大学生と新刊

「まもなく開場なので各ブース配置についてくださーい」


 会場のスタッフさんが声をかけるとサザンドラも含め一斉に会場の空気が変わった。 みんな笑顔ながらもピリピリとしているのを肌で感じる。


 俺は息を飲み、これから来るであろう何万人ものお客さんのため気合を入れた。


「いよいよね。 海竜先生、打ち上げは目いっぱい楽しみましょう」

「え、そんなに、」


 と言いかけたところで会場の合図があり、人が雪崩のように入ってきた。 絶え間なく入ってくる人と各ブースに次々と行列ができていくのに俺は気後れしていた。


 まるで戦場のような様子だが俺は覚悟を決めブースの前に出る。


「おはようございますー! こちらサザンドラです! 新刊いかがですかー!」


 精一杯の声を出しアピールする。 すると数人、やがては十数人と立ち止まってくれるようになった。


「あの、もしかして海竜先生ですか?」

「はい! そうです!」


 新刊を買ってくれた女性に声をかけられ返事をすると女性は俺の手を握って、


「大ファンなんです! サインもらってもいいですか?」

「いいですよ! 新刊でいいですか?」


 買ってもらった新刊の裏表紙にサインを書く。 ちゃんと名前も書いたので転売される心配はないだろう。


 俺が海竜だということが広まったのかいつの間にか俺は大勢の人に囲まれていた。


「え、本物!?」

「てか可愛いんだけど! 本当に男なの!?」


 など様々なヤジが飛んでくる中、俺は次々と売れていく新刊にサインを書きまくっていた。 途中からはほとんど覚えておらず汗だくになっているところを日向に保護された。


 ブースの裏に回り、パイプ椅子に腰を下ろすと疲れがドッと体にのしかかってきた。


「少しは休憩しないとぶっ倒れるわよ?」

「悪いな。 思ったより人が多くて抜けるタイミングを見失った」


 日向が差し出してきたお茶を一気飲みすると少しは疲れが消えた。


 時間を確認しようとスマホを見るとツイッターのアイコンのところに九百九十九と表示されていた。


 俺は本の感想などにいいねをするため特定のハッシュタグに通知が来るようにしていたのだが…… こんなになるとはな……


「さっきから海竜先生ファンがすごいわよ。 ほんと流石としか言いようがないわ」

「売り上げに貢献できたのなら俺は満足だよ」


 さて、休憩もできたことだしそろそろ戻らないとな。


「海竜先生、無理しちゃダメよ」

「締め切り前よりかは楽だよ」


 あと、担当さんの鬼ぶりに比べればな……


 俺は場所を変え、ブースの会計側へ回った。 そこでは話すなら十秒以内と書かれた紙が貼ってある机に座り新刊を売っていく。


 お客さんはちゃんと十秒を守ってくれて意外と早く回転していた。 ちらっと時計を見るともう昼の十二時になっていた。


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