第50話 古今独歩

 ……この日は、期末テストの返却日だった。放課後にみんな集まり、図書室へ。


 俺:国語:92 数学:96 理科:96 社会:92 英語:100 合計:476

 黒嶺:国語:84 数学:86 理科:97 社会:90 英語:95 合計:452

 緑川:国語:82 数学:70 理科:70 社会:78 英語:80 合計:380

 赤城:国語:50 数学:54 理科:59 社会:55 英語:41 合計:259


 そして……


 白枝:国語:72 数学:73 理科:75 社会:70 英語:67 合計:357


「すずっちすご~い!」

「本当だな。苦手だった英語も含めて全部平均点以上取れてるじゃないか!」

「あ、あぁ……がんばったんだ。オレなりに」

 後頭部をポリポリと掻く。


「その割には照れていますね、白枝先輩」

「べ、勉強で褒められた事ねぇから、照れるっつうか……早速兄貴に昼間電話してみたんだけど……」


「おォ~すごいなすず!急に伸びたじゃないか!特に英語、灰島君に教わった甲斐があったって奴だァ。今度灰島君にお礼しないとなァ」


「「「灰島君(先輩)……」」」

「あ、い、いや、違う。てか立て込んでた黒嶺と青柳以外はみんなマンツーマンでやっただろ!?」

 まったくと、腕を組む。


「で、真打登場ってか」

「……」

 青柳は申し訳なさそうにテストをすべて出した。


 青柳:国語:100 数学:100 理科:100 社会:100 英語:100 合計:500


「「す~げ~~~!!」」

 赤城と緑川が同時に声を出す。


「別に……特別すごいことじゃない」

「全教科100点……さすがは{麒麟児}ですね……」

 黒嶺も目を丸くしている。


「……ごめん」

 しかし次に青柳から飛んだ言葉は、こんな意外な言葉だった。


「なんで謝るんだよお前が。別にテストで何点取ろうが、それはお前の努力だろうが」

「そ~だよそ~だよ!すごいことじゃ~ん!あたしなんて足元にも及ばないよ~!」

「お前はせめて合計300点取れるよう努力しろ」

「そ~とも言うね!」

 しかし、それでも青柳の顔は晴れない。


「……」

 俺はいっそ、こうしてみた。


 ふぁさ


「!!??」

「よくやったな、青柳」

 青柳の頭を、やさしくなでる。


「……や、やめてっ」

 しかし青柳は、その手を振り払ってしまった。青柳の顔は、真っ赤になっている。


「ちょっ灰島先輩!デリカシーなさすぎですよ!」

「そ~だそ~だ!不潔だよがり勉君!妖怪不潔人間だよ!」

「い、いや、褒めてほしそうな時空はこうすれば元気になるから、したんだが……悪い、青柳。変な気分にさせてしまって……」

「い、いい」

 青柳は両手で頬を包み、そのままうつむきっぱなしになる。


「……褒められた、事が……今まで一度も……ないから……慣れてないだけ……ごめん、灰島君……」

「……俺こそごめん。急に触ってしまうとか、さすがにバカをしちまったって思う」

「……」

 それに疑問を浮かべたのは黒嶺。


「褒められた事がないって……どういう意味ですか?これほどまでに素晴らしい点を取れたら、普通褒めるのは当然では……」

「……」

 青柳は、静かに話し出した。


───────────────────────


 どれだけ点を取っても、どれだけ学年1位になっても……

 どんな人も、私を褒めはしなかった。

 父さんは『勉強する暇があるなら体力を付けてもっと俺に楽をさせろ』と言い出すし、兄さんや弟たちも『お父さんの言う通りだ』。

 学校でだって……


「おい、見ろよ。青柳の奴、また学年1位らしいぞ」

「全教科100点の500点満点だってさ」


 …………


「あーあ、俺らがいくら勉強しても届かねぇもんなぁ。勉強するのが無駄に思えてきた」

「青柳がこうやって満点取る限り平均点上がるから邪魔でしかないよな」

「きっと悩みも何にもないんだろうなぁ」

「何が青柳を{見習ってもっと頑張れ}だよ。ふざけやがって」


 …………


「青柳さん……きっとあたしたちを心の中でバカにしてるわよ……」

「あたしたち勉強が出来ない人の気持ち、考えたことないでしょ」

「どうせ満点取って自慢したいんでしょ?無視しよ、無視」

「あーあ、これだから青柳さんは嫌いですわ」


 ……そんなことないのに。

 私はただ……誰かに認めて欲しかっただけなのに。だから手にまめができるくらいノートに何回も反復して書いて……

 だから先生の話は耳を澄ませたうえでもう一度澄ませて聞いて……


 ……それでもみんな、私を見ようともしなかった。


 そして私は1人になって、親やきょうだいたちからも見捨てられて……


───────────────────────


 ……以前聞いた話と、繋がっているようだった。

 青柳を……『親に認められたい』って一心で頑張っていた青柳を……その学校も父親も、なんだと思っているんだ。


「今回だって……5人以外に私の事をほめてくれる人はきっといない……平均点はあがっちゃったし」

「青柳先輩……」

「……ごめん、こんな空気にしちゃって」

 消え入りそうな声を出す青柳に対し、誰もが何も言葉を発することが出来なかった。


「……」

 すると白枝は、両腕を後頭部で組んだ。


「なんだ。んなことかよ」

「白枝さん!?そんな言い方は」

「だってそうじゃねぇか。要はお前、誰かに褒められたいが故に、オレたちに話したんだろ?」

 そして左右を見回す。


「……」

 青柳は、落ち込んだような顔をしている。……だが俺は、次に白枝が取る行動がどんなものか、手に取るように分かった。


「おーい!今この図書室にいる奴、聞いてくれ!」

「ちょっ白枝先ぱ……」

 止めようとする緑川を、俺が制止する。


「ここにおわす2年D組の青柳 凛って子、なんと今回の期末テストで全教科満点を取ったんだ!そのおかげで今回の期末テストの2年の平均点、結構高かったんだ!」

 青柳を指差しながら言う。青柳はそれを聞いた瞬間、顔を赤らめたまま、がっくりと肩を落とした。


「ちゃんとここに証拠の答案用紙だってある!嘘だと思ったら見に来てみろよ!{古今独歩}の答案用紙だぞ!」

 ……早速国語のテストで出た四字熟語使ってやがる……


「全教科満点?……都市伝説と思ったぜ」

「なんだよ何が始まると思ったら自慢かよ。しかも他人の」

 口々に生徒たちの声が聞こえる。


「……」

 あの時の思い出がよみがえり、恐怖のあまりに体が震える青柳。

 

(また、みんなから責められるんだ。また、みんなから無視されるんだ……!)




「なんだ。確かにすごい事だけど、それくらいの自慢がなんの事だよ。平均点が上がっても、目標が上がるってだけだしね」

「次は、僕たちも頑張らないとな!今回はギリギリ平均点越えられたけど、負けてられないよ!」


「え……?」


「本当だ!全教科満点!すごいわね!アタシより頭いいじゃない!」

「きっとすごい勉強したんだ。これは勉強嫌いなんて言えないよ!」

「どんな子かと思ったら、わたしより学年下なのね!女の子の頭がいい話を聞いたら、わたしも頑張らないとって思っちゃうわ!」


 青柳の目に、光が戻る。


「はっ。全部が全部、お前がいたような学校と思うなよ。人ってのはこんなもんだよ」

 青柳の顔を横目で見ながら、白枝が言った。


「まったく、図書室で大声はあげないようにと、口を酸っぱく言っているのに」

「い、今くらい目を瞑れよ黒嶺!」

「{あなたに}とは言っていませんよ?」

 手玉に取られ、地団駄を踏みながらも、嬉しそうな顔を浮かべる白枝。


「よかったな青柳。お前の事を見てくれる人は、結構いるみたいだぞ」

「無論、あたしもですよ青柳先輩!」

「りんりんだって頑張ってるもん!あたしだって試合、頑張れる気がしてきたよ!」

「お前は試合もそうだが勉強も頑張れ」

「あうう……」

 コツンと赤城の頭を叩く。それを見た青柳は……


「……ふふっ」

 と、少しだけ笑みを浮かべた。


「ちょっりんりん!こんな姿見て笑わないでよ~!」

「ごめんごめん……」

 初めて青柳の、心の底からの純粋な笑顔を見た……そんな気がした。

 そして同時に、こうも思えてくる。


 努力を無為に、そして無駄に終わらせる青柳家と、その青柳が通っていた学校の事を、俺は絶対に許せない。




 その日の帰り道。


「……」「……」

 青柳と一緒に、青柳の家路までの道のりを足音を並べて帰る。

 結果的に、図書室で結構時間を使ってしまい、帰りが遅くなってしまった。

 やっぱりみんな、100点の答案用紙って珍しいんだな……


「……灰島君」

「ん?」

「……どうして、私が{褒めてほしそう}って思ったの?」

 純粋な目で見上げてくる。


「……似てたんだよ。お前が……褒めてほしそうな感じを隠し切れない感じが」

「……空ちゃんと?」

「……」

 『誰か』を言おうとしたが、言う勇気がなかった。

 言ったところで……しょうがないからな……


「……」

「……」

 そして再び、頭を見る。


 ふぁさ


「本当に、よくやったな」

「……!そ、そんなに……わかりやすい……?」

「わかりやすいぞ。それも、かなり」

 それを言うと、俺と青柳は笑顔を向け合った。


「……そ、そんなに……わかりやすいんだ」

「いや、そこまで気にしなくていいぞ青柳」

 すると青柳は、左右に短く首を振った。


「え?」

「……{凛}って呼んで」

「な、なんで……」

「理由はないけど」

 そう言った青柳は、しっかりと俺の方を見上げてきた。


「えっと……じゃあ、{凛}?」

「……!」

 肩を怒らせ、すくみ上がる青柳。


「あ、{やっぱり名前呼びはまだ早い}って思ったろ?」

「な、ななな、なんでわかるの!?」

「{そう思っただけ}なのに、やっぱりそうなのか?」

 それを聞いた青柳は、子供のように腕をぶんぶん振り回し始めた。


「わ、わかったから!悪かったからやめてくれ!」

「……もう……!灰島君なんて嫌い!」

 で、10歩ほど先に歩いて……


「……ありがとう。{奏多君}」

「……お、おう」

 街灯に照らされながら微笑みかける彼女の顔は、あまりにもかわいくて、あまりにも美しかった。その顔はまさに……


 『古今独歩』のかわいさだった。




問36.次の英文を和訳しなさい。

 『Not a cockroach』

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