危険信号 ④
その頃アキラは、ベッドに寝転んでぼんやりしていた。
ユキからはなんの連絡もなく、相変わらずカンナには別れ話を切り出せないでいる。
別れ話をするどころか、カンナといる時間がどんどん増えている。
カンナからは『今日も会いたい』と言われたけれど、アキラは『同僚と飲みに行くから会えない』と嘘をついた。
(なんか……カンナがどんどんオレの領域に踏み込んで来てる気がする……)
仕事が終わって部屋に帰ると、約束もしていないのに部屋の前で待っていたり、会うたびに得意の手料理をせっせと作って、この間はアキラがシャワーを浴びている間に部屋の掃除までしていた。
『掃除はしなくていい』とアキラが言うと、『見られて困るものでもあるの?』と尋ねられた。
掃除なんて頼んでもいないし、カンナとは家族でもない。
見られたら困るとか、それ以前の問題だ。
カンナのことを、目一杯尽くしてくれて健気だと思っていたはずなのに、最近はいつも見張られているような気がして、息苦しくて落ち着かない。
ユキもストーカーに付きまとわれている時は、こんな気持ちだったのかも知れない。
だけど知り合いに見られているのと、見知らぬ誰かにどこから見られているのかわからないような状況では、わけが違う。
きっと毎日とてつもなく不安だっただろう。
ストーカー犯は捕まったのだから、もうそんな心配はないと思うが、ユキはどうしているだろう?
毎日サロンで元気に笑って、好きな仕事を楽しんでいるだろうか?
(あー……会いてぇな……ユキ……。もうどれくらい会ってねぇんだっけ……。今更『会いたい』とか言えねぇけど、めちゃくちゃ会いてぇ……。せめて顔見るだけでも……)
アキラは悶々としながらごろりと寝返りを打ち、枕の下に手を突っ込んだ。
(ん……あれ?そういや一昨日の晩、たしかここに……)
一昨日の晩、カンナがアキラの卒業アルバムを見たいと急に言い出した。
中学時代はヤンキーだし、ろくな写真はないからとアキラは断ったけれど、カンナはどうしても見たいと食い下がった。
アキラは仕方なく、『がっかりしても知らねぇからな』と前置きして、中学の卒業アルバムと、仲間と一緒に撮った写真が納めてあるアルバムを見せた。
意気がっていた若かりし日の写真を、その頃の自分を知らない相手に見せるのは恥ずかしい。
カンナは楽しそうに笑いながら、まだあどけなさの残るアキラの写真をじっくり見ていた。
カンナが卒業アルバムを見ている間、アキラはもうひとつのアルバムのページをめくって写真を眺めた。
そのアルバムの中身は、溜まり場や仲間の家などでふざけて撮った写真ばかり。
今となっては恥ずかしいが、あの頃は本気でカッコいいと思っていたのだからしょうがない。
それも青春時代の大事な思い出のひとつだ。
写真にはバリバリのヤンキーだったアキラやユキ、伝説の激ヤン・宮原姉弟と呼ばれたルリカとリュウト、なぜかヤンキーの中でニコニコ笑っている優等生のトモキの姿もある。
たくさんの写真の中で、アキラの隣にはユキがいて、二人とも無邪気に笑っていた。
(マジで若いな……。20年も前なんだから当たり前か。しかし懐かしい……)
周りの誰にも言わなかったけれど、あの頃もユキに片想いをしていた。
一緒にいる時は散々憎まれ口を叩くくせに、自分の部屋で一人になると、よく飽きもせずにユキの写真を眺めていた。
あの頃の写真を見ているとアキラはいつも、まるで自分があの頃に戻ったような気がしてくる。
(おっ、かわいい……。超絶美人のルリカさんは別格だったけど、仲間内でもユキは抜群にかわいかったもんな……)
カンナは、楽しそうに笑みを浮かべて写真を見ているアキラの横顔を、そっと窺っていた。
アキラは、これまでカンナが見たこともないような優しい目をして笑っている。
アキラがユキの写真を見ているのだと気付いたカンナはギュッと奥歯を噛みしめ、たまらず卒業アルバムを閉じてアキラに声を掛けた。
「アキくん、そっちのアルバムも見せて」
「ん、ああ……。くだらねぇ写真ばっかだぞ」
アルバムを閉じてカンナに渡そうとした時、1枚の写真がアルバムの間からヒラリと落ちた。
「あ、1枚落ちたよ」
カンナが写真を拾おうとした。
アキラはその写真が他のものとは違うことに気付き、慌てて手を伸ばした。
そしてギリギリのところでカンナより先に写真を拾い上げ、見られないように手の中にサッと隠した。
「なんの写真?」
「あー……なんでもねぇ。すっげぇつまんねぇ写真だ」
「ふーん……?」
カンナがアルバムに視線を落とした隙に、アキラはその写真を素早く枕の下に隠した。
(危なかった……)
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