第4章 プライド
第1話 従順な部下
「失礼いたします」
ノックの音が響いてから扉が開かれた。相手はわかっている。先程、澤井が呼びつけていたからだ。天沼は頭を下げた。
「悪いな。忙しいところ」
澤井は書類をテーブルに置くと、応接セットに移動した。呼び出された相手も促されるように、澤井の向かい側に座った。
「どうだ。
観光部観光課長の佐々川は渋い顔をした。
「なかなか苦戦しているようですね。なにせ全く言うことをきかない『じゃじゃ馬』たちです。さすがにあなたの愛弟子でも大苦戦ですよ」
「そうか。想定していたことではあるのだが」
澤井は腕を組んで背もたれに持たれた。
「副市長はどこまでが許容範囲なのでしょうか? おれには計り知れませんね」
佐々川は弱ったように笑みを見せた。
「まだ余力はある。仕事は滞りなく進んでいる」
「滞りないと言うには語弊がありませんか? なかなかどうして。安齋という職員の独走ぶりにはうちの職員たちから不満が上がっていますよ」
「観光部だけではない」
澤井が視線を寄越したので、自分の出番であると理解し天沼は口を開いた。
「財務部、総務部、市民部からも苦情が上がっております」
「それで野放しですか? 一応、副市長の直轄なのです。あなたがテコ入れをしても良いかと思われますが」
「おれはお前の意見を聞きたくて呼んだのではない。報告を聞きたいのだ」
澤井がとがめるように言い放ったので、佐々川は黙ってから言葉を改めた。
「申し訳ありませんでした。出過ぎたことでしま。ではご報告です。安齋は先ほどの通りです。他部署からの苦情の度に保住が個別に対応しているようですが、あまり改善はありません。大堀はよく一人で話をしている様子があり、仕事が一番遅いですね。これも当初から変わりませんが、ここのところは安齋との口論が増えているようです。二人の口論に田口という職員が割って入っているようですが治るというよりは逆に大騒ぎになっているだけのようです」
彼は大きく息を吐いてから澤井を見た。
「結論を言わせてもらいますと、保住にはあの三人を束ねるのは無理であると思われます」
「お前の考える改善策は?」
「そうですね。正直に申しますと、どこの部署にいても使いにくい奴らばかりです。能力は高いのかもしれませんが、組織人としては不適格者––––とでも言っておきましょうか。おれでしたら人事の組み直しをいたします」
「組み直しか」
「ええ。命令違反を繰り返す職員を置いておけるほど、呑気な部署ではありません。かえって足手まとい……」
佐々川の見立ては厳しいようだが、現実なのかもしれない。そんなことを考えていると、ふと澤井が天沼を見た。
「
––––おれが?
動揺している自分を自覚しながらも天沼は首を横に振った。
「あの三人が苦戦している部署で、おれが務まるとは思いませんが。そうおっしゃるのであればそのようにいたします」
天沼の回答に澤井は満足したように口元を歪ませた。
「組織にはお前みたいな人間が必要だ。野心もなく、ただ上司に忠実。ただしお前はトップにはなれない」
「承知しております」
––––やはりおれでは務まらない部署だ。おれのいるべき場所はここ。
「天沼は本当に適任。副市長、よかったですね」
「そうだな。保住が選んだ。あれはあれで人を見る目は持っている」
「ですが」
「佐々川」
澤井は佐々川をじっと見据えた。
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