何かが足りない ③

「じゃあ言うけど……ユキちゃんは、アキくんがいないと寂しいんだね」

「……え?」

「仲良しのお友達と会えなくなるのは、とっても寂しいね。引っ越して遠くに行っちゃったら、もう会えないかもって悲しくなるよね」


 一体何を言い出すのか、ユキはアユミの言いたいことがわからなくて余計に混乱した。


「ちょっと待って……何それ?」

「1年生でもわかるように言ってみた」

「余計にわからないんだけど……」


 アユミは不思議そうに首をかしげる。


「私、幼稚園教諭の免許は持ってないからね。これが精一杯」

「幼稚園って……。普通に言ってくれる?」


 ユキは少し落ち着こうと、ビールを飲んでタバコに火をつけた。

 アユミはそんなユキの様子を見て笑っている。


「つまり……ユキちゃんにとっては、アキくんがいつも一緒にいるのが当たり前だったでしょ?だから急にアキくんがいなくなると寂しいし、何か足りないって感じるんだと思う」

「……うん」

「ユキちゃんはアキくんを友達だと思ってたけど、アキくんはユキちゃんのことが好きだから友達のふりしてそばにいたんだよね」

「そうらしい……」

「同じように宮原くんのことずっと好きだったユキちゃんなら……アキくんの気持ち、わかるでしょう?」


 アユミは通り掛かった店員を呼び止めて、とん平焼きと焼きそばを注文した。

 ユキは立ち昇るタバコの煙をじっと見つめている。


『オレもオマエと同じってことだよ』


 あの日のアキラの言葉がユキの脳裏をかすめた。

 アキラはどんな想いで長い時間を一緒に過ごして来たのだろう?

 アキラはそんなことは何も言わず、いつもそばにいて笑っていた。


「ユキちゃんが思ったのと同じように、アキくんも思ったんじゃない?」

「……うん」


 二人とも、もうあの頃のような子供じゃない。

 どんなに悔やんでも、昔に戻って好きな人に想いを伝えることはできないし、今となっては好きとか嫌いとかで割りきれるほど単純でもない。


「ユキちゃんはどうしたいの?」

「……わからないよ」

「昔、トモくんとのことで悩んで、自分でもどうしていいかわからないって言ったらね……宮原くんに言われたんだ。『それは一人で迷ったり悩んだりしてるからだろ』って」

「リュウがそんなこと言ったの?」


 普段は無駄なことを言わないリュウトが、アユミにはそんな話をしていたことが、ユキにとっては意外な気もした。


「好きじゃなかったら一緒にいたいなんて思わないけど、好きだけじゃどうにもならない事もあるって。一緒にいない時も、どうしてるかなとか会いたいなとか、相手の事考えられるっていうのも幸せだと思うって言ってた」

「リュウのやつ……そんなこと言えるんだ……」


(私にはそんなこと一度も言ってくれなかったのにな……。当たり前か……。リュウとは恋愛の話なんかまともにしたこともなかった……)


 きっとリュウトは、アユミに片想いをしていた自分の気持ちを遠回しに伝えたのだろう。

 好きだと言いたくても言えなくて、でも自分の気持ちを抑えきれなくて。

 その頃のアユミはリュウトの気持ちには気付かずにトモキとのことを相談していたのだろうが、友達の顔をしてアユミを励ましていたリュウトの胸の痛みが、ユキにはわかるような気がした。


「アユ……難しいね、大人になるって」

「うん……難しいね。だからみんな、つまずいたり失敗したりもするし、悩みながら前に進むんだと思う」


 ユキはため息混じりにタバコの煙を吐き出した。

 これまで自分は前に進む努力をしていただろうか?

 この先の人生を決めるのは自分だ。

 いい加減、見ないようにしてきた現実を受け止めて前に進むべきなのかも知れない。


「私……これからでも前に進めるかな……」

「大丈夫だよ。焦らなくても少しずつ進めばいいの。もし失敗したら、次は同じことくりかえさないように気を付ければいいんだから」


 たくさんのことを乗り越えて大人になったアユミの言葉は、ユキの心を温かく包み込んだ。

 どうするのが一番良いのかはわからないけれど、もう一度よく考えて、正直な自分の気持ちと向き合ってみようとユキは思った。



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