危険な再会 ①
仕事を終えたアキラは、【これから会社の同僚の送別会に行く】とカンナにメールを送った。
何時に帰ってくるのかとか、今日は会えないのかなどと聞かれるかと思っていたのに、カンナからの返信は【わかった】と一言だけ、拍子抜けするほどあっさりしていた。
アキラは少しホッとしながら、マナブに言われた通り自宅には戻らず、会社からマナブのバーへ直接足を運んだ。
まだ時間が早いので開店前だったが、マナブはアキラにビールを出して話を聞いた。
アキラは相変わらず虚ろな目をして、ポツリポツリとこれまでの経緯を話した。
マナブはカンナの異常な行動に悪寒を感じながら、黙ってアキラの話に耳を傾けた。
カンナをそこまで思い詰めさせてしまった責任を感じ、ユキのことは忘れてカンナを大事にしようと思ったけれど、カンナの束縛と執着心で日増しに息苦しくなったとアキラは言った。
けれど一緒にいると約束した手前カンナを見捨てるわけにもいかず、このまま一緒にいることに慣れてしまうしかないとも言った。
「そんなんでアキは幸せか?」
マナブが尋ねると、アキラはしばらく両手で顔を覆って黙り込み、大きなため息をついて口を開いた。
「オレには幸せの意味がわかんねぇよ。どんだけ一緒にいたって、ユキは一生オレのもんになんかならねぇ。これ以上そんなしんどい思いするより、ユキのことは忘れて、オレを一生懸命想ってくれるカンナを好きになった方が幸せなんじゃないかって……そう思ったんだ」
アキラはただ純粋に愛されたかったのだとマナブは思う。
だけどどんなに深く愛されても、真剣に向き合おうとしてもカンナを愛せなくて、アキラは苦しんでいる。
アキラは他の誰でもなく、ユキに愛されたかったのだから。
疲れのにじむアキラの頬がやけに痛々しくて、マナブはそっと目をそらした。
「ホントにバカだな、アキ……。ユキちゃんのことをそんな簡単に忘れられるくらいなら、こんなに長い間なんも言わねぇで、そばにいたりしなかっただろう?」
「オレがバカなのは、オレ自身が一番よくわかってるよ……。だけどどうしようもねぇじゃん。こんなに長い間、自分の気持ちも伝えずに一緒にいてさ……ユキが他の男と幸せになんのを、指くわえて見てろってのか……?」
アキラの肩が小さく震えている。
アキラはユキが結婚するのを知って、ユキをあきらめるつもりだったのだとマナブは気付いた。
ずっと連絡を取っていなかったので、アキラはユキの結婚話について何も知らない。
マナブはタバコに火をつけて、吐き出した煙を眺めながら少し考えた。
ユキが結婚しないと知ったら、アキラはどうするだろう?
「ユキちゃんな……結婚すんの辞めるって」
「えっ……なんで……」
アキラは驚いた様子で顔を上げた。
「知りたいか?」
アキラがうなずくと、マナブはタバコの灰を灰皿に落としながらアキラを見た。
「その前にな、アキ……。オマエのこと聞かせてもらうよ」
「オレのこと?」
自分のことなら、さっき話したはずだ。
一体なんのことかとアキラは首をかしげた。
「アキ、カンナと結婚するって話はホントか?」
「えっ?!」
アキラは驚いて目を丸くした。
「どっからそんな話……。結婚の話なんかしたことねぇよ。結婚どころか、カンナには好きだって言ったこともねぇ」
「やっぱな……」
マナブは大きく息をついた。
アキラが結婚するのをカンナから聞いたとユキは言っていたから、もしかしたらとは思っていた。
それはユキをアキラに近付けないためにカンナがついた嘘だったのだと、マナブは確信した。
「ユキちゃんは、アキがカンナと結婚するって思ってるぞ」
「なんでユキが?」
「カンナから聞いたってよ。来年アキと結婚するって。ユキちゃんのサロンに来てそう言ったんだってさ」
「えぇっ?!」
アキラはわけがわからないといった様子だ。
「予防線張ったんだろ。アキをユキちゃんに取られないようにって」
自分の知らないところでカンナがユキに嘘をついたと知って、アキラの胸に沸々と怒りが込み上げる。
「そんな嘘つかなくたって……ユキはオレのことなんか……」
「ユキちゃんが結婚しようと思った理由、知ってるか?」
「それは……リュウがハルを選んだからだろ?」
アキラが当たり前のように答えると、マナブは静かに首を振った。
「それだけじゃねぇよ。その段階ではまだ迷ってたんだ。一番の理由は、アキがカンナと結婚するって知ったからだろ」
「えっ、オレ?」
ユキが結婚を決意した背景に、なぜ自分が関係しているのか。
ユキは自分のことなんかなんとも思っていないはずなのに。
アキラはそんなことを考える。
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