第68話 Love is blind

 1月も終わり、2月になる。この時期は妙に高校生全般がそわそわしだす時期だ。

 街のいたるところで見かけるようになる広告。『St.Valentine's Day』そう。バレンタインデーの日。

 私には、正直どうでもいいと思えていた。……そう。奏多さんに……会うまでは。


「……」

「何読んでんの?麗華ちゃん」

 お姉様の病室の中、私はチョコレート菓子の載った料理誌を読んでいた。

 お姉様の足は大分治っているようだ。早ければ今月中にもリハビリを始められるらしい。現に今も、ベッドを起こしてパソコンに目と手を向けている。カタカタと、キーボードをたたく小気味よい音が反響する。


「来週の今日、バレンタインデーですよね。だから……という理由ではないんですけど……」

「お~?灰島君に作るのかな~?」

 私は顔をそっと隠す。


「あれ?図星?」

「う、うぅ……」

 そのまま小動物のように縮こまる。我ながらわかりやすい……


「でも、灰島君って甘いもの好きなの?」

「それは大丈夫です。クリスマスパーティの時、ケーキ食べてましたし、オレンジジュースも飲んでましたから」

「クリスマスパーティ……そういやあの日の夜、灰島君と2人きりだったけど、何かしたの?」

「!?」

 何かした!?何か……何か……!?


 ――は、灰島……さん。正面を向いたまま、め、目を……閉じてください。


 ――は……?


 ――と、閉じてください!お願いですから!


 ――こ、こう……


 ちゅっ


 ――!?く、黒嶺……お、お前……!?


 ――お、お礼、ですが……ダメ、でしたか……?

 ――ちゃんと……出来て、よかったです。


「あ……あ……あ……!」

「あ~、やっちゃったんだね……初夜の過ちを……」

「そ、そこまでは行ってませーーーん!」

 と、そこへ……


「お前……病院の中だぞ、騒ぎすぎるのはよくないぞ」

「あっか、奏多さん……すいません」

 奏多さんが入ってくる。


「お、灰島君!なんだかんだ言って久々だね~!」

「3日前来たばっかりですよ……それよりあきら先生、空の事で聞きたいことがあるんですが……」

「あ、そういやもうすぐ三者面談だね。ごめんね。代理の先生になっちゃうけど。とりあえず今、その先生に渡す予定の資料作ってるから」

 『ありがとうございます』と小さく頭を下げる奏多さん。

 ……どうしてだろう。その目線から、まるで目が離せなくなってしまっている。

 どうして……じゃないよね。私は……


 奏多さんが、好きなのだから。


 でも、奏多さんがどう思っているかなんて、まるで分からない。むしろ、この間のキスで、嫌われてしまったんじゃないかとも思っているのだから。


「……そういや、もうすぐバレンタインデーだけど、灰島君はチョコくれる人っているの?」

「まさか、多分いませんよ。そもそも昇陽学園ってお菓子とか持っていっていいかわかりませんし」

「ま、校則は学校それぞれ」


「あまりにきついにおいのものでなければ、授業中でなければ持ってきて食べることは認められていますよ奏多さんっ!」


 ・ ・ ・ ・ ・


「そ、そうなのか?でも、なんでお前が急に補足し始めるんだよ」

「……!あ、い、い、いえ。なにも……」

 顔を赤らめながら顔を逸らす。これじゃまるで『バレンタインデーを楽しみにしてください』と言ってるような物じゃないか!

 ま、まぁ……奏多さんにはチョコレートを渡す予定があるので、バレてもいいんですけど……

 バレンタインデーは日曜日だから、その前の登校日である金曜日に渡す予定。そしてその前の日に、みんなで集まって奏多さんに渡すものを作る予定である。


「ん?」

 と、奏多さんは私の置いたチョコレート菓子の本を見つけた。

 しまった。直すのを忘れていた……ここでもし、奏多さんにチョコを渡す計画がバレたら……


 ――黒嶺さんを信頼していた、私がバカだった……

 ――れいれい……やっぱり隠し事下手だよね……はぁ。

 ――せっかくのサプライズが台無しです……どうしてくれるんですか……!?

 ――お前は上半身と下半身、どっちをふっ飛ばして無事なんだ?


 ……なんて思われるに違いない……!


『ちょっと待てお前のオレに対するイメージ!?』


「バレンタインか……でも今年は日曜日ですし、少し早いバレンタインか、少し遅いバレンタインになるでしょうね」

「そ~だね。もしよかったら灰島君に、アタシが作ってあげようか?」

「いいですよ、ケガ人ですし。で、黒嶺はやっぱ作るんだな?」

「ひぅ……!」

 その瞬間、奏多さんのぽかんとした顔。


「……な、なんだよ、黒嶺」

「つ、作るのか、作らないのか……ま、まぁ。そうですね。作りますね。あは、あはは」

「内緒にしてるんだろ?お前そう言うの好きそうだし」

 な、なんで好きそうに思われているのかはさておき、やはり薄々気付いている……?


「まぁ好きな人にあげるような行事だ。でも、ここでテキストを出しっぱなしにしておくのはあまりにも隠す気なさすぎじゃねぇのか?」

 えぇー!?『好きな人にあげる』って、奏多さん自信ありすぎでは!?……ま、まぁ。私はそうなんですけど……じゃなくて!


「そ、そうなんです!迂闊すぎますよねー!?ほーほほーのほー!」

「お前……何か悪いもんでも食ったか?」

 奏多さんの視線が冷たい……


「ねぇ、麗華ちゃん、いい加減観念したら?」

 お姉様が呆れ気味に言う。い、いや、ここで観念するわけにはいかない。

 これは私だけじゃない。青柳さん、赤城さん、緑川さん、白枝さんの名誉にもかかわってくるんだ。


「な、何の話ですかー?お姉様ー?」

 平静を装って言うが、私の心臓は大暴れしている。

 それを見てさすがに怪しまれたのか、奏多さんの顔が変わる。


「2人の話なら、俺席外すぞ?」

 顔が変わると言っても、疑問を浮かべているような目線だが。


「あ、いや、大丈夫です。で、でも……ええっと」

「(もう隠す気あるのかな麗華ちゃん……)あ、そうだ。奏多君。空ちゃんのことで聞きたいことって何?」

 ようやくお姉様の助け舟。


「あぁ、あの、ちょっと気になってることがあるんですが……」

「わかった。根幹にかかわること以外なら教えられるよ!麗華ちゃん、ちょっと席外してくれる?これ、一応アタシのクラスの機密事項だからさ」

「わかりました」




 3分ほど経って、奏多さんが部屋から手招きで呼んでくる。


「何の話だったんですか?」

「ふふん、教えてあ~げない。空ちゃんに関することだったしね」

 棚の上にあったチョコレート菓子のテキストは、すでに直されている。……直したのは奏多さんだろうか。


「それにしても……やっぱりバレンタインデーって、女の子にとって特別な日なんですね」

「もちろんだよ!思い出すなぁ。アタシも高校の頃渡したことあったよ!先生に見つかって{不純だ}ってものすごく怒られちゃったけどね」

「不純って……でも……」


「やっぱり姉妹、よく似るものなんですね」


「!!?」

 またわかりやすくリアクション……


「ま~ね。麗華ちゃんもアタシも、隠し事が下手って言うかなんというか」

「いやいや、まだあきら先生の方がうまいですよ。黒嶺にとっては不満が出るかも知れないですが……」

「……」

 もう、隠し切れない……?


「で、どうする?お前、この後に及んでまだ白状しないのか?あんまりバレてることを白状しないと、嫌われるかも知れないぞ」

「う……うぅ……」

 仕方ない……こうなったら……


「で、でも!私が言い出したんですからね!チョコレートをあげようって!」

 ……何故か怒り気味に。うう……ごめんなさい、青柳さん、赤城さん、緑川さん、白枝さん……




「……何言ってんだお前」


 ・ ・ ・


「へ?」

「え?もしかして違ったのかよ。悪いな。俺はてっきり」


「あきら先生に友チョコ作るのかと思ってた」


 私=奏多さんにチョコを渡すサプライズがバレてるのかと思った

 奏多さん=お姉様にチョコを渡すサプライズを、私がしているのかと思った


 あ、確かに同じ意味合いになりますよね。相手が違うだけで勘違いする内容は。


「……」


───────────────────────


 病院から出ると、猛烈な寒さの夜風が頬を差した。


「うぅー寒いな。それにしても……」

 黒嶺の方を見ると、何故か黒嶺はうつむいたままだ。


「なんで落ち込んでるんだ?お前……」

「な、なんだか……どっと疲れが……」

 なんで疲れてるんだ……?とにかく友チョコを渡すなら、うまくやれるだろう。黒嶺は料理得意だし。……にしても……


 ――わー、楽しみだなー、麗華ちゃんのチョコレートー。


 ……なんであきら先生は、あんな棒読みだったんだ?

 あ、ちなみに『黒嶺先生』と呼ぶのはさすがに分かりづらすぎると思ったので『あきら先生』と呼ぶことにする。


「……」


───────────────────────


「ありがとうございました」

 と、俺は空の事で気になっていたことを聞いた俺は、黒嶺を呼び出そうと扉を開けようとする。


「あ、灰島君。まだちょっと待って」

「え?」

 するとあきら先生は……


「……ねぇ。灰島君は麗華ちゃんの事、どう思う?」

「……」

 少し考えたあと、俺はこう言った。


「……大切な人……ですかね。やっぱり」

「大切な人……か」

 するとあきら先生は、急にくすっと笑った。


「な、なんですか?」

「……何でもないよ!」


───────────────────────


「……」

 黒嶺の横顔を少し見た後、俺は視線を戻した。


「……黒嶺を……どう思っているか、か」

「え?」

「あ、悪い。なんでもない」

 そぞろ歩くふたつの影は、やがて街の中へ消えていった。




問45.そのルーツは結婚と家庭の女神『ユーノー』を祝う日とされる、2月14日をなんと呼ぶか答えなさい。

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