危険信号 ①

 ストーカー犯が捕まってから1週間が過ぎた。

 出頭した日の2日後、ユキの元にまた警察から連絡があった。

 犯人の供述と、ユキが警察に話した被害の内容が若干食い違っているらしい。

 サロンの向かいのカフェからユキの様子を窺いながらサロンに電話をしたり、部屋のドアポストに手紙や写真を入れたりはしたけれど、仕事帰りのユキの後をつけたりはしていないと犯人は言っているそうだ。

 そしてユキが証拠として提出した写真の中に、犯人が『こんな写真は知らない』と言ったものが何枚もあるようだった。

 それは手紙も同様だった。

 そしてもうひとつ気になったのは、犯人はユキの恋人の存在も、アキラのことも知らないと言うことだ。

 マンションで取り押さえられた時に言われた言葉で、アキラのことをユキの知り合いなんだと思ったと犯人は言っていたらしい。

 だったらなぜ犯人は電話で『あの男とは別れたんだね』と言ったのか。

 なぜアキラと写った写真の裏に『浮気は許さない』と書いたのか。

 ユキはもちろん嘘はついていない。

 犯人が少しでも罪を軽くするために嘘をついたのか?

 それとも捕まった犯人とは別に、ストーカーが他にもいるのだろうか?

 ユキはアキラのおかげでやっと安心できると思っていたのに、また振り出しに戻されたような気がした。


 結局ユキは、あれ以来アキラには連絡をしていない。

 アキラがそばにいないと寂しいとか、本当は一緒にいたいとか、アキラの気持ちには気付かなかったのに、今更そんなことを言うのは自分勝手だとユキは思う。

 アキラにはカンナがいる。

 自分にはタカヒコがいる。

 だからもう、アキラには会わない方がいい。

 いつかは壊れてしまう関係なら、もう修復しない方がいいに決まっている。

 こんな寂しい思いをするのは一度きりでじゅうぶんだ。

 散々迷ったけれど、ユキはタカヒコと結婚することを決心した。

 サロンのことは気にかかるけれど、ミナになら安心して任せられる。

 ユキは、優しいタカヒコなら胸にポッカリと穴の空いたような寂しさを埋めてくれるはずだと思うことにした。



 その日の夜、ユキはマナブのバーでタカヒコと会っていた。

 軽い食事をした後、ユキはお酒を飲みながらタカヒコが見つけてきた物件の見取図を眺めていた。


「それで……そろそろ決めてくれた?」

「あ……えーっと……」


 結婚すると返事をしようと思うのに、その言葉はユキの喉の奥に貼り付いたように引っ掛かり、なかなか出てこない。


「オレは早くアユミと一緒になりたい。この物件だって、早く決めないと誰かに先を越されてしまうよ。今は不動産屋にお願いして少し返事を待ってもらってるんだ」


 ユキは自分の知らない間にそこまで話が進んでいることに驚いた。

 結婚はともかく、この物件に関してはずいぶん急かすなとほんの少し怪訝に思う。


「アユミ、もしかしてオレと結婚したくないの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「じゃあ早く返事を聞かせてよ。オレはもうずいぶん待たされてるんだよ?」


 たしかにそうかも知れない。

 タカヒコに結婚話を持ち掛けられてからどれくらい経つだろう?


(それどころじゃなかったもんな……)


 リュウトのこと。

 ストーカー騒動。

 そしてアキラとのこと。

 結婚と言えば人生においての一大事なのに、初恋の人や友達のことが優先なんて、自分の中でタカヒコとの結婚はずいぶん低い位置付けだと気付いて、ユキは苦笑いを浮かべた。


(こういうところがガキなのかなぁ……)



 マナブはカウンター越しに、テーブル席でタカヒコと話しているユキを眺めていた。

 相手はどうやらユキの彼氏らしい。

 さっきからユキは家の見取図のようなものを手に首をかしげたり、うつむいたりしている。


(ユキちゃん……もしかしてあいつと結婚すんのか……?)


 二人の会話の内容が気になったマナブは、皿にフルーツを盛り付け、他の客の注文したお酒と一緒にトレイに乗せて、ゆっくりと二人のテーブルに近付いた。


「アユミ、改めて聞くけど……オレと結婚してくれる?」

「……うん……」


 ユキは蚊の鳴くような細い声で返事をしてうなずいた。

 マナブは動揺を隠しながら、二人の会話に耳をそばだてる。


「それじゃあ、この物件押さえてもいいかな?店の内装はアユミの好みに任せるよ」

「……やっぱりここじゃないとダメ?」

「前も言ったけど……オレは少しでも長くアユミと一緒にいたいから、ここでアユミと一緒に店をやりたいんだ。1階が店舗で、2階が自宅。住居部分も広いし申し分ないだろ?」

「そうなんだけど……。ここ、高いでしょ?」

「手付金と頭金をある程度頑張って払えば、残りの月々の返済はかなりラクになるよ」



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