第35話 昇陽祭(6)着ぐるみとビラ配りと……

「いやぁ、すまん。すず。梓ちゃん。俺としたことが、文化祭を甘く見てたよォ……」

 謝罪する白枝の兄、出さん。その背景には、大量の焼きそば用の麺とソースが入った箱が。


「何かあったペン?」

 一応俺が灰島であるとバレないように話しかける。バレたらまた白枝に迷惑掛かりそうだしな……


「あぁ、実は俺の友人とかにも頼んで大量に大量に麺やソースを発注したんだが……中庭自体の人出がご覧のありさまでねぇ。このままだと麺もソースも余っちまうよォ」

「それにキャベツも豚肉もこのままだと足りなくなるだろ……最後の最後で豚肉やキャベツ入ってない焼きそばに当たる奴とかかわいそうだぞ」

「あたしはそれでも食べちゃうよ!焼きそば自体が好きだし!」

「今は黙ってくれ梓。うぅ……マジどうしよう」

 頭を抱える白枝。例年に比べて今日は人が多いと聞いたんだが……今日は少し肌寒い。こんな中焼きそばだけを食べに中庭に出る人なんているのだろうか。


「こうなったのも俺の責任だァ。俺が最悪全部食うよ」

「食えるかよ兄貴!そもそも兄貴ベジタリアンだろうが!」

 いやベジタリアンあんま関係ないだろ。

 別に気にすることもないけど、赤城と白枝、どっちもいるしな……この知らない女の子はさておき。


「あ、じゃあボクがなんとかするペン」

「なんとか?なんとかってどうすんすか?」

「簡単だペン。ボクがお客様を呼んでくるペン!」

 大きく跳びはねる。


 ……あれ?俺楽しくなってきてないか?


「本当かい!?ありがとう!頼むよォ!とりあえず、チラシはここに」

「てか、がり……」

 ペンライズちゃんの目の中から赤城をにらむ。


「……き、キミは大丈夫なの?2年D組の宣伝もしてるけど……」

「大丈夫ペンよ!全然!むしろ困ってる人を放ってはおけないペンよ!」

「悪いな、ペンギンさん、頼むよ」




 そして背中に2年A組の分の旗も差し、左手に宣伝ビラの入った籠を持つ。


「2年D組は3階の教室でメイド喫茶が楽しめるペンー!2年A組は中庭で焼きそばが食べられるペンー!どっちもおすすめだペンー!」

 学校の中でちょこまかと動きながら、宣伝をする。……しかし……


「……」

 思ったより頭が重いな……

 ……そう言えば、緑川のクラス……1年D組の出し物はお化け屋敷だったな。でもさすがにこんな格好でお化け屋敷なんて行ったら迷惑か。

 理由?簡単だ。着ぐるみがお化け屋敷なんて前代未聞だし。


 ……ち、違うぞ!?


 断じて前の緑川のあの姿がトラウマってわけじゃないぞ!?

 ――あぁ、灰島先輩!


「あ、ママ~!見て!ペンギンさんだ~!」

 子供が俺に向かって駆け寄ってくる。それにつられ……


「あ~!ペンギンさんだ~!」「ペンギンさ~ん!」

 続々と子供が集まってくる。ペンギンって子供に人気だよなぁ。

 ……え?結構多くない……?


「え?ちょっ来すぎ……どわ~~~!」

 そのまま俺は子供たちにもみくちゃにされた……




 子供たちはいなくなり、何とかビラを集める。そして、潤一郎さんに会って、今に至る。

 クソ……こんな着ぐるみが大変だとは思わなかった。体中触られたため着ぐるみのペンギン部分も頭部分も毛羽立っている。

 とにかく、まずはこのビラをさばかなければ……


「2年D組メイド喫茶!2年A組焼きそば!1年D組お化け屋敷!どれも楽しいペンよー!どれも楽しいペンよー!」

 その声につられたかはわからないが、人が集まってくる。人々は俺の手に持った籠からビラを手に取り、舐めまわすように見る。


「ありがとうペンよー!ありがとうペンよー!」

「おいおい、あんな着ぐるみあったのか?」

「知らなかったな……結構効果あるみたいだし、俺たちも使いたかったぜ」


 ……やめとけ、後悔するぞ。


 しかし大分首がつらくなってきた。もうそろそろ着ぐるみ大作戦は終わりでいいだろう。結構な数ビラ配り終えたし。

 とりあえず2年D組に戻って、誰かに代わってもらおう……ん?

 教室の前には、すでに長蛇の列が。男女問わず、生徒一般人問わず並んでいる。恐る恐る覗き込んでみると……


「!?」

 教室の中では、所狭しとメイド姿の女子生徒たちが走り回っていた。


「おわぁ、灰島君!?」

 南條先生が蓋がかぶせてあるオムライスと、ホットティーを持ちながら足踏み。……ん?南條先生?


「こんなところでどうしたの!?」

「それはこっちのセリフペン」

 開いた手を前に出す南條先生。


「一応ビラ配り終えたし、もう疲れたでしょ?だから普通に話していいよ」

 その言葉に少し息をついた後。


「それはこっちのセリフですよ……どうしたんですか俺たちのクラス」

「いや、それが急に人増えだしたの!きっと灰島君の宣伝活動のおかげだよ!」

 俺の宣伝活動のおかげ……?いや、それだけとは思えない。さっきまで言葉は悪いが閑古鳥が鳴いていたような始末だ。

 それなのに急にこんなにたくさんの客がやってくるなんてあり得るんだろうか?

 大急ぎでオムライスを持っていく南條先生。俺も着ぐるみのまま教室に入る。それにしてもものすごい盛況ぶりだ。

 

「てか、よくサイズの合うメイド服ありましたね」

「ふっふっふ~、よくぞ聞いてくれた灰島君!実はこれ、高校時代の昇陽祭で着ていたメイド服なのだよ~!」

 ブイっと指を突き出す。……つまり高校の頃から体型まったく変わってないってことなのか。


「でも、なんで南條先生が手伝ってるんですか?」

「ま~、簡単に言うとスクランブル発進!あまりに人が急に押し寄せてきちゃったから、アタシに白羽の矢が立ったんだよ~!お父さんやお母さんじゃなく、アタシなら{卒業生で助っ人に来た}って言えるしね!」

 そう言っている中、青柳と黒嶺が俺に気付いたようで、こちらに走ってくる。


「灰島さん、成果は……って、すごい!からっぽじゃないですか!」

「あぁ、やっぱ着ぐるみってすごいわ」

「こ、これなら私……ビラを配る必要はないかな……」

 ん?なんで青柳が遠い目をしてるんだ?


「どうした?青柳」

「な、なんでも、ない」

「何かあるだろ」

「こらこら灰島君。乙女の秘密に男の子がずかずか入っちゃダメだよ~?」

 南條先生の言葉が俺を遮る。……まぁ、大したことではない……のか?


「……」


 ――なんで、こんな所に……?


 ――あなたが彼のために何をしたの!?何をしたって言うの!?答えてよ!


「……もしかして青柳、疲れてるのか?」

「え?何でも、ないよ」

 ……一体何があったんだ。


「そんなことより灰島さん。もうお疲れですよね。お店は大盛況と言えるんで、もう着ぐるみを脱いで大丈夫ですよ」

「お、そうか。よかった。この着ぐるみからやっと別れられるのか」

「お疲れ様~!アタシが脱がせてあげるね」

 と、南條先生が背中に回り込んだ時だった。


「……?携帯、お姉様のでは?」

「あ、ホントだ。ありがとう麗華ちゃん。……もしもし?あ、お父さん?え!?迷子になった!?」

 慌てて外に出る南條先生。


「……学校で迷子とかどんだけ方向音痴なんだ」

「まぁ、黒嶺さんに電話をかけないだけよかったはず」

 恥ずかしそうにうつむく黒嶺。


「と、とりあえず、灰島さんの着ぐるみを脱がせますね。と言うか灰島さん……」

 黒嶺が、着ぐるみの体と頭を見て言う。


「何が起きたんですか……?」

「色々あんだよ色々」

 ファスナーに手を添える。


「えっと……確か、ファスナーをこうやっ……!」


 ・ ・ ・ ・ ・


「ん?どうした?」

「……あ、あの……灰島さん、怒りませんか?絶望……しませんか?」

 その一言で何が起こっているのか、大体、いや、全容がわかってしまった。でも頭の中の俺が、何が起こっているのか知ることを拒もうとした。


「ど、どうした?黒嶺。ま、まさかとは思うけどよ。ファスナーが壊れて下がらない……なんて言わないよな?」

「あっ……あっ……!」

 はい世界一嬉しくないドンピシャありがとうございます。

 この着ぐるみ、頭と胴体がつながっているタイプだから、嫌な予感はした。


「マジ……かよ……!」

「ふ~、ん?あれ?どしたの~?3人とも」

「「「かくかくしかじか!」」」


「あ~、本当だ。多分子供に囲まれてるうちに壊れちゃったんだね。少しだけファスナー開いてるけど、これ以上無理っぽい」

「うぅ……何とかなりませんかこれ」

「今、麗華ちゃんに電話かけてもらってるんだけど」

 黒嶺が教室に戻ってくる。そして首を横に振る。……あぁ、マジか。


「別の着ぐるみイベントでトラブルがあったみたいで、それが終わってからなので、3時くらいになるかも。と……」

「つまりもう少しこの見た目か……」

 俺はがっくりとうなだれる。そしてその瞬間に……


 ぐぎゅううううう


「……」

 情けない腹の音が鳴った。そう言えばもう午後1時だ。朝から何も食べていないので、否が応にも腹が減ってくる。


「何か、作って来ましょうか?」

「あぁ、いい。どうせこの姿じゃ食えないし」

 落ち込む俺だが、青柳が俺の背中をちらちらと見た後に、


「……隙間からなら、入れる感じで食べさせられるかも」

 と言った、青柳は教室を飛び出して、




「……買って来たよ」

 教室の外で待っていると、青柳が中庭で売られている焼きそばを買ってきた。


「悪いな。金はあとで払うよ」

「うんうん?大丈夫。南條さんからお金貰ったから」

「とりあえずお前は喫茶店に戻ってくれ。喫茶店が暇になったら、他の出し物に行ってもいいから」

「ごめんね。灰島君。私、何もできなくて……」

 『心配するな』と手を挙げた。


「いいって、こう言うのも俺の思い出になるからさ」

「……うん」

「……?」

 なんだ?

 さっきから青柳の様子が、明らかにおかしいような……?




 ズズズズズ ズズズズズ


「……」


 ズズッ ズズッ


 夢中になって焼きそばをすすっているので、『その人物』の接近に気付かない。


「な……何……?これ……?」


 ズズッ


「ん?……あぁ、空か?」

「!?しゃ、喋った!?まさかこれって……!?」

「?」

「ここにもお化けだあああああ!」

 それは大急ぎで逃げ出した。


「ちょっまっ待て!待てよ!空!お化けじゃなくてお兄ちゃんだ!!」

 慌てて立ち上がり、それを追いかける。


 いや、そりゃ身動きしない得体のしれない何かから焼きそばすする効果音が聞こえるとか、確かに異常ではあるけど……


 と言うより『ここにも』お化けってどういうことだ……?

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