第119話 グリーンメイル・グリーンソード(5)

『緑川が票集めのために嘘の公約を掲げている』


 この噂は瞬く間に校内に広まり、昨日あれだけいた緑川の支持者は、今日は数えるくらいしかいなくなっていた。これには緑川も、そして推薦人の西園寺も戸惑いを隠せない。

 その様子を、遠くから見守る俺に、背後からやって来た凛が声をかける。


「緑川さん……昨日はあんなにちやほやされてたのに、かわいそう」

「……」


 ――そもそも実現できると思ってんのこんな公約。あの緑川の力でー?


 悔しいが、岩清水の言っていたことも間違いではない。

 そもそも緑川は、こう言ったことに不慣れなことから、きっとこうなった後もどういう対処法を取ればいいかわかっていないだろう。

 その時点で、圧倒的に負けているだろう。この選挙戦では。


「奏多君。ちょっと聞きたいことがある」

「なんだ?」

「……緑川さんは、なんで選挙に出たの?」

 急に何を聞いてくるんだ……?俺はどう答えればいいのかわからなかった。


「急に何聞いてるんだ?」

「奏多君なら聞いてるかなって思って。昨日潤一郎さんのリムジンから降りてたのを見たから、もしかしたら緑川さんと何か話していたんじゃないのかなって」

「み、見られてたのかよ……」

 なら隠す意味もない……俺は昨日緑川と話したことを凛に話してみた。


 ・ ・ ・


「なるほど。……で、奏多君」

 すると凛は、ニヤリと笑いながら……


「また女の子を自分の家に連れ込んだんだね。しかも、別の女の子を」

「言い方言い方!誰が聞いてるかも分かんねぇだろうが!」

 必死に言葉を取り繕う俺に、凛はふふっと笑った。こいつ、こんな小悪魔みたいなキャラだったか……?とにかく、凛はそんな俺を見ながら言葉を続ける。


「失敗するのが怖いのが、その日菜子さんなら……緑川さんとよく似てるよね。だって、失敗したらまた日菜子さんに何かやられる。そう思ってるんでしょ?だから本質では似てるなって。本筋では自分の力で何かをしたい。だけどお母さんの善意が怖くてできない……本当にそうなのかな」

 よく似ている……か。

 つまり凛は、緑川が『失敗するのが怖い』という自分の本心を『失敗した後の日菜子さんの善意が怖い』と言う嘘でひた隠している。と思っているのだろう。

 あいつは……本当に嘘つきで、本当に嘘が下手過ぎる。




 昼休み……

 学食に、緑川は姿を現さなかった。おそらく自身の置かれた状況に、俺たちを巻き込みたくなかったのだろう。

 同じように麗華もいない。……どこに行ったんだ?


「あさちゃん……何だか今日追い込まれてるみたいでかわいそうだったなぁ……」

「……」

 するとすずが、俺の方を見る。


「どうした?すず」

「なぁ、この選挙って、緑川に手を貸してやることは出来ないのか?」

 不安そうな顔をする。


「オレ……わかるんだよ。こうやって思い切ってやろうとして、失敗して痛い目を見ることの後悔が……だから、緑川にはそんな思いしてほしくないんだ」

「ダメ」

 凛が制止する。


「なんで……!」

「ルールだから。私たち3年生が手を貸して、それがルールに違反したとなって、緑川さんにペナルティになったら……それこそ緑川さんのトラウマになる」

「……それもそうだな。悪い……」

 椅子にもう一度座りなおすすず。その顔は、どこか憂いと焦燥感を帯びていた。

 しかし、それにしても……


「田辺 誠!田辺 誠をよろしくお願いします!」

 田辺の方は確実に人の心をつかんでいる様子。このままいけば勝負の行方は火を見るよりも明らかだ。

 そもそも始まる前から、相手になっていなかったのかも知れない。


「ん?」

 俺はその人ごみの中に、西園寺の姿を見つけた。


「先、食っててくれ」

 俺は席を立ち、西園寺に近付く。


「西園寺、ちょっと聞きたいことが……」

「……!?は、灰島氏!?……え、えっと……じゃっ!」

 足に力を込め、走りだす西園寺。


「なっ!?おい待てよ!」

 俺はそれを慌てて追いかける。なんで俺を避けるんだ……?


 そのまま校舎側にやって来たところで、俺は西園寺を見失ってしまった。昼休みに廊下で雑談をしたり、どこかに行こうと歩き出す生徒たちの影が、西園寺と言う小さな人影を背景に変えてしまう。


「くそっどこ行ったんだ……」

 が、出会いと言うのはまた新たな出会いを生むものだ。


「あっ……」

 目の前にいたのは、緑川だった。

 だが緑川も、俺に見つかった後に逃げ始める。なんだ?あいつらはなんで俺から逃げたがる……?


 だが再び緑川を見失う。そこで俺が見たものは……


「キャー!ナベく~ん!こっち向いて~!」

 黄色い声を上げる女……岩清水だった。

 田辺が演説をしている周りに、人が集まっており、その中心に岩清水がいる。これは……すべて岩清水が用意したものなのか?そう思っていた時、俺は衝撃的な光景を目にした。


「……!?」

 その黒山の人だかりが出来ている田辺の隣に、麗華の姿があった。


「……?」

 俺の視線に気付いたようだが、麗華は気にせず田辺の横に立ち続ける。

 ……あいつ、何を考えてるんだ……?もっとも、俺たちの事を容易に裏切ることはない……とは思うが。


「?」

 そんな時、俺にあるメールが来る。……緑川だった。


『ダメです灰島先輩。灰島先輩は今、あたしたちに加担していることになっています。ここでもしあたしたちに話しかけたら……確実な証拠になります』


「……」

 なるほど。西園寺も緑川も、俺を避けているのはそれが理由か。

 このままいけば、緑川の首を俺が絞めることになる。こう言われてはもう手の出しようがないだろう。

 そう、普通ならば、そう考えるのだが……俺にはどうしても腑に落ちない。緑川、西園寺はともかく、なんで『俺だけが』加担していることになるんだ?

 考えるには、情報が多くなりすぎた。俺は頭を冷やす意味でも、一度学食に戻ろうとする。


「……」

 最後に、流し目で麗華の方を見る。深い意味はない……んだよな?




 ……そんな日々が、2日ほど続いた。

 気が付くと今日は金曜日、土日の休みを挟んで、月曜日には生徒会選挙がある。

 しかしこの日も麗華は……田辺の手伝いをしているようだった。


「あいつ……!?」

 その姿を、遠くからすずと俺が目撃する。すずは怒りに身を任せるように歩き出そうとするので、俺が制止する。


「なっやめろよ奏多!」

「お前こそやめろよ!ここで俺たちが介入して、ろくなこと起きると思うか?」

「でも、あいつは何やってんだよ!緑川とあんなに一緒にいたのに、裏切るつもりなのかよ!」

「裏切るも何も、あいつは元役員だぞ!田辺の味方するのも、裏切りでも何でもないだろ!」

 歯を食いしばるすず。確かに麗華が何をやっているかは、俺も知らないところだった。本当に、元役員のよしみで田辺を応援しているのだろうか?

 そんなことを考えているうちに、何者かが歩いてくる。


「あ~れれ~?アンタたちもナベ君に興味が出てきたの~?」

 岩清水と、いつもの2人だ。


「お、おい奏多。誰だよこいつら……」

「さぁ、知らねぇ奴らだ」

「え~?おっかしいな~?つい最近会ったばっかりじゃ~ん!とーこーろーでー、アタシたちがやったってしょーこ、見つけてくれたの~?」

 岩清水はすでに勝ち誇ったような顔をしている。その顔は、どこまでも下卑ていて、どこまでも嫌味な顔だった。


「お前、そもそも先輩だぞ奏多は」

「は?先輩でも邪魔な奴につべこべ言って何が悪いの?サムいよアンタ。男のくせに」

 殴りかかろうとするすず。慌ててすずの前に立つことでそれを回避する。


「ま、今更何をしたとこで無駄だけどね~。悔しかったらかかってきてみれば~?出来ないだろうけど!」

 あはははと甲高い声で笑う。これもまた、嫌な笑い声だ。


「行くぞ、すず」

「……あぁ」

 俺とすずは、怒りを嚙み殺して教室に向かった。背後で何か挑発めいた言葉が聞こえたが、それをあえて無視した。無視することぐらいしか……出来なかった。


(……ごめんなさい、奏多さん、白枝さん……)




 その日の放課後……


「……」

 少し考えごとをしている俺に……


「奏多君」

 凛が話しかけてくる。


「やっぱり緑川さんの事、気になる?」

「あぁ、一応学校には来てるらしいけど、かたくなに俺たちを避けようとしてるからな……あいつなりの気遣いだとは思うんだが、さすがにこう何日も続くようじゃ、気になっちまう」

 こくこくとうなずきながら聞く。ここ最近、図書室にも来ていないし、どこにもいないのが気になっていた。

 あれから日菜子さんに何かされたのかも気になるし、何よりクラスの中で何かされていないのかも気になる。


「これは、ちょっと私の考えも多少入ってるんだけど……緑川さんは、助けが来るのを待っているんじゃないかな」

「助け……か」

「私たち3年生が加担してはいけないルールは確かにある。だけど……緑川さんは{武器}を何も持たないまま、戦いに繰り出すわけにはいかないだろうし」

 凛の言う事ももっともだ。公約が『偽り』や『嘘』と断罪されてしまった以上、緑川はこの選挙戦を戦い抜く『武器』を何も持っていない。

 そんな中で選挙戦を迎えても、戦えないのだから勝てるはずもない。

 でも、どうすれば緑川は『武器』を持てるようになる?『鎧』しか持てなかったあいつが……どうやって武器を?

 それに気になるのは、緑川だけではない。麗華の事もだ。

 3年生が加担してはいけないルールは、風紀委員だった麗華が一番わかっているはず。だが、あいつはそのルールを堂々と破っている。

 そうまでして田辺を勝たせたいのか……?俺たちを裏切ってまで……?


「あれ?鳴ってるの奏多君じゃない?」

 凛の声で意識を戻す。確かにスマートフォンが鳴動している。メール……のようだ。麗華から……?


「……!?」

 そのメールの内容に、俺は息を飲んだ。


『いまこの瞬間選挙戦は田辺君の勝ちで決まり

 わたしはそう思っています

 しに物狂いで抗ったところで

 みなさんの心は変わらないでしょう

 ずっと見てきました

 がワタシはそう思います

 くるしむよりは、大人しく

 ろくな目に遭わないうちに

 まけを認めて

 ください』


「な、何これ……?!」

「あいつ……どこまで……!」

 どうやら、梓とすずにも届いたようだ。メールのグループ送信で送っている……?


「……奏多君」

「……あぁ」

 俺はスマホの画面を消す。そして、目的の場所が決まった。


「悪い。今日は図書室での勉強は中止だ。ちょっと行かないといけない場所が出来てしまったからな」

「え!?あ、お、おう」

「奏多君……れいれいのとこにいくの?」

 俺は黙って首を横に振った。


「あいつの考えてることははっきりわかってる。だからこそ……」




「あいつに戦う力を付けてやるのさ。もちろん、加担はしないけどな」

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