第182話 アイドルの人気は摩訶不思議
「いやいやいやいや! 俺はアイドルのモデルになれるほど、イケメンではないですよ!」
突如窮地に立たされていることを知った俺は、首と手を全力で横に振って叫んだ。
「いや、男性アイドルの人気って、実は容姿の美醜とは比例してないのよ。もちろん、あまりにも見苦しいのは無理だけど、容姿が整っているほど人気って訳ではない。例えば、あ〇しで一番整っている容姿の持ち主はマツジュ〇だけど、人気投票では一位になったことは一度もないと思うわ。そういう意味では、祐樹くんは十分に合格点よ」
佐久間さんが即座にそう反論してくる。
「そ、そういうもんですかね」
三次元のアイドルなんて男性どころか女性のすら興味ないからな、俺。
それこそ、男性アイドルなんてキムタ〇くらいしか知らないから、普通にイケメンが人気なんだと思ってたわ。
でも、確かに、ギャルゲーのキャラも必ずしも美人が一位人気になる訳ではないしな。
わりかし納得感はある。
「決まりだな。さっさと被れ。とっととつまらん仕事を終えて、私はハンティングに行きたい」
アビーさんが急かすように言った。
「そんなあっさり言わないでくださいよ。俺、ダンスも歌も普通に素人なんですけど」
「それはデータで学習すればいいことよ。何の障害にもならないわ。
ハンナさんが、『何を分かり切ったことを』とでも言いたげな顔で首を傾げた。
「ですよね……。ちなみに、俺の親友に香っていうイケメンがいまして、性格も折り紙つきなんですが、いかがでしょう」
「私はナルセサンの人柄は分かるけれど、そのカオルとは接したことがないから、許可するとも拒否するとも言えないわ。それに、現実問題、機密に関わる案件だから、身内で済ませた方が合理的ではないかしら」
ハンナさんが科学者らしい論理性で答える。
香氏とかに押し付けようかと思ったんだけど、それも無理そうね。
「ユウキをモデルにしたアイドルですの。それならば、せっかくですし、百合科の植物で統一した方がパッケージしやすいですわよね。百合科で男性名にふさわしい植物――マルコポーロ、マルコにしましょう」
シエルちゃんがもう勝手に名前を考え始めた。
なんか母を訪ねて一万キロ以上旅していきそうな名前だな。
つーか、やべえ、誰も味方がいねえ。
「祐樹君は、ランカさんとユニットになるの、お嫌ですか?」
小百合ちゃんが少し寂しそうにそう問いかけてくる。
「いえ、もちろん、嫌ではないです。ただ、畏れ多いというだけで」
そんな表情されたら、こう答えるしかないじゃん。
そもそも、俺が小百合ちゃんに勧めておきながら、自分が当事者になったら断るっていうのは筋が通らないし。
つーか、この場合、本編祐樹くんと俺のどっちのパーソナリティが参照されるんだろう。
手前味噌ながらどっちでも邪悪な人格ではないとは思うし、本編祐樹くんの場合、一応アイドル適性はあるはずだから問題はないだろう。ただ、俺本人の場合、その人格にアイドルになるようなカリスマがあるとは思えない。ただのおっさんリーマンだからね。
「やる前から怖気づくなんて、攻めのビジネスを展開しているユウキらしくないではありませんこと?」
「みんながそこまで言ってくれるなら、わかった……。役に立てればいいんだけどね」
俺は抵抗を諦め、ヘッドギアを戴冠する。
あれこれお喋りしていると、アニメ一話分に足りないくらいの時間で、それは完成した。
俺は、ヘッドギアを外し、テーブルの下に置く。
なんというか、ランカちゃん生成時に比べて若干時間が短かった気がする。
俺氏の人間性が薄っぺらいのか、土台、男という生き物は精神構造が単純にできているのか。
「ヘイ! マルコ! ようこそ世界へ! ランカと一緒に、世界を変えてくれるかしら?」
「はい。ランカをサポートし、円滑な事業運営に陰から貢献できればと思います」
ハンナさんの呼びかけに、笑顔で答えるマルコくん。
っていうか、早くも脇役宣言してるじゃん。
マルコくんのこのヘタレっぷりを見るに、これ元ネタは俺氏本人の人格の方だな。
まあ、仮に本編祐樹くんの人格産だとしても、どのみちヒロインの接待をしなければいけないことには変わりはない。それがギャルゲー主人公の宿命。大変だろうけど強く生きていって欲しい。
「パートナーができて心強いです。これから一緒に頑張りましょう」
「こちらこそよろしく」
はにかみながら握手を交わすランカちゃんとマルコくん。
「実によろしいですわね! 素晴らしいですわね! せ、せっかくですから、テストも兼ねてデュエット曲など歌って頂けませんこと? 例えば、A W〇ole New Worldなど!」
興奮気味にまくしたてるシエルちゃん。
「ワオ! アラジンね! 私も好きよ。どう? 歌ってくれる?」
ハンナさんが賛同するように膝を叩いた。
「もちろん、お安い御用です。マルコもいけますか?」
「関連データをダウンロードするので少々お待ちください――準備完了しました」
「では、お聞きください」
二人の衣装がアラビア風のものへとチェンジする。
音楽が流れ出し、ホログラムの絨毯が登場した。
やがてアラジンの格好でイチャつきながらデュエットを始めるランカちゃんとマルコくん。
(本編のTS青年のゆうくんと小百合ちゃんの絡みは色々とアレだけど、ショタゆうくんと小百合ちゃんの絡みは普通に微笑ましく見られるな)
そんなことを考えながら、俺はディズニーラン〇にでも来たかのような気分で、素直に目の前の光景を楽しむ。
くもソラファンには、賛否両論の小百合ちゃんルート。といっても、その『否』もストーリーがどうこうという話ではなく、『話の筋自体はまともだが、主人公がTSさせられているせいで、感情移入できない』という意見が大半だった。『マナマ〇ルートの悪夢が頭をよぎる』、『男の娘では抜けない』、『いや。完全に性器を切除されている以上、男の娘ではない』、『コンシューマーゲームでやる内容じゃない』。どの意見も分かる。
ちなみに当時の俺はといえば、『小百合というキャラクターは、処女性を求められる聖母の象徴。その元を辿れば地母神であることは明白で、例えば、古代ローマのガッライがそうだったように、主人公から男性性をオミットすることでしか、人間は処女神に近づくことは許されないってこと。これに文句言ってる奴は神話エアプ』などと、長文で知ったかぶった痛々しい擁護をして、荒らし扱いされてました。苦々しい過去。
結局ライターの真意は分からない。案外普通にそういう癖なだけかもしれない。
二人のリサイタルは、さらに何曲かのリクエストに応えた後、ゆったりとした余韻を残して終幕した。
俺たちは、ランカちゃんとマルコくんに惜しみない拍手を送る。
「So、グレート! So、ファンタスティック!」
「素敵です! 二人共とってもお上手でした! いいですねえ。ユニット。今の環境に不満がある訳ではないですが、ずっと一人でステージに立ってきたので、ちょっと、グループやユニットに憧れてしまいます」
小百合ちゃんが羨ましそうに目を細めて言う。
「気持ちは分からないでもないけど、小百合に釣り合う子がいないわよ。っていうか、アイドルビジネスのセオリー的には男女ユニットは悪手なんだけどね。まあ、世界相手だと話は変わってくるか。ま、とにかく、二人とも頑張りなさい。小百合の世界進出のために」
「ワタクシがファン一号になりますわ! 私費を寄付致します!」
シエルちゃんがデジカメをパシャりまくりながら言った。
「ありがとうございます。実は私、ちゃんと使命を果たせるか少し不安だったんです。ですが、皆様の声援のおかげできちんと一歩踏み出せそうな気がします」
「同じく、少し自信がつきました」
ほっとしたように言う、ランカちゃんとマルコくん。
再び惜しみない拍手が二人へと送られる。
「OK! これにて、無事、起動実験は終了――」
ハンナさんの締めの音頭。
「ちょっとぉ、なに勝手に終わらせようとしてるのぉ? アンタたちの目にはオガクズでも詰まってる訳ぇ?」
その声を遮って、第三のホログラムが不満げに呟いた。
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