなければ、そうそう首になることはない。

 そして最初に言ったように、ふつうの人よりは不幸なのだから、ふつうよりは長生きできる点で、恵まれている。



 BGM Schwarz & Funk「Mar y Carino」


 世間では、好きなように生きる、やりたいことをやって生きることが人間の理想とされているが、そうすると時間が早く過ぎるので、早死にする。「一年があっという間だねー」という会話をよく聞くが、聞くたびに「『あっという間』って、何十年たてばそうなるんですか」などと思うような人生を送ってきたから、おそらく私の寿命はかなり長い。時間の進み方が常人の半分のスピードだとすると、単純計算すれば、それだけで二倍の人生を生きていることになる。

 だからって、なにも「長生きしたければ、不幸になればよい」と言いたいわけではない。


 遊んでいる若者に、よく年寄りが忠告する言葉に「なにか好きなことを見つけないと、すぐ五十になっちまうぞ」というのがある。これも聞くたびに「『すぐ五十』って、何百年後の話ですか」と思ったものだが、冗談ぬきに子供のころを思い出すと、何世紀も前、はるか悠久の昔の白黒映像を見るような思いがする。


 充実した人生を送ってさっさとこの世から消えるか、不満ばかりの不幸のレールを通って不本意な生き方をし、だらだらと長く生きるか。それを選択することはできない。根っこに親の呪いの有無があるので、あとからどうこうしようにも手の打ちようがない。


「よい人生を送ると早死にする」と言ったが、べつに文字通り短命に終わるという意味ではない。好きに生きた人が、七十年から八十年、あるいは百年も生きることはふつうである。ただ、本人の体感により、不幸な者に比べて年月の進み方が桁違いに速く感じられ、まさに「あっという間」の人生で終わるから、感覚的に「早い」と言っただけである。光陰矢のごとし、楽しい時間はすぐに過ぎ去る、というのは人間の真理であり、相対性理論で証明されているくらいだ。


 逆に、つまらない時間は長く感じる。親に虐待されているとき、学校でいじめにあっているとき、その子供は、ほかのどんな幸福な子供よりも長くスローな時間を生きている。だから幸福だと短命で、不幸だと長寿である。人類平等など、なにも市民運動などしなくても、実はとうに実現されていたのだ。


 逆に、生きてて楽しいわ長生きだわ、みたいな限りなく幸せな人間がこの世に存在する、などと思うことは危険である。そんなことがザラにある、という嘘を垂れ流して不幸を撒き散らしているのがメディアだが、彼らは基本的に市民を脅して金を出させる恐喝産業だから、仕方がない面もある。我々にできることは、そのようなデマから距離をおくことである。


 この世には、地獄も極楽もない。あなたがもし親の呪いによって人生を台無しにされたとしても、あなたの知ったことではないのだ。成功者にも敗者にも、誰に対しても、等しく「寿命」という銃口は向いているのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寿命についてのメモ ギュノス平山 @kiriya2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ