鬱ゲー転生。 知り尽くしたギャルゲに転生したので、鬱フラグ破壊して自由に生きます【旧題】泣きゲーの世界に転生した俺は、ヒロインを攻略したくないのにモテまくるから困る――鬱展開を金と権力でねじ伏せろ――
第91話 黒歴史作品も愛してこそ本物のファン(2)
第91話 黒歴史作品も愛してこそ本物のファン(2)
俺が融資の命令を出してから数日後のこと。
「……そろそろ時間か」
キリのいい所で、俺は仕事を切り替えて、大きく伸びをした。
事務娘に宣言した通り、例の外伝主人公くんのお店に行くのだ。
お菓子を買いに行くだけなら普通の客として振る舞えばいいのだが、今回はちょっと確かめたいことがあるので、事前にアポを取って、融資の立役者の俺が行くことを先方に伝えてある。
「――つーことで、行くぞ。クロウサ」
「ぴょい?」
俺は窓際で日向ぼっこをしていたクロウサをショルダーバッグに詰め込んで、現ナマを代償に目的地近くへとワープする。
(よっと)
人目につかないように、路地裏に到着した俺は、そっとそこから出た。
(店は――おっ、あったあった)
パティスリー『アイリス=ドメスティカ』は、地方の中規模都市にある普通の
持ち帰りはもちろん、店外のテラス席や店内のテーブル席で、飲食もできるタイプのお店である。
(わざわざ意味深な店名をつけない方がよかったんだけどなあ……)
アイリスドメスティカは、ヒオウギ、つまりぬばたまのことであるが、彼らがうちの田舎のアレコレの関係者であるという背景などは一切ない。マジで無関係。
こういう『はいはい。とりあえず本編に関連した名前をつけとけばいいんでしょ』という投げやりさも、くもソラファンの神経を逆なでするポイントとなっている。
俺は店のガラス扉を開く。鈴の音が、チリンチリンと小気味いい音を立てた。
「いらっしゃいませー! あっ、もしかして、君が祐樹くん――さん、ですか?」
トコトコと足早にこちらにやってきた少女が、緊張の面持ちで言い直す。
年は高校生くらい。フリフリのウエイトレス風の服。赤髪のポニーテール。外伝メインヒロインのツンデレ幼馴染。彼女に関しては、これだけ知っていれば十分だ。
「はい。そうです。予約していた成瀬祐樹です。こんにちは」
俺は一礼すると、名刺を取り出して、少女へと差し出す。
「わわっ、本当にコドモ社長さんなんだ。一ノ瀬ささらです。あの、ごめんなさい。私、一応、今、この店のオーナーなんだけど、名刺とかまだ作ってないの」
ツンデレ幼馴染――ささらが申し訳なさそうに言う。
一ノ瀬ささらちゃんは、父親が突如倒れて意識不明の昏睡状態になり、急にこの店を継がなくちゃいけなくなった設定だ。仕方ない。
「構いません。今日は、一人の客として来ましたから」
「は、はい。では、お好きな席にどうぞ」
「えっと、あのテラス席でもいいですか。こいつが一緒なんで」
「ぴょい」
ショルダーバックを前にしてファスナーを開けると、クロウサが息苦しそうに飛び出してきた。俺の頭に乗っかり、後ろ脚で首を掻く。
「きゃー、かわいい! 祐樹くんのペット?」
「はい。俺の大切な相棒です」
俺は笑顔で答える。
ある意味でヒロインたちよりもかわいがってるからな。投資額的に。
色んな闇を知ってるから、話し相手にもなるし、よく考えたら、どんなヒロインよりも一番こいつに心を開いてるかも。
「ちょ、ちょっと触ってもいいかしら」
「どうぞ」
「すごーい。もふもふしてる!」
ささらが目を輝かせて、クロウサを撫でまわす。
クロウサは目をつむって、されるがままに任せてる。一体、何を考えているのやら。
(つーか、そもそもクロウサはぬばたまの姫と因縁があるやつしか見えない設定なのに、外伝の登場人物たちにはなぜかそのルールが適用されないんだよなあ……)
当然、くもソラ本編のファンは、ヒロインたちにクロウサが見えた時点で、「あっ、こいつらにも呪いが……」と推測しながらプレイする訳であるが、その期待は完全に裏切られた。こういう細かな設定無視の姿勢が積み重ねられていった結果、本編ファンが外伝アンチとなっていったのだ。
「おい。ささら、客に失礼だろ。さっさと注文をとれ」
店の奥。調理スペースから顔を出した外伝主人公くんが、見かねたように言う。
顔はよく見えない。
ギャルゲー主人公の定番だが、飲食店をやるならもっと髪は短くしろ。
「わ、わかってるわよ!
ささらちゃんがテンプレ幼馴染口調で外伝主人公――大輔くんに言い返す。
「……」
「あっ、待たせてごめんなさい。それではテラス席へどうぞ。今、メニューをお持ちします」
突っ立ってる俺を、ささらがテラス席へ誘導する。
しばらく待っていると、ささらがレモン入りの水とメニューを持ってやってきた。
「では、紅茶とショートケーキで」
俺はメニューを一瞥して言う。
「えっと、それだとセット割引できないんだけど、いい? 本日の日替わりセットだと、安くなるんだけど」
「いえ。構いません。ショートケーキは、昔、父と食べた思い出のケーキなんです」
俺は外伝の設定を踏襲して言う。
「か、かしこまりました」
ささらちゃんが奥に引っ込んでいく。
やがて銀色のお盆に乗って、ショートケーキと紅茶がやってきた。
フォークで切って、口に含む。――おお、普通に美味いじゃん。さすが大輔くんは本場で修行してきただけあるね。
「……やっぱり違うよな」
俺がおいしくケーキをもぐもぐしてると、いつの間にか近くにいた大輔くんが話かけてきた。
大輔くんは、ぶっきらぼうな職人肌タイプの性格をしている。
つーか、俺と若干キャラが被るので勘弁して欲しい。ここは俺が大人になって、礼儀正しく快活なショタキャラで通してやるけどな。
「――いえ、これはこれでおいしいですよ」
俺は適当に話を合わせる。
「気を遣わなくていい。俺のショートケーキが、先代のに遠く及ばないことはわかってるんだ。俺は、ちゃんとしたのができるまで、ショートケーキをメニューから外すべきだと思ってるんだが……」
「だめ! ショートケーキがないケーキ屋さんなんてありえないでしょ!」
「だが、こうやって先代のショートケーキ目当てで来てくれる客もいる」
「それは、そうだけど。でも……。――お父さんも、ちゃんとレシピを残しておいてくれたらよかったのに」
ささらちゃんが視線を伏せて、顔を曇らせた。
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