危険信号 ②
マナブはタカヒコの話を聞きながら顔をしかめた。
(なんだ、こいつ……。さっきから聞いてると、この物件のことばっかりじゃん。結婚するなら、もっと先に話すことがあるだろ?)
「とりあえず手付金として500万くらいかな。ちゃんと契約すれば、それは返済に回るから。あと、それとは別に頭金も500万くらいは入れときたいな」
「そんなに……?」
「オレもかき集められるだけかき集めるから、アユミも少し頑張ってみてよ。足りない分は銀行でも借りられるし」
いくらユキがネイルサロンを経営しているとは言え、どう考えても簡単に出せる金額じゃない。
借金をしてまでその物件を買う価値が本当にあるのだろうか?
マナブは楽しそうにお金の話をするタカヒコの顔を訝しげに見つめた。
(あれ……?なんか見覚えあるような……。誰だっけ?他人の空似か?)
この店の常連なら顔はハッキリ覚えているはずだ。
けれど、なんとなく見覚えがある程度なら、昔に何度かこの店に来たことがあると言う程度の客なのかも知れない。
それとももっと違う所で会ったのだろうか?
マナブはテーブルにフルーツの盛り合わせを置いて、ユキに笑い掛けた。
「いらっしゃい。珍しい人と一緒だね。彼氏?」
「ああ……うん……」
ユキは浮かない顔をしてうなずいた。
「紹介してくれないの?」
「植村 貴彦さん。家具とか雑貨のショップのオーナーしてるの」
結婚すると言う言葉は、ユキの口からは出てこない。
マナブにはどう見ても、ユキがこの結婚に乗り気なようには見えない。
マナブは見事な営業スマイルでタカヒコに挨拶をする。
「ふーん……植村さんね?どうも、ユキちゃんの友達のマナブです。この店のバーテンダーやってます」
「ユキちゃんって?」
「名字が雪渡だからユキ。彼女の昔からのニックネームなんですよ」
「そうなんですね、知らなかった」
にこやかに会話をしているが、この男はどうも胡散臭い。
長い間、カウンター越しにたくさんの人たちを見てきたバーテンダーの直感のようなものが、マナブに語りかける。
「これね、サービス。二人で食べて」
「ありがとう、じゃあ遠慮なくいただくね」
この店にこんな気前のいいサービスなんてあったかなと、ユキは首をかしげた。
マナブはカウンターの中に戻り、腕組みをして考える。
(あの男はヤバイぞ……。誰だったか……よく考えて思い出せ、オレ!)
バーからの帰り道、ユキはタカヒコにマンションまで送ってもらった。
マンションの前でタカヒコと別れて部屋に入り、今日も無事に自宅に戻れたとホッと息をつく。
ストーカーの犯人が捕まってから、気味の悪い電話や手紙、盗撮写真に悩まされることはなくなった。
しかしどこかで見られているかも知れないと言う不安はまだつきまとう。
結局あれからアキラには一度も連絡していない。
犯人を捕まえてくれたお礼もまだ言えていないのに、犯人の供述と被害の内容が一致しない点があると言う不安を、今更アキラに相談することはできない。
タカヒコにはストーカーの件は一度も話したことはない。
普段あまりそばにいないタカヒコに話しても仕方がないし、話すと余計に結婚を急かされそうな気がしたからだ。
結局タカヒコには、いくら集められるかはわからないけれど、できるだけ頑張ってみると答えた。
正直に言うとあんなに高い物件でなくてもいいし、お金が貯まるまでは、お互い今の店舗で別々に頑張ればいいのにとも思う。
新居だって、お互いの店舗の中間辺りに安いアパートでも借りればじゅうぶんだ。
タカヒコが結婚を急ぐ理由も、あの物件で一緒に店をすることにこだわる理由も、ユキにはわからない。
(それでも結婚するってもう返事しちゃったしなぁ……)
まだ何も動き出してはいないのに、もう既に後悔し始めている。
今ならまだなかったことにできるかも知れない。
けれど、この先一人でいる自信がない。
(トモとアユは春に結婚するし、リュウもいずれはハルと結婚するし、アキも結婚するって言ってたし……私だけ取り残されるのはイヤだもんな……)
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