何かが足りない ②

「ユキちゃんの意見は聞かずに?それでユキちゃんは何も言わなかったの?」

「どんどん話進められて、言う余裕もなかった。結婚するかどうかもまだ決めてないのに……」

「ユキちゃん、それは早いとこハッキリしないと。サロン云々以前の問題だよ。このままじゃ本当に後戻りできなくなると思う」


 アユミは強い口調でキッパリと言い切った。

 もしかして職業柄そんな物の言い方になるのかと思いながら、ユキはビールを飲む。


「うん……そうなんだけど……」


 歯切れの悪い返事をするユキを見て、アユミは少し笑った。


「ねぇ、ユキちゃん。もしかして……彼との結婚に踏み切れない理由だけじゃなくて、断れない理由もあったりする?」


 思いもよらぬことをアユミに尋ねられて、ユキは少し考え込んだ。


「どうかな……。サロンは大事。彼のことは……結婚したいほど好きかどうか、よくわからない」

「それは結婚に踏み切れない理由だよね。それなのに断れない理由は?やっぱり宮原くんのことが気になる?」


 リュウトのことが気になるかと聞かれ、気にならないと言えば嘘になる。

 けれどユキ自身、リュウトのことはずっと前にあきらめたつもりだった。


「よく考えたら、リュウがロンドンに行ってからこの間の同窓会まで、ずっと会わなかったんだよ。ハルと結婚するって急に言われて戸惑ったけど、私は好きだとも言わなかったんだし……リュウが選んだんだから仕方ないとも思ってる」

「じゃあ……何がそんなにユキちゃんを躊躇させてるの?」


 何が、と聞かれても、ユキ自身もわからない。

 年齢的にも、先のことを考えたら、そろそろ結婚したいと思ってもおかしくはない。

 サロンのことを置いといたとしても、タカヒコとの結婚にあまり気が進まないのはたしかだ。

 それなのに断ることもためらっている。


「みんな結婚してくし……。なんかもう……自分がどうしたいのかよくわかんないんだけど……」


 ユキはビールを飲み干して、通り掛かった店員におかわりを注文した。

 そしてテーブルに並んだ料理に箸を伸ばしながら、違和感を覚えて首をかしげる。


「ん……あれ?」

「どうかしたの?」

「なんか足りなくない?」


 アユミは伝票に書かれているオーダーとテーブルの上に並んだ料理を照らし合わせた。


「頼んだものはみんな来てるよ。何か注文し忘れたの?」

「なんだっけ……」


 ユキはスモークサーモンを口に運んで考える。

 不意に、一緒に居酒屋に来た時のアキラのいつもの言葉を思い出した。


『やっぱとん平焼きと焼きそばは絶対外せねぇな!!』


「あ、とん平焼きと焼きそばだ!」

「そうなの?」

「居酒屋とか行くといっつも、とん平焼きと焼きそばは絶対外せねぇなって言って、アキが勝手に注文すんの。まぁ私も食べるんだけどね。今日はアキがいないから……」


 そこまで言ってユキはハッとした。


(アキがいないから何……?いないんだから注文しなくてもいいのに……何が足りないって?)


 うつむいて視線を泳がせているユキの様子を、アユミは笑いをこらえながら見ている。


「とん平焼きと焼きそば、注文する?」


 アユミがメニューを広げながら尋ねた。


「ううん……いい、要らない。そんなに食べきれないし……両方とも特別好きなわけじゃないもん。いつもアキが勝手に頼むから適当に食べるだけで……」

「そう?それでもユキちゃんは、何かが足りないって思っちゃうんだね」

「……え?」


 アユミは涼しい顔をして、閉じたメニューを元の場所に戻している。


「ううん。習慣って怖いよね。無意識に脳にすり込まれてる感じが」

「ええっ?何それ意味わかんないんだけど!」


 やけに冷静なアユミの口調に、ユキは妙な胸騒ぎを覚えた。


「具体的にいうと、ユキちゃんは意識してなくても、居酒屋に来たらとん平焼きと焼きそばはあって当たり前って、確実に脳に植え付けられてるってこと。だから、それがないと違和感を覚える。違う?」

「アユの言い方、理科の実験の授業みたいでめっちゃ怖いんだけど……。もうちょっとわかりやすくてやさしい言い方にしてくれる?」


 アユミはカクテルを少し飲んで、いつになくオドオドしているユキを見た。


「あ、ごめん。私、今6年生の担任してるから……ついそんな話し方になっちゃって」

「私の頭は6年生以下ってことか……?まぁいいや、私は1年生でいいよ……」

「え、ホントにいいの?」

「うん、いい。わかりやすく言って」


 何がホントにいいのかよくわからないが、このままではスッキリしない。

 ユキはビクビクしながらアユミの言葉を待つ。

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