第58話 ブラックフラワー・クリスマス(5)

 南條先生が入院している病室にやってくる。

 白枝に詳しく聞いたところ、幸いにも緊急手術の結果、後遺症は残らない程度の骨折だったらしい。とはいえ全治2か月なので、これからが大変だが……


「お姉様」

 声をかける黒嶺。俺は手に果物を持っているが……


「?」

 すでに病室の中には、果物が置いてあった。……黒嶺と南條先生の親だろうか。


「……麗華ちゃん。来てくれたんだね。灰島君も」

 足を動かすと激痛が走るので絶対に動かせない。そのために首しかこちらに向けられないため少し話しづらそうだ。


「その……ごめんなさい、お姉様……私、本当はずっとお姉様の元にいたかったんですが……」

「いいっていいって!学生の本分は学校だよ!だから麗華ちゃんが謝る必要なんてないんだよ!」

 ぎこちない笑顔を見せる南條先生。


「足以外で痛い部分はありますか?」

「う~ん、特にないかな。強いて言うなら、ずっと寝てるから腰が少し痛いというか……と言うか、座っていいよ2人とも。学校からそのまま来てくれたんでしょ?」

 病室の椅子に座る。


「それにしても参っちゃったなぁ。中学1年生、これからが大事な時期なのに。アタシがこんな状態だから勉強見てあげられないよ。灰島君とこの空ちゃんとか」

「空は普段、どんな感じなんですか?」

「あんまり喋らない子だね~。見てないだけかも知れないけど。あ、でも最近になってテストの成績結構よくなったんだよ!こないだの三者面談、その話したらお父さんビックリしてた!」

 そう言えばこの間の三者面談……俺行けなかったんだよな……


「そうですか。いつもお世話になっています」

「いやいや大丈夫だよ~。アタシこそ、いつも麗華ちゃんをありがとう~……痛た」

「あまり無茶しないでくださいお姉様」

 外は少し曇っている。また雨が降るだろうか。


「……」

「麗華ちゃん。言うべきことがあるんじゃない?」

「……え?……」

 黙りこくる黒嶺に、俺は……


「席、外すか?」

「大丈夫です。……むしろ、灰島さんにも聞いて欲しいですから……」

「俺にも?」

 こくりとうなずく。


「……実は先程、再び学園長室に呼ばれ、その時に聞かされたんです。……お姉様の処分を決める委員会が、明後日開かれると」

「……」

 朝、そして昼休み呼び出されていた時点で、すでに黒嶺がどうなるかくらいわかっていた。

 だが、俺はその呼び出される黒嶺の背中を、見つめることしかできない。……学園長が敗北宣言をしている時点で、もう詰んでいるかも知れないからだ。


「……そっか」

 なぜか南條先生は冷静だった。もう、悟っていたのだろうか。


「……」

 そして、棚の上に置かれたカレンダーを見る。


「……明後日……ちょうどクリスマスイブだね」

「……そうですね。もうクリスマスイブです」

「……」


 ――来年は……普通にクリスマスを迎えたいね。


「……お姉様……?」

 南條先生のこめかみを、綺羅星が伝う。


「……あ、あれ?なんでかな。急に涙が……」


「なみ……だが……」

 その瞬間、目に涙が溜まりだし、そして……あふれた。


「……お姉様!?どこか……どこか痛いんですか!?」

「強いてあげるなら……心だよ……!」

「えっ……」

「ごめん……ごめん、麗華ちゃん……!」

 大粒の涙が顔伝いに流れていく。


「また……今年もクリスマスに……麗華ちゃんに苦労をかけちゃう……!自分の妹にばかり苦労をかけて、アタシ……アタシは……大事な時に、家族すら守れないで、こんな……こんな……!」

「お姉様……」

「ここで、麗華ちゃんすら救えなくて……黄瀬さんに、灰島君に、どう謝ればいいの……!」

 とめどなく流れる涙は、やがてベッドのシーツに染みを作る。それでも、涙は永遠に流れ出て来る。……まるでそれは、天から降り注ぐ雨のように。


「……」

 黒嶺はそっと、南條先生の右肩に右手を添える。その様子を俺は、黙って眺めることしかできなかった。

 俺だって、黒嶺が犠牲になること……そんなことは避けたかった。別に貸しを作っているわけでもないし、好きと言うわけでもない。だが……目の前にある消えそうな灯火を、俺は消したくはない。

 でも、どうすればいい?紫原が教育委員会を牛耳っている以上、これ以上の抵抗は……


「!」

 いや、待てよ。


 ――続いての話題です。現在二次市の議会が、大変に揺れています。なんと、教育委員会の1人が、費用を着服したという疑惑があり……


 ――だから、それをあなたが改ざんしたと言っているではないですか!

 ――明らかに書き換えた痕跡があると言うのに、この期に及んでまだ証拠などないというのですか!?


「……黒嶺、南條先生。ちょっと出かけてきます」

「え?」

「すぐ戻ります!」



 病室を出た俺は、大急ぎで緑川に電話をかける。


「もしもし?灰島先輩?」

「なぁ緑川、今日潤一郎さんって何か予定あるか?」

「え?お父さんなら今日お仕事終わって、今から帰るって。多分もう家に着いてると思うんですけど……」

 緑川が首をかしげている様子が手に取るように分かる。


「でも、お父さんに会ってどうするんですか……?」

「……」

 ここで黒嶺の事をばらすわけにはいかない。ここで緑川にバラしても仕方ないし、何より途中まで乗りかかったとはいえ、紫原の標的が黒嶺以外に向かないとも言えないからだ。


「とにかく……お前のマンション、なんて名前だっけ」

「え、えっと……{ルーチェタワー二次}です」

「分かった、ありがとう」

 電話を切った後、そのタワーマンションの場所を調べる。……この病院からは走って10分ほどだ。


「よしっ」

 俺は病院を飛び出すと、そのタワーマンションに向かって走りだした。


 5分もしないうちに、雨が降り始めた。

 だが、これくらいの雨がどうした。南條先生も黒嶺も、もっと辛い思いをしているんだ。

 ……結局人に頼ることになってしまうが……それで他の人を助けられるなら、それでいい。俺が悪役にでもなってやるさ。




 ようやくたどり着いた俺は、オートロックを……


「……!?」

 しまった。


 俺こういうヤツの使い方全然わからねぇ……


 えっと、緑川は確かカードキーみたいな奴を使っていたはずだ。カードキー……カードキー……そもそも俺そんなオシャレな奴持ってるわけないし……


「おや?灰島君ではないか」

「!?」

 目の前に潤一郎さんが。傘を差し、じっとたたずんでいる。


「こんなところで何を……まさか、麻沙美に会いに来てくれたのかね!?いやー!それはよかった!早速中に入ろう、コーヒーの一杯でも……」

 潤一郎さんがすべて言い終える前に、俺は土下座をした。


「なっどうしたのかね?灰島君!?」

「ごめんなさい……今日は、緑川の事じゃないんです。それよりも……助けたい女の子がいるんです」

「女の子……?さては灰島君。やはり間男だったのかな?あの女の子二人と、麻沙美と言う存在がありながら」

 途中まで言った後、しばらく黙る潤一郎さん。


「違います……!そう言う事じゃないんです!でも……その子を助けられなかったら、俺はきっと後悔するんです!」

「……」

「俺だけじゃない!俺以外にもきっと、悲しむ人が多く出るんです!こんな事頼めた義理じゃないってのはわかってます!俺は所詮、単なる男子高校生ですから!でも、でも……!」

 それだけを聞くと、潤一郎さんは……


「顔を上げたまえ」

 と、俺に言葉を落とす。俺はその言葉につられ、顔を上げるしかなかった。


「君がその女の子にどういった感情を持っているかはわからん。わかろうとも思わん。だが、これではまるで私が君をいじめているように映ってしまう。私も見てくれは大事にするスタンスでね」

「……」

「……して、私は……」


「黒嶺 あきら君の事故の、何を調べればいいのかね?」

 俺は驚きのあまり、跳びあがりそうになった。


「えっな、なっなんで!?なんでその事故の事を!?」

「私はこれでも人の動きに目ざとくなくてはならぬ議員の端くれ。君が今回の事件の事で、私を頼ると思っておったよ。それに、君のお友達から聞いたんだ」


───────────────────────


「緑川さんのお父さん、緑川 潤一郎さんですね。お願いがあるんです。……黒嶺 あきらさんの今回の事故について、調べてほしい事もあるんです。……それと……その事故に巻き込まれた、紫原と言う人物の事も。……そうでないと……灰島君が悲しむんです」


───────────────────────


「青柳か……」

「驚いたよ。仕事が終わりたまには買い物でもして、麻沙美を驚かせようかと思っていた矢先、当の本人から電話がかかってくるのだから」

「……ごめんなさい。緑川の事を嫌いになったわけがないんです。だけど」

「分かっておるよ。灰島君がいかに慕われているということも」


 俺は、調べてほしい事を一通り話した。


「ふむ……つまり期限は明後日の朝ということか。どれほど力になれるかはわからんが、善処しよう」

「ありがとうございます……!」

 俺はもう一度、深々と、深々と頭を下げた。


「それより君、びしょ濡れじゃないか。風邪をひいては大変だ。案内するから、シャワーでも浴びて行きたまえ」

「いえ、人を待たせてます。だから……」

「{急がば回れ}大事な人ならばますますだよ」

 なら、お言葉に甘えさせてもらおう。俺は潤一郎さんに連れられ、タワーマンションの中に入っていった。


「……」

 その様子を、こっそりと緑川に見られていた。なんて思わずに。


「……お父さん、ありがとう。そして……ごめん」

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