第9話 うさぎとくま
お弁当を買って事務所に戻ると、保住はいなかった。
「高梨さんに呼ばれて緊急の打ち合わせだってよ」
——またあの風船男。保住さんに馴れ馴れしいから嫌だ。
結局、お弁当を安齋に押し付け、自分はある程度の仕事をこなしてから先に帰途に就いた。ぬいぐるみをさっさと持ち帰って、どうするのか検討しなければならないからだ。ここ数日、保住が「ぬいぐるみ」という単語に反応するのが気がかりでならない。好きなら好きと教えて欲しいからだ。
自分で購入してしまうと後始末に困ると思い、こうして大堀から借り受けたぬいぐるみを見せて、保住のリアクションを確認したいのだが——。
「さて、どうしたものか」
車に置いておいても仕方がない。しかし自宅に持ち込んでどうだろうか?
彼はどんな反応を示すのだろうか? 「なんだこれは」と言われたら、「好きか確かめたかった」と正直に理由を述べたほうがいいのだろうか? それとも、なにか誤魔化した方が良いのだろうか?
さまざまなことを悩んでいると、時間は刻刻と過ぎていく。高梨との打ち合わせがどの程度のものかわからない。もしかしたら思ったよりも早く帰って来るかも知れないし、遅いかも知れない。ともかく車からぬいぐるみを下ろして、自宅に運び入れることに決め、アパートから出て駐車場に向かった。
そして後部座席を開きぬいぐるみを掴んだその時——。
「なにをしている?」
後ろから声がかかる。
「あ……おかえりなさい」
うさぎをぎゅっと握っている手が緊張した。
「ただいま」
堂々と挨拶をした保住は、田口の側に来て巨大なうさぎのぬいぐるみをぼけっと見つめていた。
「なんだ、これは?」
「あの。大堀から、少し預かって」
「どういうことだ?」
「えっと。あの。グ……グッズ。グッズの作成の参考にと」
「そんな話、聞いていないな」
おろおろとしている田口の戸惑いを、運ぶのが大変だと理解したのか。保住は手を伸ばしうさぎを抱えた。
「運ぶのを手伝おう」
「あ、えっと。ありがとうございます」
彼はそっけなくうさぎを抱え上げて歩き出す。
「あれ?」
反応が薄いようだ。
——好きじゃない? かわいいって言わないのか? 好みのぬいぐるみではないのだろうか。
田口は小さいくまも連れて、車を施錠してから自室に戻った。
「疲れた……」
保住は大きいうさぎを床に放り出すと、その上に横になる。
「おお、これはちょうどいいな。寝心地がいいぞ」
「あの。大堀のなんですよ」
「ああ、そうか。人のものを潰しては悪いな」
彼は苦笑いをしてから、うさぎを抱き起してソファに座らせた。
「それにしても大きいな」
「そうですね」
「そっちもぬいぐるみか」
「はい」
田口は小さいくまを保住に渡す。彼の反応を確認したくてそっと盗み見るが、彼はあまり表情が変わらない。
「ふむ。このぐらいの大きさがちょうどだな。そっちのうさぎは少々大きすぎる」
「そうですかね」
うさぎをじーっと見つめていた保住。ぼんやりといていた表情だったが、ふと目が輝く。
「保住さん?」
「は! なんでもない。別に。風呂に行ってくる」
「ええ。あの、夕飯は?」
「いらない」
彼を見送って田口は首を傾げた。彼の反応が読めない。ぬいぐるみにはあまり明らかな反応がなかったのに。
——最後のあれはなんだろう? 不可思議。それに体調が悪かったって。
「……一緒にいるのに。おれは、保住さんのことをまだまだ知らないのだな」
田口は大きくため息を吐いた。
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