危険信号 ③
昨日、カンナがサロンにやって来た。
午前中に、ミナが電話で予約を受け付けたらしい。
ハンドマッサージをしようとした時、カンナの左手の薬指の指輪に気付いた。
前に来た時にはしていなかったはずだ。
アキラからのプレゼントだろうかと思いながら、ユキはなに食わぬ顔でハンドマッサージをした。
「ユキさんは結婚式の衣装、ドレスと白無垢どっちがいいですか?」
カンナに突然尋ねられ、ユキは少し驚いた。
(あれ?私が結婚することは話してなかったはずだけど……)
「やっぱりドレスですかね」
当たり障りなく返事をすると、カンナは嬉しそうに笑った。
「やっぱりそうですよね!真っ白なウエディングドレス、子供の頃から憧れだったんです、私」
「女の子の夢ですね」
カンナは相当結婚願望が強いのか、ウエディングドレスの話をするだけで目をキラキラさせている。
「でもアキくんは、『カンナには白無垢の方が似合うんじゃないか?』って言うんです。ユキさんはどう思います?」
「えっ……?ああ……」
(アキがそう言ったってことは……結婚するってこと?)
動揺しているのをカンナに気付かれないように、ユキは必死で平静を装った。
「どちらも素敵だと思いますよ。お二人で相談なさったらどうです?」
「来年結婚するんです。アキくんから聞いてます?」
「いえ……最近は忙しくて会っていないので……。おめでとうございます」
作り笑いを浮かべて、それだけ言うのが精一杯だった。
自分はうまく笑えていただろうか。
声が震えてはいなかっただろうか。
(アキ……私には何も知らせてくれなかった……)
そんなことばかり考えて、その後カンナと話したことはよく覚えていない。
ただカンナの幸せそうな笑顔を見ると胸がしめつけられて、できるだけカンナの顔を見ないように視線を手元に集中させた。
「結婚式にはユキさんも来てくださいね」
帰り際、カンナは笑ってそう言った。
「もちろんです」
ユキは精一杯の作り笑いを浮かべてカンナを送り出した後、まっすぐ化粧室に駆け込んだ。
個室に入りドアを閉めた途端、涙が込み上げた。
(なに泣いてんの……。アキが結婚して幸せになるんなら、おめでたいことじゃん……。笑ってお祝いしてあげるべきでしょ?)
そう思えば思うほど、後から後から涙が溢れた。
あんなに一緒に笑ったのが嘘みたいに、アキラはどんどん遠くへ行ってしまう。
(私とはもう友達でもなんでもないから、知らせてもくれなかったのかな……。お祝いしてあげることもできないなんて……)
あの夜の言葉通り、アキラは一緒にいてもなんの意味もない自分といるより、この先の将来を共に歩む相手にふさわしいカンナを選んだのだとユキは思った。
ユキは昨日のことを思い出しながら、ベッドの上で仰向けに寝転んで天井を眺めていた。
いつの間にかまた溢れた涙が、こめかみを伝って髪を濡らす。
アキラも、リュウトも、トモキも、アユミも、大切な人と自分の行くべき道を見つけて、前を向いて進んでいる。
大人になりきれず現実から目をそむけているうちに、アキラには突然突き放されて背を向けられ、自分だけが取り残されてしまった。
あきらめきれなかったリュウトへの想いとか、そばにいるのが当たり前だったアキラとの友情とか、何年経っても変わらないと思っていた仲間との時間とか、ずっと大事に胸にしまっていた古いものは、もういい加減捨てるべきなのかも知れない。
(みんな先に行っちゃったな……。ずっと大事にしてたもの、全部なくなっちゃった……。もう大人だから、昔みたいにみんな一緒にはいられないんだ……。私も大人にならないと……)
大人になるのがこんなにつらいのなら、ずっとあの頃のままでいたかった。
将来のことなんか何も考えないで、仲間といるのがただひたすら楽しくて、怖いものなんて何もなかった。
大人になるのは、どうしてこんなに胸が痛くて苦しいのだろう?
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