第129話 Summer Vacation

 ……目の前の少女が、俺にほほえみ掛ける。いや、この声……1人しかいない。

 キャスケット帽に、伊達メガネ。見た目は大分変わったが、1人しかいない。

 ……忘れもしなかった。忘れることが出来なかった声。

 ……救えなかった。救いたかった声。


「……こんな時、どうすればいいんだろうね。なんて声を、かけるべきだと思う?」




「奏多君」


 ・

 ・

 ・

 東京から神奈川、目的の場所へ、電車、送迎用のバスで合計1時間30分ほど。


「海だ!う~みだぁ~!」

「本当だ!海だ!久々に見た気がするな!」

 ……海が見えるたびに騒ぎすぎだ。梓も、すずも。


「みなさん、騒ぎすぎですよ!海を前にして……」


 キラキラ


「そんなテンションを上げて、どうするんですかっ!」

「お前もな……」

 送迎バスの車内は、どこか和気あいあいとした雰囲気だ。


「で、今日泊まる旅館は、もうすぐ見えて来るのか?」

「そうですね。あと5分ほどで到着するはずです。楽しみですよね!青柳先輩も!」

「……え?う、うん」

 凛はまだ、あまり純粋に楽しめていない様子だった。


「……」




 ついた場所は、昔の情緒を残す和風の小さな民宿だった。早速麻沙美が玄関の扉を開けると、そこには昔ながらの着流しを来た白髪の老人がいる……


「……」

 って、いやいや、どう見てもカタギじゃない見た目じゃないか!?なんか頬に傷付いてるし!?


「こんにちは。晴信おじ様!」

 と、笑顔で麻沙美が言う。お前、よく恐怖も何もないな……


「お前たちが……麻沙美の言っていた……歓迎しよう。ようこそ民宿{深緑園}へ」

 その威圧感に、全員がすくみ上がる。


「おじいちゃん!ま~た初対面の人たちにそんな威圧感放って!ダメだって言ってるだろ!」

 背後から銀髪の男の子が飛び出す。……男の子……だよな?中性的な顔してるし、メガネかけててよくわかんなかったが……


「……」

 そんな事言ったところで、この見た目のご老人だ。すぐさま態度を軟化させるわけ……


「いっやぁすまないね。この深緑園を貸し切りで使ってくれるってお客さん自体が久しぶりだったから、どうやってふれ合えばいいかわかんなくってさ!怯えさせたならごめんね!」

 ……ん?


「自己紹介が遅れたね。ワシの名前は朝比奈 晴信(あさひな はるのぶ)。そしてこちらのメガネをかけたのがワシの息子の朝比奈 遼太(あさひな りょうた)だ。遼太、挨拶をしなさい!」

「うん。……朝比奈 遼太です。今日はこの深緑園にお越しいただきありがとうございます」

 深々と頭を下げる、遼太と呼ばれた男の子。


「詳しくは麻沙美ちゃんから聞いてるよ。ここは海もあるしー、オシャンティーな思い出を作るにはうってつけだよ!オーシャンだけにね!」


 ・ ・ ・


「うん!100点満点中250点!なにせ、海もあるしーって、シーともかけてるからね!」

 『0点だバカ!』とは言えないので、何とか作り笑いを見せる。


「もう、おじいちゃん……皆さんのお部屋へご案内しますね。えっと……」

「灰島 奏多だ。灰島って呼んでくれて構わない。俺も朝比奈……いや、遼太って呼ぶから」

「わかりました。では灰島さんはのちにお呼びするので、少しだけ待機してもらえますか?」

「わかった」

 ちょっと待て。待機ってことは……この晴信さんと同じか……

 そうこう思っているうちに、女性陣はみんな遼太に連れられ、民宿の奥へ向かっていく。


「いやいや、賑やかな子たちだねぇ」

「ま、若干やかましいくらいですけどね」

「麻沙美ちゃんが言っていたよ。とても賑やかで、とっても落ち着ける場所だって。麻沙美ちゃんの友人として礼を言うよ。手を出してくれ」

 手を……?俺は両方の手のひらを晴信さんの前に、そっと出して……

 その上に、何か置かれた。サラサラとした何か……か?

 いや、白い何かで、サラサラした何か。ひとつしかない。


「感謝感激、ありが{糖}ってね!はっはっはっは!」

 ……頼む。


 早く俺を案内してくれ……


「……」

 と言いつつペロっとなめてみた。……とても甘かった。


 それから遼太に部屋に連れてこられる。中は意外と広かった。ここを俺1人で使っていいんだろうか……窓の外からは海も見える。


「いいのかよ。ここ使って」

「いいですよ。麻沙美お姉ちゃんが、普段お世話になっているお礼です。と言っても、逆にこれくらいしかやれることがないんですが」

「そんなの、言われるべきは俺だって。まぁ、ありがとな」

 お礼を言うと、遼太は喜んだ様子で、部屋を後にした。

 先に案内を終えた女性陣が海に向かっている頃だろう。俺はとりあえず水着に着替え、部屋を後にすることにした。




 海岸にやってくると、意外と日差しが強い。まぁ、もう7月も下旬だからそれはそうか。


「……」

 奮発して買ってみた動きやすい水着だが……それにしても俺……体つきがヒョロヒョロだな……まぁ、だからこそ体育が苦手なんだが……


「お~い!」

 背後から梓の声が聞こえた。振り返ると……


「っ!?」


 赤いビキニの梓。黒いパレオ付きビキニの麗華。緑色のフリルの付いたワンピースの麻沙美。その3人が視界に飛び込む。

 ……こんなこと言うのもなんだが……眼福だ。水着を買ったのは知っているが『当日までのお楽しみだよ!』と梓に言われてたからな……

 と、同時に違和感。


「凛とすずは?」

「あ~……りんりんとすずっちはね……?」

「「う、うう……」」

 2人ともバスタオルのような物を巻きながら、ふるふると体を震わせながら歩いてくる。

 

「あんな感じなの」

「む、無理だよ……い、いざ、みんなに見せようと思ったら、恥ずかしくなってきて……」

「以下同文だよ畜生」

 恥ずかしがる2人に……


「青柳先輩も白枝先輩も、もはや遠慮することは何にもないですよ!」

 麻沙美が接近。そして素早く背後に回り込み、バサッと巻かれたバスタオルを脱がす。


「ひゃあ!」

 驚いた凛と、一瞬の出来事過ぎて何が起こったかどうかもわからずその場に立ち尽くすすず。

 凛はゆかりさんから送られたと言っていた白の競泳水着。すずは黄色いセパレート。なんだ。かわいいじゃないか。

 それにしてもすずの体つき、本当に筋肉ついててなかなかいい体してるな……そう思っているうちに、


「……」

 ようやく思考が動き出したすずは、俺の方を見て、そして自分の姿を見て、


「ひぃっ!」

「遅っ」

 慌てて胸を隠す。……胸もともとセパレートの水着で隠れてるのに?


「も~、買う時はノリノリなのにいざ水着に着替えるとなったら怖気づいちゃって!りんりんもすずっちもノリの心臓だよ!」

「それを言うならノミの心臓な」

「だ、だ、だって……」

 凛が言う。凛の視線の先には……


 ばいーん(梓)。ばいーん(麗華)。


「……」


 しゅーん(凛)


「私の戦闘力は3だもん……」

「む、胸が大きいのが全部じゃないよりんりん!」

「そ、そうです青柳先輩!すべてが胸で決まるわけではないですからぁ!」

 必死で励ます梓と麻沙美。そして……


「……」

 なんだよすず、その『よかった!仲間がいた!』顔は!

 覚悟を決め、5人が横並びになる。こうしてみると何と言うか……壮観だな……こんな光景、テレビでも最近あまり見ないぞ。


「で、どうかな?奏多君」

「え?どうって?」

「あたしたちの中で、誰が1番似合ってると思う?その……水着の感じ」

 聞いておいて、自らも顔を赤くする梓。さすがに聞くとなると恥ずかしいようだ。その梓を見ながら俺は言ってみる。


「みんな似合ってると思うけどな。そもそも、遊びに来たのに見た目で優劣をつけるのはおかしいだろ?」

 それを聞くと、5人が五者五様のリアクションを見せる。照れる凛、にこりと笑う梓、ありがとうございますとうなずく麻沙美、凛と同じように照れる麗華、


「……ほ、本当、か?」

「本当だって。わざわざ嘘付く意味もないだろうが」

「……」

 すずは、何か頭から蒸気を出したかのように、瞬間的に顔を赤くした。


「わ~!?すずっち~!」

 まるでエサを待つコイのように、口をパクパクと動かし、そのまま動かなくなる。そんなに見た目を褒められた事が嬉しかったのか……


「……」

 そう言えば、先ほどから麗華は何ひとつ言葉を発していない。どうしたんだろうか?


「お前、どうしたんだ?何か具合でも悪いのか?」

「……あ、いえ。あ、あの……恥ずかしくて……あまり言葉を発しないようにしていたんですが……」

「恥ずかしいって……お前メイド姿も披露してるだろ。今更水着に恥ずかしさ覚えてどうするんだよ」

 そう言った俺に注がれる視線。


「奏多君」「奏多先輩」「奏多」「奏多君」

「やめて!精神的に来る名前呼びだけ攻撃は勘弁してくれ!」

 でも、なんとなくわかる。

 麗華は凛を、未だに避けているんだ。それも嫌いだから避けている。のではなく……もっと別の意味で。

 今5人並んでも、梓、麗華、麻沙美、すず、凛だし。


「そうと決まれば、早速泳ご~!」

「わっほ~い!」

 海に走りだす梓と麻沙美。


「ちょっお前ら、準備体操ちゃんとやれって!」

 続いてすずも、砂浜を蹴り上げる。


「わ、私、泳げないのに……」

 と、凛も走りだす。……浮き輪持って来たらよかったのに。


「……」

 その様子を、麗華はじっと見つめていた。


「お前は行かなくていいのか?」

「あ……日焼け止めを忘れてしまったので……」

「嘘つけ。なら最初からこの砂浜にすら来てないだろ」

「……ごめんなさい」

 そう言った後、観念したかのように麗華は歩き出した。


「……」


 ――黒嶺先輩と青柳先輩を仲直りさせるための、名付けて『雨降って地固まる作戦』です!


「前途多難だな……」

「ほら~!奏多君も~!」

「今行く!」

 梓の声につられ、俺も砂浜の砂を力強く蹴り上げた。




問78.次の意味を持つ言葉を答えなさい。

『思いがけなく出会うこと。めぐり合うさま』

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