何も言わない優しさ ③

「店出ようとした時に、出入り口にいた子達。警報が鳴ったからマズイと思って、咄嗟に私の鞄に押し込んで逃げたんだってさ。私の鞄、携帯出した時に開けたまんまだったから。私がその子達を追い越して店を出た直後に警報が鳴ったんだけど、ビックリして運悪く立ち止まった私が濡れ衣を着せられたと」


 ユキは苦々しい顔をしてタバコに口をつけた。


「店員が警察呼んでさ。なんにもしてないのに警察に連れてかれて。やってないっていくら言っても、信じてくんないの。見た目がアレだし、ブツは出てきちゃってるし、そんなはずはない、オマエが取ったんだろうって。いかにも万引きしそうに見えたってことだよね」


 それから警察がユキの親に電話をしようとしたのだが、元々父親はいないし、その時ユキの母親は過労から来る病気で入院していた。

 母親に心配をかけたくなかったユキは、母親には連絡しないで欲しいと言った。


「母親は仕事しすぎて過労で体壊したんだけど、こんな娘のせいで心労で倒れたんじゃないかとか、お巡りが言ってんのが聞こえてさ。さすがに腹立って、殴ってやろうかと思った」


 すると学校に連絡が行き、教頭が対応した。


「学校は学校で、生徒が学校の外でしたことの責任は親にあるから、今回の件は学校には関係ないって。最初から私がやったことになってんの」


 ユキは忌々しげにそう言って、タバコの火を灰皿の上でギュッと潰すようにもみ消した。


「じゃあ……身元引き受け人は誰が?」

「店出る前に、たまたまルリカさんと話してたじゃん?電話越しにずっと騒動を聞いてたらしくて。でもその頃ルリカさんはまだ未成年だったからさ。サツキさん……リュウとルリカさんのお母さんなんだけど、ルリカさんとリュウと一緒に警察に乗り込んできた」

「すげぇな、宮原親子……」

「うちの母親、サツキさんと仲いいの。それで、自分の入院中は私のこと頼むって言ってたらしい。サツキさんとルリカさんが、ユキは絶対にやってないって言ってくれてね、すごく嬉しかった。それでリュウが、防犯カメラは調べたのかって言ってくれて……その結果、私の濡れ衣は晴れたわけ」


 ユキは遠い目をして、少し笑った。


「そんなことがあって、学校は次の日に辞めたんだ。警察も嫌い。宮原親子には頭が上がらないし、心から尊敬してる」

「そんなことがあったんだな」

「リュウもルリカさんもサツキさんも、このことは誰にも言わなかった。だからみんな知らないんだ。私にさえなんにも言わないの。優しいでしょ?」

「無駄なことは言わないって家訓でもあんのか?宮原家は」

「あるかもね。何も言わないって、すごい優しさだと思う」


 ユキは穏やかに笑ってビールのグラスを傾けた。

 マナブはリンゴの皮を剥きながら、ユキの方をチラッと見た。


「何も言わないのが優しさなら、20年以上も何も言わなかったアキはめちゃくちゃ優しいんだな」

「なんでそこでアキの話になんの……」

「いやー、なんとなく?」


 剥き終わったリンゴを8つに切り分けて皿に盛り、ユキの前に置いて、マナブは顔をしかめた。


「そういや……アキ、最近どうしてんだろ?」

「さぁ……。私はずっと会ってないから。アキ、どうかしたの?」

「前にユキちゃんとカフェに行った日かな。店に来るって言ってたのに来なかったんだ。その後連絡ないし、店にも来てない」


 ユキはピックで刺したリンゴを口に運びながら、自分が電話してもアキラが出なかったことを思い出してムッとした。


「忙しいんじゃないの?結婚準備とか」

「いくら忙しくても電話くらいできんだろ?あいつ、こっちから電話しても出ねぇんだ」


 グラスに残っていたビールを飲み干して、ユキはため息をついた。


「知らない。マナがわからないのに、アキの友達じゃなくなった私に、わかるわけないよ」


 もうどれくらいアキラと会っていないだろう?

 アキラと知り合って以来、こんなに会わないのは初めてかも知れない。


「そういやストーカーは?もう解決した?」


 マナブに尋ねられ、ユキは少し首をかしげた。


「あれから警察からの連絡はないよ。なんとなく視線感じる時は今もまだあるけど……手紙とか電話とかはなくなった。ちょっと過敏になって、見られてる気がするだけなのかな?」

「捕まったやつとは別のストーカーがいる可能性が高いんだろ?用心するに越したことねぇよ。なんかあったらすぐ言って。未来の旦那が急いで駆け付けるから」


 マナブはカウンターの中から手を伸ばして、笑いながらユキの頭をポンポンと優しく叩いた。


「遠い未来の旦那ね。ありがと」


(なんかあったらすぐ言えって……アキもそんなこと言ってくれたっけ……。もう言えないけど……)


 ユキはアキラの笑顔を思い出し、息苦しさを感じてため息をついた。


「ところで……問題の詐欺男はどうする?他にも被害にあってる人がいるかもだし、やっぱ警察につき出すか?」

「うーん……」


 ユキは頬杖をついて小さくうなった。


「また信じてもらえなかったらって思うと、警察に行く気にはなれないんだよね」

「この間は信じてくれたんだろ?」

「そうだけど……あれは私が被害者で、アキが現行犯で犯人を取り押さえてくれたからかも知んないし……」


 他にも同じような被害にあっている人がいるかもというマナブの言葉はよくわかる。

 しかし昔のことを考えると、ユキはどうしても警察への不信感が拭えない。


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