第2話 他人には入り込めない関係性



「お前にはお前の考えがあると思うが、今回ばかりは辛抱しろ。おれは易々と保住を潰す気はない。テコ入れはする。だがメンバーチェンジはするつもりはない。このメンバーで祭りは乗り切らせる」


 彼に見据えられてノーと言える男はそうそういないだろう。案の定、佐々川もため息を吐いてから首を縦に振った。


「承知しました。引き続き見させていただきましょう」


「そうしてくれ。助かる」


「おれのような男を頼りにしてくださるんですか? 嬉しいな」


 彼はにこっと笑みを浮かべると腰を上げた。


「それでは失礼いたします」


「ああ、頼んだ」


 佐々川が出て行った扉を見つめて、澤井はその場に座っていた。


 ––––副市長は、彼なりに心配をしているのだろうか。


 そんなことを考えながら時計を見てハッとした。


「副市長。保住室長がいらっしゃる時間です」


「そうか」


 澤井がそのままの格好でいると、時間ぴったりに保住が顔を出した。


「よろしいでしょうか」


「どうやら四苦八苦しているようだな」


 佐々川と話しているときとは違った声色は柔らかい。この三ヶ月で天沼は澤井のことをよく理解してきていた。

 彼の業務は多岐にわたり、庁内すべてのことに気を配りつつ、市長の相手もするというものだ。並大抵の精神力では務まる立場ではない。お飾り的な市長とは訳が違うのだ。


 その彼が唯一声色を和らげて冗談をいう相手が彼だ。


「選ばれし者と言われると聞こえはいいが荒くれ者ばかり。やはり田口を連れて行ってよかったな」


 ––––田口。


 澤井と保住の会話には『田口』がよく登場する。どういうことなのだろうかと考えていると、澤井は佐々川からの情報を含めた話を切り出した。


「あちこちから苦情が上がっているぞ。特に安齋だな」


 本来なら嫌な話題であるにも関わらず、澤井はニヤニヤとして、保住を揶揄からかうように話す。


「お前は甘いからな。いつまでも遊ばせておくな」


「承知しております」


「おれのところに連れてきてもいいが」


「もう少し様子を見させてください。なんとかします」


「なんとかなればいいがな。本来の業務に支障を来されると困る」


「それは心得ております」


「しかしいいザマだな。愉快、愉快。お前が苦労している姿はおれにとったら楽しくて仕方がないぞ」


 ––––嘘ばかりだ。本当は心配していることを知っている。


 澤井が笑うのを見て、保住はそれを真に受けているようだ。ムッとした顔をして澤井を睨んでいた。


「どう思われようと勝手ですが」


「確か明日はその安齋の企画を見せてもらう予定だったな」


 予定の確認のため天沼に視線をくれる澤井を見て頷いた。「同意」という意味だ。保住もそれに釣られて頷く。珍しく彼の表情は固かった。


「ええ。そうです。明日、二人で参ります」


「ぶん殴ってでもしっかりした企画書出させろ。クズなんか持ってきたら承知しない」


「あなたのような上から押さえつけ型指導は好きではありません」


「そうか。お前のやり方はおれに似ていると思うがな」


「自覚しておりません」


「理解していないのはお前だけだ」


 佐々川との話では深刻で心配をしていたはずなのに、保住の前ではそんな素振りは一切見せないというのか。

 澤井はにやにやとしたまま保住をからかう。澤井が一番信頼して、一緒にいることを楽しむ人間は––––彼だ。


「田口を潰すなよ。あいつ。繊細だ」


「……わかっています」


「だからここに寄越せばよかったのに」


「天沼の前で失礼なことを言わないでください。そして、定期報告に移ってもよろしいでしょうか」


「そうだったな。さっさと報告しろ。無駄話で後5分しかないじゃないか」


「無駄話を持ち掛けてきたのはあなたですよ」


 最初入ってきたときよりも、表情が柔らかくなった保住の横顔を見ていると思う。


 ––––保住も保住で澤井のことを信頼しているのだ。彼から安心感を得ているというのだろうか?


 この席にいると色々なことがみえ、色々なことが理解できた。最初は嫌々だったのに、三ヶ月が過ぎ天沼は今の仕事に面白味を感じていた。







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