何かが足りない ①

 ネイルの終わったユキとアユミは、サロンの近くのダイニングバーで食事をしていた。

 ユキはいつものようにビールを飲み、あまりお酒が強くないアユミはアルコール度数の低いカクテルをゆっくりと飲んでいる。


「トモは待たなくていいの?」

「トモくんは友達と会って飲んでるから。後でこっちに来るって」

「ふーん、そうなんだ」


 ユキは運ばれてきたばかりの唐揚げに箸を伸ばした。


「ここの唐揚げめっちゃ美味しいんだよね。アユも食べてみなよ」

「ホント?」


 アユミは箸でつまんだ唐揚げを取り皿に乗せてから口に運んだ。


「ホントだ、すごく美味しい!どんな下味つけてるんだろう?家でもできるかな?トモくんもマサキも唐揚げが大好きなんだよね」


 アユミの仕草はいちいち上品だ。

 そして、美味しいものを食べて、どうやって作るのかとか、大事な人に食べさせてあげたいと考える辺りが、女として自分より数段上だとユキは感心した。


(さすが主婦……そして母親……。女子力とか言うレベルじゃない……)


「今日はマサキどうしてるの?」

「母が見てくれてる。次は連れてってあげるから、今日はばぁちゃんと二人でお留守番しててねって頼んだ」

「そっか、お母さんも一緒に暮らしてるんだね」


 シングルマザーのアユミにとって実の母親は心強い存在だろう。

 しかし母親も子供もいたら、トモキと二人きりになることもままならないのではないか?

 思春期の子供がいるのは何かと気を遣うに違いない。

 それでもトモキはアユミと結婚することを選んだ。

 マサキはトモキとアユミの子供なのだから当然なのかも知れないが、別の選択肢もあったはずだ。


「たまにはマサキをお母さんに任せて、トモと二人で羽伸ばすみたいな?」

「普段は4人で食事したりしてるよ。トモくんはそれも楽しいって言ってくれるし」


 アユミはトモキがいる時の様子をユキに話した。

 トモキはアユミの母親に、ずいぶん大事にされているようだ。

 マサキにも相当慕われているらしい。

 トモキ自身もアユミの母親とマサキを大事にしているのが、ユキにも伝わってくる。


「いつもは二人で出掛けたりはしないから、今日は特別かな」

「特別?」

「マサキも行きたいって言ったんだけど……大人ばかりのところで長い時間いたら退屈しちゃうし、マサキに合わせると早く帰らなきゃいけないでしょ?たまには友達とゆっくり話したいだろうから二人で行っておいでって、お母さんがマサキを説得してくれて」


 アユミの人柄は母親に似たのだろうか。

 ふんわりした見掛けより中身はずっとしっかりしていて、相手を気遣う心の優しい所は昔から変わっていない。


「うわ……アユもお母さんも、めっちゃいい母親だ……」

「私は普通だと思うよ。ユキちゃんもお母さんになれば同じように考えると思う」


 アユミはたいしたことなさそうにそう言うけれど、ユキは将来の自分を想像することができず肩を落とした。


「私、アユみたいなお母さんになれそうもない……」

「なんで?」

「想像つかないもん……。たしかに結婚のこと考えていこうとは言われたけど……私の気持ちが全然そこに向かってないから」


 ユキはタカヒコに持ち掛けられた店舗つきの一軒家のことをアユミに話した。

 アユミはユキの話を聞きながら、時々顔をしかめる。


「コツコツ頑張ってお金貯めて、地元の顧客を増やしてさ。小さいけどなんとか自分のサロン開いて、やっと軌道に乗ってお客さんも少しずつ増えてきて……。あのサロンにはそれなりの思い入れがあるんだよね」

「結婚しても今まで通りに今のサロンで仕事をすることはできないの?」

「彼の住んでる所が少し遠いから、毎日通うのは大変かな」

「中間辺りに新居を構えるとか」

「そうできればいいんだろうけど……。最初からその選択肢はなくて、一緒に店をやろうとしか言われなかった。彼の住んでる場所の近くに良さそうな物件を見つけたとか、そのためにはいくらくらいお金が必要とか具体的な話までされるし……」


 アユミの表情がまた険しくなった。


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