頼って欲しい ③
アキラが腕組みをしてため息をついた時、胸ポケットの中で携帯電話の着信音が鳴った。
「やべ……仕事の途中だった」
アキラは慌てて電話に出ると、不在伝票が入っていたから電話したと言う客の、配達希望時間と配達番号を手の甲にメモして電話を切った。
それから相変わらずカウンターの中でぼんやりしているユキに、今夜迎えに来るから待ってろと言い残してサロンを後にした。
その後、アキラはリュウトの実家の美容室へ荷物を届けに行った。
美容師をしているリュウトの姉の
「ありがと。アキラ、久しぶりじゃん。元気にしてる?」
「元気ですよ」
アキラは伝票を差し出しながら笑う。
ふたつ歳上のルリカは、中学時代にいくつもの伝説を作ったヤンキーの先輩で、美人で強くて優しくて、アキラやユキにとって憧れの存在だった。
ルリカは二十歳の時にシングルで娘の
そのハルも今では高校1年生の、立派な女子高生だ。
ハルは小さい頃から、毎日飽きもせず『ハルが大きくなったら結婚しようね!』と言うほど、リュウトを慕っていた。
独身を貫いているルリカだが、子供を産んで30代半ばを過ぎた今も相変わらず美しい。
「そうだ。今日の夕方、リュウト帰って来るよ。アキラ、寄ってみる?」
ルリカはサインをした伝票をアキラに差し出しながら微笑んだ。
「リュウ、帰って来るんですか?会いたいな。でも急にいいんですか?」
「リュウトには私から言っておくから。適当に離れに行ってやって」
庭の離れがリュウトの部屋になっていて、昔からよくそこに集まって遊んでいたことを思い出したアキラは、懐かしさが込み上げて笑みを浮かべた。
「わかりました。仕事終わったら寄ります」
アキラは美容室を出て、配送車に乗り込んだ。
昔から仲の良いリュウトに会ったら、少しはユキの気も紛れるだろうか。
アキラは営業所に戻ってから、いつもより少し早めに仕事を切り上げられないかと、ユキにメールを送った。
今日はミナがユキの代わりに閉店まで残ってくれるらしく、6時頃にはサロンを出られると返信があった。
アキラはその頃に迎えに行くと返信をした。
(マナもリュウに会いたがってたし、みんなでマナんとこに飲みに行くか。トモにも会えたらいいんだけどな)
夕方になり、仕事を終えたアキラがサロンに足を運ぶと、帰り支度を終えたユキがカウンターの中でぼんやりと座っていた。
「おっ、もう出られんのか?」
「うん。ミナが早めに上がらせてくれた」
「よし。じゃあ、行くか」
ユキは客にネイルを施しているミナに声を掛けた。
ミナはユキにお疲れ様と挨拶をしてから、アキラに目配せをした。
(あー、ユキを頼むってことか?)
アキラは軽くうなずいて、ユキと一緒にサロンを後にした。
サロンを出て、二人で並んで歩いた。
ユキは無言で肩を落として歩いている。
ユキが少しでも明るい気持ちになれたらと、アキラはわざと明るい表情でユキの背中を叩いた。
「ユキ、今日は気晴らしに飲みに行こう」
「うーん……でも……いいの?」
「似合わねぇ遠慮なんかすんな、バカ」
アキラが笑ってワシャワシャと頭を撫で回すと、ユキも乱れた髪を手櫛で整えながら笑った。
「やめてよ、髪グチャグチャになっちゃったじゃん」
「おう、最高に似合ってんぞ」
「嬉しくねぇわ、バカ!」
ユキがほんの少しいつもの元気を取り戻したことが、アキラにはとても嬉しかった。
「マナの店に寄る前に、行くとこがあんだ。ちょっと付き合え」
「ん?別にいいけど……」
ほんの一週間ほど会わなかっただけなのに、アキラはユキと二人で並んで歩くのは久しぶりのような気がした。
アキラにとって、遠慮なく軽口を叩き合える相手はユキだけだ。
ユキが自分のことを友達としか思っていないことはイヤと言うほどわかっているけれど、それでもユキとの関係は壊したくない。
友達でもいい。
ずっとすぐそばにいて、一緒に笑い合えたら、それだけでいい。
お互いに別のパートナーがいたとしても、ユキと笑って会えなくなるよりは、ずっとましなはずだとアキラは思った。
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