第3話 化学反応は未知数
「そうか。お父さんたちがお見えになるのか」
家族がやってくると言う事を保住に伝えたら、面倒な顔をされると思ったので肩透かしだった。すっかり寝る支度を整えてソファに座っていた保住は、田口の話を聞くと笑顔を見せる。
「すみません。今週末は忙しいです。そんな時期に。あの。勝手に回らせます。どうせ、温泉に宿泊するみたいだし」
「そんな冷たいことを言うものではないぞ。金曜日に来られるのだろう? 土曜日はイベントの準備があるが、お前が抜けても特に問題はない。あらかたの準備はできているし。日曜の本番は出てもらうと助かるが、それに関しても、三人になったところで問題はなかろう」
田口は寂しい気持ちになった。なぜか邪魔者みたいに扱われているように受け取ってしまったからだ。そんな田口の気持ちを察するわけもない保住は続ける。
「土曜はお前もその温泉に宿泊してきたらどうだ。家族水入らずでいいではないか。どうせ一人ぐらいだったら、今からでも部屋が取れるのではないか」
梅沢市内にはいくつかの温泉地がある。市役所内に「温泉地」の活性化を目的とする部署が新設されたばかりだ。お盆時期はなかなか予約が取れないだろうが、夏休みも終わりの八月末の週末だ。確かにそう混み合っているとは思えなかった。しかし、そう言う問題ではないのだ。
「あの」
「なんだ」
「さ、寂しいことを言わないでください」
「へ?」
田口は顔を真っ赤にして、精いっぱい意見を述べる。保住は目を瞬かせていたが、吹き出した。
「泣くなよ」
「な、泣いてなんていませんから」
田口は目元をごしごしと拭いた。なんだか突き放されたみたいで嫌なのだ。保住はやっと田口の気持ちを汲んだ様子で、濡れたような瞳を細めて笑顔を見せた。
「銀太。おれの前では地元の話し方をしてもいいんだぞ」
「急に言われて出来るものでもありませんけど」
「そう? 少しなまっているようだが」
「保住さんの気のせいです」
話が逸れているのは、保住の意図するものがあるからだろうが、田口はそれどころではないのだ。必死に保住を見つめ返す。彼は床に座っている田口の頭をポンポンと撫でてくれた。
「お前を除け者にしたいわけじゃないのは、わかるだろう? せっかく親御さんたちがお見えになるのだ。時間を取れ。お前は親孝行をしないと」
「わかっています。でも」
それはわかるのだ。保住の父親はいない。彼は自分は親孝行ができないと言っているのだろう。だが違うのだ。田口が言いたいのは——そう思っていると、ふと保住はなにかを思いついたようで、スマホを持ち上げ、誰かに電話をし始めた。
「もしもし。おれ。そう。こんな時間にって言われても、仕事していたんだから仕方ないだろう」
慣れた口調で相手が誰だかは容易に想像がついた。
「あのさ。今度の土日、どこか時間取れないだろうか? 銀太のご両親たちが梅沢にお見えになるのだ。だが残念なことに、おれたちは仕事なのだ。——そうそう。そういうこと。だって、母さん、向こうのご両親にお礼したいっていつも言っているじゃないか。ちょうどいいじゃない」
保住の電話の相手は、彼の母親だ。しばらく相談をしていた保住は電話を切った。
「いいって。これで安心だろ?」
「え?」
「母さん、週末は暇だから。梅沢観光任せた」
「い、いいのでしょうか」
「いいだろう? どうせ。みのりも暇だし。金曜日はこちらに到着後は、温泉に直行してもらって、土曜日の昼前から夜までを保住家が預かる。夜はお前が泊れば水入らずだ。日曜日も母さんが観光しながら食事して面倒みてくれるって」
「保住さん……」
「日曜日は何時頃、お帰りになるのかだな」
やはり頼りになる男だ——と田口は泣きそうな情けない顔で保住を見つめていた。
「そんな顔するな。保住家と田口家が出会って、どんな化学反応が起こるのかは未知数だが。それが一番の方策だろう? 母さんもみのりも、接待の技にかけたら右に出るものがいないくらい気配りできるはずだ。心配するな。失礼のないようにするから」
「そういう問題ではなくてですね。ご迷惑ばかりってことです」
「そんなことない。むしろ保住家のほうが世話になっているのだ。赤の他人のおれを、あんなに優しく受け入れてくれるご家族だ。感謝しきれない」
なんだか一人で右往左往していたのが、バカみたいに思えてくるのは気のせいではない。田口は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「気を遣うなよ。保住家も十分世話になっている。祖父もお前のこと気に入っていて、いつも連れてこいと言う。この件が落ち着いたら、今度はそちらで世話になると思うから。貸し借りなしだな」
「わかりました。大丈夫です」
二人は顔を見合わせた。これから嵐みたいなことが起こるかも知れないと言うのに、田口にとったら二人でいられる幸せのほうが大事なのだった。
不安はいまだに拭いされないものだが、やはり保住がいてくれるだけで、なんとかなるのではないかという安心感に浸れるのだった。
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