第92話 黒歴史作品も愛してこそ本物のファン(3)

(そう! これこれ。こういうのでいいんだよ!)




 俺はポーカーフェイスを決め込みながら、いかにもまともなギャルゲーっぽいやりとりに心の仲で拍手喝采を送る。




 この店のショートケーキのオリジナルレシピを再現するのが、大輔くんを待ち受ける難関であり、ささらちゃんルートのメインテーマだ。




 いかにもあまーいギャルゲーっぽいでしょ? 同じ幼馴染攻略でも、特級呪物なぷひ子を相手取らなければいけない俺氏と大輔くんのこの落差よ。






(俺はオチの隠し味を知ってるけど、自分で見つけないと意味ないから、モブ客に徹しようーっと)




 別にいじわるではない。ここでオチを教えたら、二人の恋路を邪魔することになるから敢えて言わないだけ。




 もしバッドエンドになったらかわいそう? 安心してください。外伝には、そもそもバッドエンドは




 『流れゆく時の外で』において、選択肢はヒロインを選ぶ分岐判定のみに使われる。個別ルートに突入したら後はハッピーエンドまでの一本道。まさに、『紙芝居』だ。




 ラノベやマンガだと、ギャルゲーにはバッドエンドが必須のようになっているが、実はバッドエンドがないゲームは結構多い。だって、作る側からしたら、バッドエンドを仕込むのにも、テキストを用意しなければいけないし、フラグ管理(本来の意味で)の手間が増えるしで、コストはかかるのだ。そのくせ、バッドエンドまで律儀に全部回収してくれるユーザーというのは、そう多くない。




 つまり、『普通のギャルゲーなら』、バッドエンドをなくしたとしても、ユーザー満足度にはそれほど影響しないのだ。むしろ、『バッドエンドがないから安心してプレイできる』と考えるユーザーすらいるだろう。




(でも、くもソラは『普通』のギャルゲーじゃないからなあ)




 くもソラのシリーズが好きな奴は、激辛の猛虎タンメンを食べに来ているのであって、最大公約数的に調味された普通の牛丼を食いにきてるのではない。




 下手すりゃ、ハッピーエンドが白米でバッドエンドはおかずだと思ってる節がある。




 このスイーツな外伝も、本家のライターの手にかかれば、『果物だけ食わせて育てた糖尿病の幼女のおしっこが美味い』みたいな鬼畜展開に早変わりしていたことだろう。そんなゲテモノ好きのユーザーにとっては、この外伝はあまりにもぬる過ぎた。




 ギャルゲーマーというのは気に入った作品には食費を削ってでもお布施をするが、期待を裏切られたその時には円盤を真っ二つに割って、メーカーに直送する狂気を孕んでいるものなのだ。




(でも、メーカーよ。お前だって悪くない。悪くないんだっ!)




 認めよう。確かに、当時若かった俺は、他のユーザーと一緒になって、匿名掲示板でこの外伝を叩きまくってた。でも、社会人になってみれば、メーカーの気持ちもよくわかる。




 名作になりそこねたとはいえ、ギャルゲーで三シリーズ続くほどの人気というのは中々大したものだ。発売元の弱小ギャルゲーメーカーにとっては、くもソラと、それに続く二作品は、一番のヒットシリーズとなった。




 となれば、この人気を次に繋げたいと考えるのは当然である。




 とはいえ、くもソラみたいなエグみの強い作品で、商業的な成功を重ねるのはとても難しい。




 だから、もっと一般受けする作品を作って、経営を安定させたい。メーカーサイドがそう考えても仕方ない。というか、至極真っ当な経営戦略だ。具体的言えば、ゆ〇ソフトや戯〇みたいな立派でちゃんとした、皆様から愛されるギャルゲーメーカーになりたかったものと思われる。




 きっと、メーカーサイドは、ライターに平身低頭お願いしたことだろう。「もっとゆるフワでイチャラブでハッピーでじんわり感動できるギャルゲー」書いてくれませんか? と、そして、ライターの答えも想像に難くない。




「は? この俺様がそんなヌルい話書く訳ねーだろボケ!」と断ったに違いない。




 だって、そんな作品を書いてしまえば、『マニアにカルト的人気』で売ってるライターの評判に傷がつくからね。ギャルゲーやエロゲ―のライターは、作品の人気を左右するほどに重要な割には薄給だ。だからこそこだわりが強くなる。極論、金のためにやっている訳じゃないから。




 事実、この外伝はよっぽど本家のメインライターの気に障ったのだろう。大輔くんを始めとする外伝キャラは、『果て空』の世界においての扱いがむっちゃひどい。彼らはシナリオにおいて、『平穏な日常が脆くも崩れ去る』演出のダシにされた。




 すなわち、敵の脅威をアピールするモブ的扱いの生贄にされ、苗床にされたり、人間の壁にされたり、特攻隊にされたり、とにかくいじめにいじめ抜かれた。




 無論、果て空は遠い未来の話。そこに出てくるのは彼らの遺伝子を基にしたクローン人間や子孫であって、今目の前にいる彼ら本人ではないのだが、明らかにそれをあてこするような形で書かれていた。




(あれは、ライターの器の小ささとメーカー内の人間関係の不和を感じさせる嫌な事件だったね……)




 いや、でも、実際、この凡作をあそこまで上手く演出に使った本家ライターの手腕は誉めるべきなのだろうか。この外伝が平和で真っ当なギャルゲーだけに、状況の異常性は強調されていた。




(ともかく、黒歴史ごと愛してやればよかったなあ)




 今となってみれば、少し後悔している。気に食わなかったとしても、ギャルゲーというゲームジャンルの業界全体を応援する意味で、これくらいのやらかしは笑って許すべきだった。ユーザーが先鋭化して、全員が玄人の評論家様みたいになるのは、業界の発展を阻害する要員でしかないのだから。




(とはいえ、学生の身分にとって、ギャルゲーは決して安くないし)




 ギャルゲー一本分の定価は、ラノベを10冊以上買えるくらいの値段がする。学生にとっては大金なんだから、相応の出来を期待してしまっても仕方ないじゃないか。まあ、「中古で買えばいいじゃん」って言われたらそれまでだけど、俺はシリーズのファンだから定価で買ったんだよ! 人気なくて速攻で値下がりしたのにも、またムカついたものだ。




(結局、誰も悪くないってことかなあ)




 ただただ色んな噛み合わせが悪い、運の無い作品だった。『流れゆく時の外で』は、結果としては大失敗で、シリーズのファンからは蛇蝎のごとく嫌われ、一般のギャルゲーマーからはただただ普通にスルーされてしまった悲しき忌み子。その事実は変えられない。だけど、客観的に見れば、本当に可もなく不可もない、平均55点くらいの真っ当なギャルゲーだ。他のみんなから忘れさられたとしても、俺だけはそう再評価してやろう。




(今からでも遅くないよな。とにかく彼らには優しく接しよう。俺としても、こいつらとはフラグ管理なんか気にせず、安心して絡めるし)




 とどのつまり、大輔くんとその仲間たちの将来の幸福は、約束されてエクスカリバっているのである。大輔くんがどのヒロインを選び、どのルートに突入しようが、この洋菓子店は再建されるし、ささらちゃんのお父さんも助かる。無問題モーマンタイ。ここは優しい世界です。




 俺は凪のように穏やかな心のまま、大輔くんとささらちゃんの犬も食わないような会話を聞き続けるのだった。

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