第21話 金持ち喧嘩せず
1年D組の教室……
放課後。あたしはスマートフォンを操作し、ニュースを読んでいた。今日は青柳先輩は黒嶺先輩と参考書を買いに行く約束をしていて、赤城先輩と白枝先輩は部活に向かっている。この後灰島先輩と図書室で勉強をする予定だ。
「聞きましたわ緑川氏」
目の前からの声で、あたしは視線を上げた。
「先の中間テスト、随分な高得点だったようではなくて?」
目の前に立っていたのは、銀色の整えられたロングヘアの女の人。
・ ・ ・ ・ ・
「な、何か反応してはいかが!?」
「あ、ごめん……誰だっけ?」
「わたくしとしたことが、名乗るのを忘れていましたわ。わたくしは西園寺 愛奈(さいおんじ あいな)覚えておいてくれて、よろしくてよ」
「そう」
・ ・ ・ ・ ・
「二文字!?」
「あー、だってどう見てもめんどくさそうだし」
「面倒!?わたくしを捕まえておいて、その言い方はあんまりではなくて!?」
捕まえておいてって……そっちから話してきたんじゃ……ん?西園寺家?
「西園寺家って……父さんの知り合いの?」
「ようやく思い出してくれましたわね!?そう、この町を守る市議会議員にして、あなたの父、緑川 潤一郎氏と志を同じくする者」
「あ~……どうも。でも、そんな西園寺家のご令嬢さんがあたしに何の用?」
「何の用って……あなたそれでも議員の娘の自覚はおありなのかしら!?これを見なさい!」
スマホの画面に映っていたのは、あたしが灰島先輩と一緒にスーパーから出てくる姿だ。
「先に見かけ、あまりに衝撃的故についスマートフォンのカメラで撮ってしまいましたわ!彼は何者です!」
「な、何者って……」
この場合、なんと答えるべきだろう?
「まさか、彼氏彼女と言うハレンチなものではないですわよね!?」
うん、それはNGと言うのはあたしでもわかった。勉強仲間?う~ん、スーパーから出てきた男の人を指さして『勉強仲間です』と言っても信じてもらえるかどうか……
でも……確か父さんには彼氏だって紹介したし……
「何か言ってはどうですの!?」
「別に、灰島先輩はただの知り合い」
それだけを言うと、あたしはおもむろに立ち上がった。
「せ、先輩!?あなた年上の殿方が趣味なの!?」
「だから、趣味とかそう言う意味じゃなくて、ただ単に知り合いなだけだよ。それとも、知り合いの事まで事細やかに話さないといけないの?それこそ地位を使ってない?」
「う、そ、それもそうですわね……」
「じゃ、あたし行くから。図書室で灰島先輩待たせてるの」
「えぇ、それはお邪魔しましたわね」
「じゃ、なくて!」
回り込んでくる西園寺。
「灰島先輩と言う方とあなたはどういう関係でいらっしゃるの!?状況によっては、緑川氏の名に泥が付きますわよ!?」
どういう関係……だから知り合い……
知り合い……だよね。うん。
「答えにくいと?ならば質問を変更しますわ!灰島先輩と言う方の事を、あなたは好きなのですか!?」
「あ~……うん。好き。普通に人間としてね」
「!?」
西園寺は思っていた。
(好き!?つまりこのまま図書室に向かわせては……)
───────────────────────
「先輩……いい加減、夜のお勉強を教えてほしいです……」
「仕方ないなぁ緑川……今日は保健体育に切り替えるかぁ……」
「うふふ、先輩……大好きぃ……!」
───────────────────────
「ぎゃあああああ!それだけは!そ・れ・だ・け・は!感化できませぬわぁぁあああ!」
「……何想像したの……?とにかくあたしもう行くから」
正直こう言った相手は疲れそうだ。あたしは無視しようとして……
「お待ちなさぁい!」
「まだ何かあんの?」
「だったらわたくしも行きます!あなたを狼の元へ、1人で行かせはしませんわ!」
……狼?
───────────────────────
「……」「……」
俺と緑川は、目の前にいる女に釘付けになった。
「……えっと、キミは?」
「どうぞお気遣いなく。わたくしは緑川氏が気になるだけですわ」
(むしろこっちが気になるわ!)
と、心の中で突っ込む。
「ごめんなさい……灰島先輩、どうにか振り切ろうとしたんですが……」
「あー、いや、別に俺は構わんけど……」
なぜかこちらをにらむように見つめるその女。
(緑川氏……安心なさい。わたくしがあなたを守ってみせますわ……!)
「でも今日は青柳も黒嶺も赤城も白枝もいないしな……マンツーマンでしっかり教えられると思ったんだが」
(!!?)
「え?灰島先輩、今日は何を教えてくれるんですか?」
「前のテスト、お前数学が悪かったろ?だから数学用の参考書を持ってきた。もっとも、俺も使った奴だけどな」
何気なーく会話。うん。この子が興味を持ってくれたらそれで嬉しいし、俺には初めて会ったんだから当たり障りのない会話の方がいいだろう。
さて、どんな表情に……
ふるふる……ふるふる……
なんで怒りで肩を震わせてんだ!?
(緑川氏以外に、女の子が4人……マンツーマンで、しっかり教える……!?)
───────────────────────
「灰島君♥」「灰島さん♥」「先輩♥」「灰島君♥」「灰島さん♥」
「おいおい押すなって……俺がマンツーマンでしっかり教えてやるって言ったろ?いう事を聞けない奴はお仕置きしちゃうぞぉ?」
「ダメですよぉ{先生}♥」
───────────────────────
(やはりこのお方は狼……狼どころか、餓狼ですわ……!)
「……」
不安になってきた俺は、緑川に耳打ち。
「なぁ、俺、この子に何かしたか……?」
「さ、さぁ……あたしもあんまり話したことなくて……」
意を決して俺は、女の子に話しかける。
「あ、あのさ、キミ……」
「キミ、ではありません。わたくしは西園寺 愛奈と申します」
「じゃ、じゃあ西園寺。俺……お前に何かしたか?」
それを聞くと、西園寺は頬杖をついた。
「何かした?無数の女を泣かしておいて、何を言っているのです?」
「!?」
その言葉を聞いて、俺の頭の中にあの光景が弾けた。
――嘘、だよね、灰島君……信じらんない……
――やだ、近付かないでよ!
……嘘だろ……?こいつは……俺の過去を知っている……!?
途端に俺の体が震えだした。
「図星、なのですね」
「……」
さらに西園寺の攻撃は続く。
「その類いまれない口調と、殿方と言う地位を利用し、何人の女を泣かせてきたのです?その罪は償う気はあるんですの?」
ま、まずい。どんどんノってくる……トラウマはもう忘れたと思ってきたが、これ以上刺激されると自分が壊れそうだ。
「あ、あははははは~!何のことかな~西園寺君!」
「取り乱さないのですね。もはや罪の意識も何もないのでしょうか。不潔ですわ」
「不潔って言うな!」
でも、やはり俺の『あの出来事』は割と有名なのか……そりゃそうだよな……
「その反省をせずに今また別の女の子を追い回す。もはや狼と言う言葉すら失礼ですわね」
「いや、待てよ。追い回してなんか」
「追い回しておいででしょう?このように緑川氏すら図書室に誘い入れて……」
くそ、反論できない……いかに勉強のためとはいえ、図書室に誘ったのは事実だし。
でもどうする、このまま西園寺を放っておいては、学校中に話題が溢れて……俺の居場所がなくなる。
この学校側は何も知らなかったはずなのに、なんで西園寺が知っているんだ?
「この学校に入った直後なのに、とんでもない悪評を持った方にお会いしてしまうとは、やはり高校と言うのは怖いところですわ」
・ ・ ・ ・ ・
……ん?
この学校に入った『直後』?
「なぁ、西園寺、念のために聞くんだけど……お前って緑川と同じ学年なんだよな」
「そうですが?」
「……なんでお前が、俺の去年の事を知ってるんだよ」
・ ・ ・ ・ ・
「去年の、事?え?わたくしが言っているのは、今年に入ってからのあなたの女癖の悪さで」
「あ、あの、話が見えないんだけど、西園寺も、灰島先輩も何言ってんの……?」
・ ・ ・
「なんだ、よかった」
「よかったって……どういうことですの?」
「あのさ、西園寺、なんかあんた勘違いしてない?」
緑川、説明中……
「え?では本当に勉強を教えるつもりで、灰島先輩と緑川氏はこの図書室に?」
「だからそう言ってるじゃないか……早合点で色々不信を抱くのはやめてくれ」
「申し訳ありません。恋愛小説が好きだからそう言った方面に考えが行きがちで……」
しょんぼりとする西園寺。
「まぁいいさ。変な噂が立つよりはマシだ。これで俺の事、信じてくれるか?」
「えぇ。信じますわ。わたくし、{金持ち喧嘩せず}と言うのがモットーなので」
ドヤ顔で言う西園寺。……だったら最初から変なこと言わないでくれ……
「にしてもどうして灰島先輩疑ったわけ?」
「わたくしは読んだ事があるのです。殿方は皆、狼であると。女を襲い、女に飢えた狼。だから今までずっと殿方を退けてまいりました」
「お前全国の男子とサ〇スタウンの格闘家に謝れコラ!」
ついつっこむ。
「ですが、これではっきりわかりました」
西園寺の目が光った。
「お二人は、素晴らしいベストカップルであると!」
・ ・ ・ ・ ・
「「は?」」
ぽかーんとする俺と緑川。
「照れ隠ししなくて結構ですよ!お二人とも!お二人ともものすごくお似合いなカップルではありませんか!」
「あ、いや、あの……」
「わたくし、緑川氏のお父様にはものすごくお世話になっておりますから、あなた方の恋路を全力で応援いたしますわ!」
笑みを浮かべる西園寺。……俺と緑川ってそんなカップルっぽく見えるのか!?
「という事で……わたくし、これからも灰島先輩、そして緑川氏を応援しますわ!」
満面の笑みで言われる。その笑みが余計に怖い……
「で、でも……その前に、少しやって欲しいことがあるのです」
「やって欲しい事?」
すると、西園寺はテストの答案用紙を見せた。
「どうか、どうかわたくしに勉強を教えてくださいませ~!」
……全部、赤点ギリギリだった。
(いや絶対そっちが目的だろ!?)
と、言おうとしたが、何とかして飲み込んだ。
「わ、わかった……でも、たまにでいいからお前も図書室に来るといいぞ。俺以外にも勉強得意な奴多いしな」
「ありがとうございます!このご恩は一生忘れませんわ!」
「そこまでか!?」
西園寺はにこにこと笑っていた。普通にしてればなかなかいい子だな。にしても、緑川の父親……潤一郎さんにお世話になってるって、この学校に入ってくる女子どうなってるんだ……?
『じゃあ、ちょっとわからないところを見せてみろ』と、西園寺に話しかける。
……背後にいる緑川が、不信がっていると知らずに。
――なんでお前が、俺の去年の事を知ってるんだよ。
(灰島……先輩?)
問21.闘争反応に重要な役割を果たす神経伝達物質をなんというか答えなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます