第70話 ホワイトナイト、レッドクイーン(1)
「か~な~た~君!」
突然弾むようにやって来た赤城に、俺は意識を呼び戻される。
「ん?どうした?」
「ふっふっふ~、明後日は何の日か知ってる~?」
「……あぁ。そうだな。バレンタインデーだ」
……にこにこと笑う赤城。
「わ、悪かったな!誰にももらう奴いなくて!」
「そっか~、それは残念だな~」
というと、突然赤城はリュックから……
「じゃじゃ~ん!」
「!?」
真ん丸とした、チョコクランチを取り出した。見た目もかなり凝っているし、かわいらしいラッピングも施されている。
「えっそれ……白枝に?」
「……」
・ ・ ・ ・ ・
「泣くよ?奏多君」
「あ、す、すまん……でも、俺女の子にチョコとかもらったことないから、つい……本当に、ありがとう」
「とにかくちゃんと渡したからね!いつでも好きな時に食べていいからね~!」
それだけを言って、赤城は走り去っていった。
「……」
マジか。……マジ……なのか。俺は『バレンタインに女の子にチョコレートをもらえた』という現実を、未だに受け入れられない。
授業が始まる前にひとつ食べてみる。
……うまいな。あいつ、いつの間に料理が出来るようになったんだ……?食べる側担当だと思っていたが……
で、次の休み時間。
「は、灰島君!」
隣に座っている青柳が、大声を上げる。
「……うおっなんだよ急に」
「……えっえっと……」
なぜか顔を真っ赤にしながら。
「何かわからない問題でもあるのか?」
「……」
すると、青柳は密閉された袋に入れられた、白いカップを取り出した。中にはムース上のケーキが入っている。
「えっ……お、お前……」
「……た、食べる……かなって、思って」
「作ったのか!?これ!?」
「う、うん……ほとんど、手伝ってもらったんだけど……」
「……ありがとう」
手伝ってもらったとはいえ青柳の手作りであることに違いはない。俺は早速食べ始めてみた。
「………………」
ドキドキしている様子でこちらを見つめている。
「うまいな。本当俺のために……嬉しいよ」
「あ、ありがとう……!」
すると青柳は、目に涙を溜め始めた。
「お礼を言うのは俺の方だよ青柳……って、どうした?」
慌てて目を逸らす。……俺に言われたことがうれしかったのか……?
さらに、次の休み時間。
「灰島先輩!」
「えっ……緑川!?」
移動教室で移動中に、緑川に会う。
「実はこ、これ……作ったんです!もしよかったら、食べてくれませんか!?」
包装紙にくるまれたそれを開くと……ガトーショコラのようだった。上には粉糖がかかっている。
「い、いいのか……?」
「はい!灰島先輩のために作りましたから!」
付属されていたフォークで、軽く切り、口に運ぶ。
「……うまい。ありがとう緑川」
「ふふ、灰島先輩に喜んでもらえて、あたしも嬉しいです」
しかし今日は本当にチョコをもらえているな……これ、夢じゃないよな。本当に。夢ならあと10時間は覚めないでほしいものだが。
「こう言うの作るの大変だったろでも」
「いえ、他の方にお手伝いしてもらったので、なんとか出来ました。最後の粉糖をかけるのは自分でやりましたけど……あ、でもそこは苦労しましたね……」
「え?」
――何!?麻沙美!チョコを!チョコを作ったのか!?誰に渡すんだ!?灰島君か!それとも灰島君か!?もしかして、灰島君か!?さては灰島君なのか!?
「みたいな感じで……」
「あー」
あの人本当敏感なのか何なのか……
そして放課後……
「……」「……」
そう言えば、黒嶺と白枝からチョコをもらっていない。図書室にやって来た俺は、楽しそうに談笑する俺にチョコを渡した3人と、そうでない2人に空気が分かれている。
「あれ?もしかしてれいれいとすずっち、まだ渡してないの?」
「は、はい……いざ、いざ奏多さんに渡すとなると……緊張して……」
「いや、もうネタバラしてるから緊張も何もないんじゃない……?」
それを聞いた黒嶺は、ハッと声を上げた。
「そ、それも……そうですね。というか、ばらしちゃダメです!白枝さんの発案で」
「白枝?」
「「「「あっ」」」」
「なんだ。ずいぶんみんなチョコくれるなぁと思ったら、そう言うことだったのか」
黒嶺はシュンとした顔でこちらを見つめる。
「ご、ごめん、なさい。だますつもりはなかったんですけど」
「いや?俺は嬉しいぞ。どんなことでも、お前らが俺のために作ってきてくれたんだろ?」
そう言うと、青柳、赤城、緑川はぱあっと顔を明るくした。それを見て黒嶺は、はにかんだかのような笑みを見せ……
「わ、私のものはマカロンなので、もしよかったら帰りにでも食べてください」
そっと手渡す。
……ガクガクと燃料切れ間近のロボットのように体をガクガクと震わせながら。
「く、黒嶺先輩……」
「いや、でも嬉しいよ。ありがとう。黒嶺」
「!!?」
――ありがとう。黒嶺。ありがとう。黒嶺。ありがとう。黒嶺……
ボン!!
「ぎゃ~!れいれいが大変~!」
「お、お前……大丈夫か……?」
そう言った後で気付いた。
「……そういや白枝。お前は何作ってくれたんだ?」
「……!?」
その言葉に鋭く反応した白枝は……
「わ、悪い……オレ……腹減って、食べちまったんだ」
「……!?」
何故か青柳が、鋭い眼光を白枝に向ける。
「なんだ、そんなことか……お前も赤城と一緒かよ。まぁ友達はよく似るっていうけ」
バンッ!
「梓とっ!」
「梓とオレなんかをっ!一緒にすんじゃねぇよっ!!」
突然の大声が、図書室中を支配する。机を叩き立ち上がった白枝が、その場に柱のように立ち尽くす。
「……わっ、悪い……」
「……」
それを眺める青柳の目は、何かを悟ったような目立った。
「白枝……どうした?今日なんかおかしいぞ」
「なっ……なんでもねぇ」
「……?」
───────────────────────
・
・
・
「……どういう、事だよ……いずにぃ……」
「!?す、すず!?な、なんの……事だ?」
「この診療所閉めるって……今月いっぱいで……閉めるって……!?」
「い、いや?そんな話……」
そのいずにぃの会話を遮るように、ママがいずにぃの肩に手を置いて首を横に振る。……『隠し事はやめなさい』というような動かし方だ。
「……わかってるだろ?すず。この間、2人の看護師がやめると言ってな。1人は田舎に帰って、1人は大学病院に引き抜きを受けたそうだ」
「……そ、それが……なんだよ」
「もうこの診療所に母さん含め2人しか看護師はいない。そして母さんはともかく、1人だけだと大変だ。いくら小さい診療所とはいえ、これ以上の回転率は見込めない。故に何かしらのミスをしでかす前に……だ」
ミス。……その言葉が、オレを深く深く串刺しにする。
――ごめん、親父。
――あの時俺が、もっとしっかり見てたら……こんな末期にはならなかったかも知れないんだ……
「……じゃあ……じゃあ、オレは……!?」
「……」
「オレは……どうすりゃいいんだよ……!この診療所がなくなったら……オレは、オレの夢は……」
「オレの……勉強をがんばった意味は……!?」
・
・
・
「……」
何……やってんだろうな、オレ。せっかく作ったクッキーも粉々になっちまったし、他の奴らが奏多に渡せて、喜んでる姿を見せつけられて……
「……白枝さん」
「あ?」
「朝言ってたこと…………」
青柳はそれだけ言うと、何故か話すことをやめてしまった。
「うまいぞ、黒嶺」
「ほ、本当……ですか!?ありがとうございます!」
「しかしマカロンが、家で作れるって言うのは本当ビックリだな……今度空にも教えてもらえるか?」
「ふふ、もちろんですよ。奏多さんだって作れると思いますよ?」
楽しそうに話をする黒嶺と奏多。その光景がとても羨ましい。羨ましい……羨ま……
「ねぇ、どうせなら奏多君に……おいしかったか……もらおうよ……」
「えー?それはプレッシャー……」
「でも……確かに……奏多さん……に……」
「灰島君……私……以外を……」
……………………
「……」「……」「……」「……」「……」
なんで……だ?なんで……声が聞こえて……来ない……?
「ね、すずっちは奏多君が」
そして、オレは……
ドンッガシャン!!
「……!!」
そこで、オレの意識が戻ってきた。気が付くと目の前に……
「……」
梓がいた。梓はずうっと、オレの事を見つめながら動きを止めている……
「だ、大丈夫……ですか!?赤城さん!」
「し、白枝先輩!なんでいきなり突き飛ばすんですか!?」
「大丈夫か!?どこか打ち付けてないか!?」
大騒ぎする3人、赤城に駆け寄って肩を持つ青柳。
「……ご……ごめん……梓……」
そう言うと、梓はいきなり笑顔になって……
「……や、やだなぁ!みんな!いきなりあたしがすずっちに聞こうとしたんだもん!すずっちが驚くのも当たり前でしょ!?」
「……!?」
――だってキミ、自分から『1人になりたい!』なんて思うはずないでしょ?
――だから、あたしがそばにいてあげる!いいでしょ?
「……あ……あぁ……!」
「し……白枝?」
「ごめん……ごめん……!」
それだけを言うと、オレは図書室から逃げ出す。
「……」
オレは結局……何も変われないんだよ。
オレは結局……何も出来ないままなんだよ。
オレは……梓たちが思ってるような人間じゃないんだよ……
「う……うぅ……」
「うわあああぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ!!」
咆哮するかのように、オレは誰もいない校舎裏で大声で泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます