09 気味の悪い男たち



 澤井の車に乗せられてやって来たのは、梅沢駅から少し離れた路地裏にある料亭だった。

 和風の立派な門構えのそこは、保住のような若い男が安易に出入りできるような雰囲気ではないということは、鈍感な彼でも理解できた。

 近くの指定駐車場に車を入れてから、連れ立って門をくぐると、中は日本庭園が広がっている。ところどころに設置されている橙色だいだいいろの照明が目に優しかった。


「来たことあるか」


「あるわけないじゃないですか」


「だろうな」


 わかり切っているくせに、保住をからかうように言葉をかけてくる澤井が腹立たしい。しかもそれについて食って掛かるようなことを言っても、彼は相手にするほどでもないとあしらわれるだけだ。


 自分で声をかけといて、適当にあしらうような物言いは、更に保住の疲れた心を苛立させた。


 すっかり子供扱いなのだろう。本当に面白くないという気持ちが顔に出ているというのに、澤井は軽く笑うばかりでさっさと玄関から中に入った。


 和服姿の上品な女性が出迎えた。保住はこういう場所に慣れていないのでよくわからないが、さしずめ「女将」というところだろうか。


「こちらでございます。澤井さん」


 上品な物言いの彼女に案内された部屋には、先客がいた。


「遅くなりまして——申し訳ありませんでした」


 いつも横柄な態度の澤井が妙にしおらしい。それだけの立場の相手ということか。保住はそう理解した。


「おれたちが早く来た。問題ない。入れ」


「は、失礼いたします」


 襖戸を開けると、中には中年の男性が二人、日本酒を煽っていた。澤井に倣って頭を下げていた保住は、彼の視線に気が付いて中に入る。


「すまないね。先にはじめていたよ」


 痩躯の男と中肉中背の男は五十台だろうか。痩躯の男は白髪交じりの少し薄くなっている髪をぺたっと撫でつけていた。神経質そうな顔色の悪い顔をしていた。

 もう一人の男は、見た目は中肉中背だが、よくよく見ると腹が妙に出ていた。酒を好んで飲んでいるタイプの体型と言えよう。

 どちらも澤井よりも年上で、その存在感は彼を上回る。それだけ立場が上にいる人間だということは見た目だけで理解できた。


 彼らは保住が顔を上げると、上から下まで舐めるように視線を寄こす。気味が悪いと思った。なぜ自分が連れてこられたのかわからなかったが、この二人に自分を対面させるという意図は読み取れた。


「保住だね」


「ああ、保住だ」


 一通り値踏みを終えたのか、二人は視線を見合わせた。


 ——保住だねって。おれは保住だ。それがなんだ。


 保住は内心むっとするが、そういう気持ちを隠すのは得意らしい。なにも考えていないような表情のまま澤井の隣に座ったままじっとしていた。そうすることが賢明であると感じ取ったからだ。


「保住です」


 澤井は取って付けたようにそう言った。


「紹介されなくてもわかる」


「そっくりだ」


 それを受けて、澤井は逆に二人を紹介した。


「総務部次長の大野さん。こちらは、財政部次長の添田そえたさん」


「新人だったね」


「澤井くんのところに配置してよかったな。吉岡のところにやっては……後が悪い」


 ——なにが?


 保住には一切、話が見えない。二人は澤井を見ていた。


「どうだね。中身は」


「そうですね。比較的、似ていると思います」


「なるほど」


「使えそうか」


「これからのしつけしだいでしょう。まだまだ暴れ馬だ」


 それは自分のことだろうと認識し、黙って三人のやり取りを眺める。


「キミにそれができるかね」


「——やってみせましょう。そのためにおれのところに配置されたのでしょう?」


「そうだ」


 大野は頷く。


「二の舞は困る。何事も最初が肝要。おまえなら信用できる」


 添田も同様に頷いた。


「しかし、本当に似ているな」


 ——なにに? 似ているとは……死んだ父親か。

 

 そこではじめて話の筋が見えてくる。主語がわかれば内容が理解できるのだ。この男たちは、死んだ父親と保住を比べているようだった。


「澤井くん。君にかかっている。過ちは許されない」


「承知しておりますよ」


 目の前に出されたお猪口で日本酒を煽る。ここでは口を開くのは得策ではないと、頭のどこかで判断する。

 しかしそれを「お前も組織人に成り下がって、情けない」と見ている自分もいる。自分の脳内の反応を認知している作業に没頭したいのかもしれない。

 この気味の悪い、主語のない会話で楽しんでいる男たち。その主語は自分や父親なのか。こんな話を自分に聞かせるために呼んだのか? 失礼甚だしい限り。あまりの失礼さに開いた口が塞がらないとはこのことだと思った。


 できるだけ耳に入れないように。ともかく目の前の酒に集中した。ではないと、文句の一つでも言いたくなるからだ。


 おかしな話だ。ここで文句を述べたら「澤井が困るであろう」と考えてしまっているのだ。

 これでは自分らしさが失われているのではないか? と疑問を持つが、その場に見合った振る舞いができるようになったという自負の気持ちもあった。


 しかし一体、こんな狸たちの会合にどのくらいの時間付き合わされるのか。保住にとったら数十分が数時間にも感じられるような会合であった。




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